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逃げようと思えば――

「ッ、…離せよ…」 「ん?」 「こんなの…誘拐だ。  未成年者略取とか…なんかそんな感じの…」 葵が信に手を引かれ――俯きながらボソッと呟く… 「…だったら周りに向かってそう叫べばいいじゃねーか…  『この人、俺を誘拐しようとしてますっ!助けてくださいっ!』って…」 「…」 「今ならまだ人もそれなりにいるし――  叫べば一人くらいはケーサツにつーほーしてくれる奇特な人がいるんじゃね?  なんでしない?」 「ッ…それは――」 「したくないから。」 「…ッ、」 「どーいった事情でお前が死のうとしていたかまでは知んねーけど…  お前が今…俺から逃げようと思えばいくらでも逃げられる手段があるというのに  ソレを使わねーのは…  逃げても――他に行くところがないから…違うか?」 「………」 信の言葉に図星をつかれ… 葵は何も言い返す事ができないまま、再び黙って信の後をついて歩く… ―――ッ、そうだ…    俺にはもう…帰るところなんて…っ、 葵の表情は見る見るうちに苦渋に満ち… 信に掴まれていない方の手をグッと握りこむ… ―――今更…“あの人”の待つ家には帰れない…帰りたくない…っ、    再びあの人の元に戻るくらいなら――    再びあの地獄を味わうくらいなら俺は………っ、 葵の瞳に再び涙が溢れ出し… 葵はその涙を周りに見られたくなくって 俯いたままブレザーの袖口でゴシゴシと拭う… そこに前を向いたままの信が「フゥ…」と溜息をつき おもむろに上着の胸ポケットを漁ると―― 「…ブレザーの荒い布地なんかで目なんか擦ったりしたら――  目にばい菌が入って腫れるぞ。ホラ、コレ使え。」 そう言って信がポケットから清潔そうな白いハンカチを取り出すと 目を擦っている葵の前に差し出す… すると葵は差し出されたハンカチに目を丸くし… 一瞬そのハンカチに手を伸ばすの事を躊躇うが―― 後から後から溢れ出してくる涙をどうにかしたくて 結局葵はそのハンカチを躊躇いながらも信の手から受け取ると 蚊の鳴くような小さな声でお礼を言った 「ッ、あ、りがと…」 「どーいたしまして。まったく…世話のかかるガキだこと。」 「…」 一言多い信に葵は若干ムッとするが―― それでも信から受け取ったハンカチを涙で視界がボヤける瞳で見つめながら 久しぶりに… 本当に久しぶりに人の優しさのようなものに触れた気がして―― 「ッ、ぅぅ…」 再び…先ほどとは違う意味の涙が葵の瞳から溢れ出し… 葵はハンカチを握りしめたままその場ですすり泣き始め… 「…」 信はそんな葵を暫く無言で眺めていたが―― 「…ったく…ホラ、コッチ来い。」 そう言うと信が人目を気にすることなく 正面からソっと葵の身体を引き寄せ、抱きしめると 葵の背中をまるであやす様に優しくポンポンと叩きながら、耳元で優しく呟いた… 「泣け泣け、泣いちまえ。  泣いたって嫌な事が全部無くなるワケじゃねーが…  それでも泣けばちょっとは気が楽になる…  泣いて――溜めてたもん、全部涙と一緒に流しちまえ。」 「ッ、うー…、グスッ、ううぅぅ…っ、、」 信のその言葉に 今まで葵の中で蓋をしていたものが堰を切ったかのように溢れ出し 葵は此処が駅構内だという事も忘れて 信の肩口に顔を埋めて泣きじゃくった…

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