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第七章・7
「じゃあ、行くね」
「元気でな」
荷物の増えた悠は、スーツケースに全てを詰めてフェラーリを降りた。
優しい気持ちも、思い出も、全部全部ぎゅうぎゅうに詰めた。
降りたところは、以前別れた場所。
景色も標識も、行き交う自動車も、あの時と一緒。
違うのは、二人の心だけだった。
思い出の数だけ、心は柔らかくなっていた。
「慎也さん……」
「泣かないでくれ」
明るく暮らして、お前なりの幸せを手に入れるんだ。
うん、と悠はうなずいた。
「慎也さんも、幸せになってね」
「ああ」
「絶対だよ」
「解った」
自分に幸せなど永遠に訪れるはずもないことを知りながら、慎也はうなずいた。
そして悠を置いて、車を出した。
独特のエンジン音を残して、フェラーリは悠の元を去って行った。
「慎也さん」
悠は、泣いた。
声を上げずに、ただ涙を流した。
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