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困惑。
二人は一通り部屋を見終えたところで、再びリビングへと戻り――
信 は見るからに上質で柔らかな光沢のある黒いソファーに腰を下ろすと
まだどこか落ち着かない様子で辺りを見回しながら立ち尽くす葵 に向け
微笑みながら口を開いた
「どーよ俺んち…気に入ったか?」
「…まだ……よく…わからない…」
「……あいっ変わらず反応薄いねぇ~…お前さんは…まあいい。
まだウチに着いたばかりで戸惑ってて馴染めていないだろうから――
お前の部屋選びは後回しで。
どっちにしろベッドとか買うのに時間がかかるし…
お前に客室を使わせるのもアリっちゃアリだが――
お前はあくまで“俺の”であってお客じゃねーしな。
だから暫くは俺の寝室で、俺と一緒に寝ることになるから――
覚悟しとけ…?」
「…一緒に…」
―――ああ…この人も結局はそーゆー…
信のその言葉を聞き…
今まで自分に対する信の優しさのようなものを感じていただけに
何処か裏切られたような気分になり…
葵の表情に暗い影が差す…
「ところで――今日は自殺未遂に車での長距離移動と何かと疲れただろ?
着るものはコッチで用意しとくから、先に風呂に入って汗流してこい。
バスルームはさっき案内したばかりだから分かるよな?」
「…」
―――“準備しろ”…って事か…
葵は暗い表情のまま信に向けコクン…と小さく頷くと
重い足取りで一人…バスルームに向け歩き出した…
※※※※※※※
葵が風呂に入ってから一時間くらいが経ち――
「!後でかけ直す。――ようやく上がったか…
で…どうだった?ここの風呂…サイコーだったろ?
つっても夜景見ながら入れないんじゃあ――
ただの広い風呂と変わんないんだけどな。」
「…」
葵は風呂から上がり…信が用意したパジャマに着替え
信の待つリビングに戻ると
信は葵が風呂に入る前に見た時と同じ、黒いソファーの上に寝そべりながら
携帯で誰かと話をしていたらしく…
信は葵の姿を見るや否やその通話を切り、改めて葵の方に目を向けると
何事もなかったかのように葵に話しかけた
「…にしても――やっぱ俺が思ってた通り…
お前は白が似合うな。」
葵の姿を上から下まで舐めるように眺めた後
信は満足そうに微笑みながら言葉を続ける
「…そのパジャマ――知り合いから何かの記念に貰ったやつなんだけど
俺は白なんて絶対着ないからソレに一度も袖を通した事はないんだが――
どうだ?着心地は…シルク製だから悪くはないと思うんだけど…」
「…少し大きけど…大丈夫…」
「そうか…なら良かった。
じゃあ俺もこれから風呂に入って来るから――
お前は俺の事なんか気にせず、先に寝室行って休んでろ。
さて――と~…」
信はそう言うとソファーから立ち上がり
腰に手を当てて軽く背を反らすと
そのまま葵を残してリビングを後にし
後に残された葵は暫く無言でその場に立ち尽くしていたが――
―――乱暴に…扱われなきゃいいんだけど…
葵はその表情を悲痛に歪ませ…掌をギュッと握りしめると
覚悟と諦めがない交 ぜになった複雑な心境を抱えたまま
信の寝室に足を向けた…
※※※※※※※
どれくらい時間が経ったのか…
葵が一人、キングサイズのベッドの中で
緊張でその身を強張らせながら丸くなっていると
キィ…と小さく部屋のドアが開く音が聞こえ――
―――ッ、来た…
葵は覚悟を決め――
その瞳を静かに閉じる…
すると葵がかけている掛け布団が微かに持ち上がり…
横向きに寝たふりをしている葵のすぐ背後に
信がくっつくようにしてベッドに入ってきたのを感じ
葵はいよいよかと思い、その身を固くする…
しかし
「…?」
ベッドに入ってきた信は、葵の背後にピッタリとくっつきながら
葵の腰を緩く抱きよせはしたものの――
その後は特に何かするでもなく…
ただ背後から自分を抱きしめるだけの信に
葵はその身を固くしたまま時間だけが緩やかに流れ――
「???」
―――え…何も――してこない…?…何で…??
てっきり信は“そのつもり”で
自分と一緒に寝ると言い出したものばかり思っていただけに――
何もしてこない信に葵は困惑し…緊張感だけが高まっていく…
―――え…え…?ナニコレ…一体どういう状況…?
てか俺これ――一体どうしたら…
葵は信に背後から抱きしめられたままのこの状況に理解が追い付かず…
固まったまま息を潜 め…暫くこの状況に耐えていたが――
―――ッ、ダメ…無理…
なんでこの人は俺に何もしてこないの…?
なんでこの人は今日会ったばかりの俺に優しくするの…?
なんで俺はこの人に抱きしめられても
“嫌だ”と感じないの…?
信の行動と自分の心境が理解できず…
葵は緊張でカラカラになった喉にコクンと唾を飲み込むと
とうとうこの状況に耐え切れなくった葵は意を決し
背後にいる信に向け…恐る恐る声をかけた…
「ッ…あの…、」
「!うおっ?!ビックリしたぁ~…なんだお前……起きてたのか?
…俺がベッドに入ってもうんともすんとも言わなかったもんだから…
てっきり俺はもう…お前は寝ているもんかと…」
信は自分が驚いた事が余程可笑しかったのか――
葵の項に顔を埋め、クツクツと肩を震わせながら引き笑いをし始める…
そんな信に葵は困惑した様子で声をかけた
「…なんで…
何もしてこないの…?」
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