6 / 137
覚悟。
葵が信の肩に顔を埋め――
声を押し殺してひとしきり泣いた後…
ふと我に返った葵は気まずげに俯いたまま信から一歩後ずさると
先ほど信が渡したハンカチを握りしめたまま
無言でまたブレザーの袖口でゴシゴシと涙の跡を拭い始め…
―――オイオイ…何のためにハンカチ渡したと思って…
そんな葵の行動に信は若干呆れるが――
「…気は済んだか…?」
「…」
優しい口調で尋ねる信に
葵が恥ずかしそうにコクン…と小さく頷 き…
それを見て信が安心したようにフッと表情を綻ばせると
葵の肩に手を置くき、未だ俯いて顔を上げようとしない葵に視線を向けながら
確かめるようにその口を開いた
「…で、どーするよ。」
「…どうするって…何が…」
「俺と一緒に――来るのか?」
「…ッ、」
改めて信から投げかけられた問いかけに、葵は一瞬躊躇うが――
―――どうせもう…あそこに帰る気はない…
だったら――
葵が俯いていた顔を上げ…
涙で濡れそぼる瞳で自分の事を見つめている信に視線を合わせると
意を決したようにその口を開いた…
「行く…アンタと一緒に…」
「…いいんだな?」
コクン…と、信の目を見つめてハッキリと頷いた葵に
信は満足そうに微笑み…
今まで握っていた葵の手首から手を放すと
代わりに葵の掌 に、自身の掌を重ねるようにして
信がそっとその手を握り…
葵の手を引きながら、その場からゆっくりと歩き出す
―――あったかい…
葵が信に握られている手をボンヤリと見つめながら
ふと、そんな事を思う…
―――“あの人”に触れられると…痛くて冷たくて…辛い…だけなのに…
この人のは何故か…心地いい…
掌から伝わる信の体温に安心し…
張りつめていた糸が緩むのを感じながら葵がその瞼をフッ閉じると
自分の手を引く信に身を委ねるようにしてその後を歩く…
そんな葵の様子をチラリと横目で見た信はその表情を和らげ――
―――大分…落ち着いたようだな…
葵の様子にホッと胸を撫でおろし…信が改めて前を見据えると
二人は手を繋いだまま駅構内から外へと出る…
するとそこに一人の赤いダウンジャケットを着た茶髪で若い男性が
二人の姿を確認するや否や白い息を切らせながら駆け寄ってきて――
「斎賀さんっ!お疲れ様ですっ!!
…そいつは…?」
信と手を繋いだまま俯き…
学生服を着ている葵を怪訝そうに見つめながら男性が訪ね――
ソレに気づいた信が
「ああ…コイツか?」と葵の方を見ながら呟くと
その表情を綻ばせながら口を開いた
「コイツは高峰 葵 。
今日から俺が面倒を見ることになった。よろしく頼む。」
「…よろしく頼むって…」
男性は更に表情を硬くし、眉間に皺を寄せながら葵の方を見つめる…
すると葵がスッ…と顔を上げ――
「………ッ!?」
その顔を見た途端…男性は目を見開いたまま固まる
―――え…ナンダコレ…男…?俺より背ぇ高ぇし…
にしちゃあ…スッゲー美人…
実は女だったり…?
食い入るように自分の事を見つめてくる男性の視線に葵は耐え切れず…
再び顔を顰めながら俯く…
そんな葵の反応に信が不機嫌そうな表情で男性を睨みつけ――
「…オイ、片瀬…あんまコイツの事見んな。怯えさせるだろーが…」
「え…あ!すんません…お連れの方が余りにも綺麗だったんでつい…」
「…」
信から片瀬と言われた男性の言葉に、葵が益々顔を顰める…
そんな中、信が片瀬に向かって口を開き――
「…で?車は?」
「あっ、コッチに停めてあります。」
そういうと片瀬は信たちを連れて、車の方へと案内し
三人が少し歩くとバス停の近くに燦然 と輝く高級車…
アイスエクリュマイカメタリック色のレクサスが鎮座しており――
「…お前な…せめて駐車場に停めろや。
こんなんだから高級車乗りは――って文句言われんだぞ。」
「すっ…すんませんっ!若がすぐ帰って来ると思って…」
「わか…?」
「若やめろ。気にすんな葵。それより――
この車に乗ったら俺はもう…
お前を何処にも逃がさないぞ?本当にいいんだな…?」
再度…これが最後通告とばかりに信が葵の瞳を強く見つめながら訪ね…
葵も覚悟を決めた表情を信に見せると
静かにその口を開いた…
「…アンタと行くよ…
俺にはもう…帰る場所なんて無いんだから…」
ともだちにシェアしよう!