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そこは愛の巣か、はたまた…

「…着いたぞ?葵…」 「ん…」 隣に座る信の肩に頭を預け… いつの間にかまた眠ってしまっていたらしい葵は 信の声に薄っすらと瞼を開け―― その寝ぼけ眼を無意識に右手で擦ろうとした… が 「…?」 葵が右手に違和感を覚え――その視線を右手に移す… すると葵の右手は信の左手と緩く…いわゆる恋人繋ぎの状態で握られており… 葵は暫くボンヤリとした表情で、その絡まりあっている手を眺めていたが―― 「…なんで手ぇ握ってんの…?」 「ん?」 まだ寝ぼけたまま…どこか不機嫌な様子で尋ねる葵に対して 信は悪びれる様子もなく「…この方が落ち着くだろ?」と言いながら 改めて葵と繋いでいる手をギュッと握り直し… 「…」 葵はボ~…っとしたままその繋いだ手を見つめ続ける… そこにイチャつきながら 一向に車から降りる気配のない二人に痺れを切らせた片瀬が ため息交じりに口を開き―― 「あのぉ~…そろそろ降りてもらえませんかね…?」 「おっ、悪い悪い…ホラ葵、降りるぞ。」 「…」 信は後部座席のドアを開け、葵の手を引きながら車から降り 葵も促されるままに、わざわざ信の降りた方から車を降りる… すると葵はそこでようやくすぐ目の前が優に50階はあるであろ タワーマンションのエントランス前だという事に気がつき 葵がボンヤリと上を見上げると 隣に立ってた信がフフンと…どこか誇らしげにその口を開いた 「この最上階が俺んち。どうよ?  結構いいとこ住んでんだろ?俺。」 「………まあ…」 「“まあ”っ?!まあってそんだけっ??オイオイ…  キャバ嬢とか連れてくると超テンションアゲアゲではしゃいでくれんのに…」 「…俺…キャバ嬢じゃないし…  此処には劣るけど――そもそも俺んちも40階建てタワマンの最上階…  なんだかなぁ…俺を飼う“鳥籠”は――  タワマンの最上階じゃなきゃいけない法則でもあんのかね…  俺…高いとこ苦手なのに…」 「え…」 そびえたつタワーマンションを見上げ… 何処か辛そうに顔を(しか)めながらポツリと呟いた葵の言葉に 信は呆気にとられて思わず葵の顔をマジマジと見つめる… そこに二人の背後からパワーウィンドウを下げた片瀬が声をかけ―― 「そんじゃ俺――今日はこのへんで…」 「ご苦労だったな片瀬。」 「とんでもない!斎賀さんのお役に立てて俺、嬉しいっす!」 車に乗ったまま、満面の笑みでそう答える片瀬に 信は葵の手を握ったまま近づき…片瀬の耳元に顔を近づけると 葵には聞こえないくらいの小声で、小さく耳打ちをした 「――ところで片瀬…ご苦労ついでにこの車――  処分の為に“例の業者”まで持ってってもらえないか?  出来れば今日中に…」 「ええ~っ!?」 「バカ、声が大きい。」 「すっ…すんません…でも――何でなんすか…?  確かまだ買って一年も経ってないっすよね?この車…勿体ない…」 「まあ…なんだ…念には念をってヤツだな。この車で高速も乗っちまったし…」 「…?」 「兎に角っ!処分の方任せたぞ!…パクんなよ…?」 「!しませんよっ!そんな事…  それじゃあこの車――今から直接例の業者さんに持っていけばいいんすね?」 「ああ…俺の名前を出せば快く引き受けてくれるだろう…  後そうだ、忘れるところだったホラ、コレ…  お前の足代と――今日俺に付き合ってくれた礼だ。受け取れ。」 そういうと信は上着の内ポケットから ちょっとした厚みのある茶封筒を取り出すと、それを片瀬に差し出した 「え…いいんですか…?こんなにもらっちゃって…」 「いいっていいって!今日は予想外の事にもつきあわせちまったからな。  その分も上乗せしといた。」 「ありがとうございますっ!有難くいただきます!  それじゃあ俺――そろそろ行きますね?」 「おう。気をつけてな。」 「はいっ!」 片瀬はやはり満面の笑みで信に向かって一礼すると 車はそのまま二人をその場に残して走り去り―― 「…アレ…アンタの車じゃないの…?」 「ん?ああ…俺の車“だった”よ。そんな事より――  これからお前が俺と二人で暮らす“愛の巣”の中を案内してやるよ。」 「…“監禁場所”の間違いではなく…?」 「言うねぇ~…てか…動じないな。お前…  マジで監禁されるかもしんねーのに…」 「…まあ…慣れてるから…」 「…?」 表情に暗い影を落とし…“慣れているから”と言った葵の言葉に 若干の違和感を覚えながらも―― 信は葵の手を引き 二人はマンションの中へと入っていった…

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