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掴んだその手は…

信side 「ああ…ああ…とりあえず例の売人の情報を元に  ヤツがよく現れるとされる駅周辺を若衆に探らせてはみたんだが――  どーやら今日のところは空振りだったらしい…  まあ…俺達の目から三年も逃げおおせているやつだ  そう簡単には尻尾を掴ませちゃくれねーだろうさ。  後日日を改めて探っちゃみるが――  もうこの情報には期待しねーほーがいいかもな…  売人が自分を売ったことをヤツはもう知ってるかもしれんし…  ああ…ああ…それじゃあ明日事務所で…」 ピッ、 「ふぅ…」 俺は携帯の通話を切ると そのままスマホを上着の胸ポケットにしまいながら辺りをザッと見回す ―――しっかし…この辺はあんま変わってねぇ~なぁ~…    “あの事件”からもう…6年は経ってるていうのに… 俺は久しぶりに訪れた町…菊花町の駅構内をゆっくりと歩きながら 行きかう人々や、昔とはテナントの違うショップなんかを感慨深げに見て回る… そこでふと、まばらに行き来する人影の中から 俯きながら歩く一人の長身の少年に目が止まり―― ―――お?あのブレザーは沈丁花(ちんじょうげ)高校の…    なっつかし~なぁ~…ブレザーのデザインは俺の頃とは大分変ったが――    俺もアレ着て高校に通ってた時期が――ん…? 俺が目で追っていた少年が不意にその場で足を止め…俯いていた顔を上げる… 「え………」 今まで長めの前髪で隠れていたその少年の顔を見た瞬間… 俺は鈍器で後頭部でも殴られたのではないかと思うくらいの衝撃を感じながら 呼吸するのも忘れてその少年の顔を見入る… ―――たちばな…せんせい…?    いやいやいや…そんな馬鹿な…    だってあの人はもう…っ、    ッ、それ以前に性別も身長も年齢もなんもかんも違うだろっ!    落ち着けっ!自分っ!! 俺は余りにも気が動転しすぎて 自分でも何考えているのか分からなくなるくらい頭の中が真っ白になる… しかしそれでも俺の視線は無意識に少年の事を追い続け―― ―――…それにしても似てるな…    顔が…ってワケじゃなく――    いや…儚げな美人っていう意味じゃ似てるっちゃ似てるが    そうじゃなくて…    うまく言えないんだが何て言うか――雰囲気?みたいな…    (まと)っているものがなんとなく似てるんだよ…    …橘先生に… 「ッ、」 俺は高校時代の恩師であり… 当時の想い人でもあった橘 椿(たちばな つばき)に何処となく似た少年から 目が離すことが出来ず… まるでストーカーみたいに黙って少年の後をついて歩く… ―――…なにやってんだ…俺… 自分でも馬鹿なことをやっていると分かっていながらも―― それでも俺は俯いて前を歩く少年の事を何故かほおってはおけずに後を追う… そうこうしているうちに少年はプラットフォームの黄色い線の手前で足を止め 俺は少年から少し離れたベンチに腰を下ろした。 ―――橘先生… 俺は少年の後姿を見つめながら、かつての想い人の姿を思い出す… ―――何故…あんな事に…っ、 事件から6年… 自分が地元を離れている間に起きた痛ましい事件に 俺は俺自身の表情が歪んでいくのがわかり、自然と両手で顔を覆う… ―――やっぱり俺があの時…    無理やりにでも貴女を連れ去っておけば…っ! 『橘先生…』  『斎賀君!何時コッチに?  それにしても凄いじゃない!貴方の立ち上げた会社『World recovery』!  例の雑誌で取り上げている“今話題の注目企業100選”に選ばれたんですって?!』 『ええ…まあ…』 『凄いわ~…  こんな凄い子がかつての私の教え子だったなんて…先生鼻がたか――』 『…椿さん。』 『ッ、』 『…俺がコッチに戻ってきた理由…もう…ご存じでしょ?』 『斎賀君…』 『俺と――一緒に来てください…っ!  必ず…必ず貴女を幸せにしてみせますから…  ですからどうか…っ!』 『……ごめんなさい…』 『ッ、どうして…っ!』 『っそれは…ごめんなさい…言えないの…』 『亡くなった旦那さんに(みさお)を立てているんだったらもう十分でしょっ!?』 『、ちが…、ッ、そうじゃないの斎賀君…そういう事じゃ――  兎に角…私は貴方とは一緒にはいけない…お願いだから…私を困らせないで…』 『椿さん…』 『お願い…』 『…』 『…』 『…分かりました。今日のところは引き下がります。  ですがまたすぐに――貴女を迎えに戻ってくるんで…』 『…』 『その時は…貴女からいい返事がもらえる事を願ってます。』 『ッ…』 『俺…諦めませんから。貴女からいい返事をもらうまで…  それじゃあ…』 『ッ、さいが…くん…、』 「ッ、」 俺は顔を覆っていた両手を退け―― 再び電車を待つ少年の後姿を見る… そこにホームの右側から微かに電車の近づく音が聞こえ―― ―――ストーカーごっこもこの辺で止めとくか…明日の事もあるし… 俺はおもむろにベンチから立ち上がり―― 最後にもう一度と、名残惜しい気持ちを抑えながら少年の方をチラリと見やる… すると少年の足が黄色い線を越えていて―― 「え…」 電車の近づく音は、右側から生暖かい風を伴って更に大きく… 地響きのように辺りに反響しながら鳴り響き… それと同時に 少年の身体が線路に引き寄せられていくようにして倒れて行く様が まるでスローモーションのように俺の視界に飛び込んできて―― 『ッ、さいが…くん…、』 「ッ、」 俺の脳裏に… 悲しそうな顔をして立ち尽くし…俺の事を見送る最後に見た恩師の姿と 今目の前で電車に飛び込もうとしている少年の姿が何故かダブって見え… ―――ッ、椿…っ! 「―――ッ何やってるっ!!!」 俺はほぼ条件反射的に目の前の少年に向かって声を張り上げ 手を伸ばしてその手首を掴むと ―――…離すものか…! 強い力で少年の身体を引き寄せ―― ―――もう絶対に…貴女を―― いつの間にか俺は――少年の身体を背後から強く抱き留めていた…

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