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追跡。

時刻は午前7時を回り―― 「…ん…」 葵は一人、広いベッドの中で身じろぎ… すぐそばにあるであろうぬくもりを求めて手を伸ばす… しかし 「…のぼる…?」 手を伸ばした先にあると思っていたぬくもりは(すで)にそこにはなく… 冷たくなったシーツの上を、葵の手が心許なさげに彷徨(さまよ)う… そこに部屋のドアがカチャッと開く音が聞こえ―― 「…葵…?まだ寝てるのか…?」 グレーのワイシャツに濃い茶色のネクタイを締め… 後は上着を着ればそのまま出社できそうな格好をした信が ドアノブを握ったまま開いたドアから顔を覗かせ 控えめな声でベッドの中にいる葵に声をかける… すると頭まですっぽりと布団を被っていたらしい葵は 布団を被ったままむくりと起き上がると 雪ん子みたいな格好で眠そうに目を(しばたた)かせ ボォ~…っとたまま信の方を見ながらその口を開いた 「…今…起きた…」 「…気持ち、起きてねーよな?それ…  朝食用意したから今すぐ顔洗って歯磨いてシャキッとしてこい!  あと着替えは一応そこのベッドの端に置いといたからソレに着替えろよ?  俺に合わせたパジャマが着れたんだから――  多分大丈夫だとは思うんだけど……って――聞いてるか?」 「…ん…?んー…聞いてる…  朝食は――シャキッとした歯ごたえ…」 「…お前は何を言ってるんだ…?リンゴなんか用意してねーぞ。  兎に角、朝食が冷めないうちに早く来い。分かったな?」 「ん…」 葵は寝ぼけたまま頭に被ったままの掛け布団を払うと ノロノロとした動作でベッドから降り始め―― 「フッ…ったく…」 それを見た信は呆れた笑みを浮かべると 静かにドアを閉じ、ヤレヤレといった感じでその場を後にした… 信が葵を呼びに行ってから10分くらいが経ち―― 紺のワイシャツにグレーのスラックス姿の葵が 先ほどよりかは幾分スッキリとした様子でダイニングキッチンに姿を見せ 少し覚束(おぼつか)ない手つきで袖のボタンを留めながら 既に席についている信に向け、躊躇(ためら)いがちに声をかけた 「…おはよ…」 「…おはよう。よく眠れたか?」 「…おかげさまで…」 ―――ここ数年で――一番良く眠れたかも… 軽く椅子を引き―― 葵は信の向かいの席に腰を下ろしながら、視線を目の前のテーブルの上に移す… 見ればテーブルの上にはスクランブルエッグに焼いたウィンナー… トマトとレタスのサラダに焼いたトーストにレンズ豆の入ったチキンスープと… 実に朝食らしい朝食を久しぶりに見た気がして―― 葵の表情がちょっと嬉しそうに(ほころ)ぶ 「コレ――全部アンタが?」 「ん?そこのチキンスープ以外はそーだな。」 信が席から立ち上がり コーヒーポットで自分と葵の分のコーヒーをカップに注ぎながら答える 「砂糖とミルクは?」 「いる。砂糖四つ。」 「四つっ!?マジか…」 「コーヒー…甘くないと飲めない…」 「さよーでございますか…」 信はちょっと呆れながら小洒落(こじゃれ)たキャニスターから 角砂糖を取り出し、葵のコーヒーの中にポチャンポチャンと一個ずつ入れ そこにミルクを足してスプーンで掻きまわしながら葵へと渡す 「はいよ。ちょっと熱いかもしれませんので…  気をつけてお飲み下さいませ、おじょーさま。」 「ん。」 「…さて…と――  それじゃあ――いただきますか~」 信が席に着き、早速マーマレードが塗られたトーストをかじり始め―― それを見た葵が慌てて小さく「…いただきます。」と手を合わせると 葵はスクランブルエッグを口へと運ぶ… 暫く二人は黙々と朝食を食べていたが 葵がチキンスープの入った器を手に持ち―― 中身をスプーンで掻きまわしながら小さな声で信に尋ねた 「…これから…仕事…?」 「そ。だからお前は今日一日――お家で大人しくしてろよ?  昼食と夕食は後でカネ渡すからテキトーに出前でもとって食べてくれ。  あと今日はちょっと用事で帰りが遅くなるから――」 「待たずに先に寝てろ…でしょ?」 「…よくお分かりで。あとそうだ!  明日は会社が休みだから――二人で一緒に買い物に行くぞ。  お前さんの服とかと日用品とか――兎に角色々買い揃えないとな。」 「…そんなのわざわざいいのに…」 「よくねーよ。お前は顔が良いから俺の服でもフツーに似合うが――  でもやっぱ服はお前に合ったものを用意しないと…  あと下着も。」 「…」 「――というワケで明日はデートだ。  あっ!ついでに夜はどっかのグランメゾンでディナーと洒落込むか!」 「…マジで言ってる…?」 「マジマジ!お前どんな店がいい?フレンチ?イタリアン?  それとも中華に和食…何でもいいぞ?どれがいい?」 「…そんな事…急に言われたって…」 「…ホントお前…ノリ悪いなぁ…」 「…うるさい…」 そういうと葵は不貞腐れながら散々掻きまわしたチキンスープを口へと運び―― 信はそんな葵を苦笑交じりに眺めながら コーヒーを一口啜った… ※※※※※※※ ―――ッ、結局昨日…葵は帰って来なかった…    一体何処に…っ、 男性が一人…タワーマンションの最上階からスマホを握りしめ… 眼下に広がる街並みをイライラとした様子で睨みつけながら 窓の前を行ったり来たりと歩き回る… そこに男性の持つスマホの着信音が鳴り響き―― ピッ、 「見つかったかっ!?」 『(しのぶ)さん…  一応友人のつてで防犯カメラの映像から、葵さんが菊花町駅から  見知らぬ男の車に乗り込む姿を確認することは出来たのですが――  その後の足取りまではまだ…』 「男っ?!葵が男と一緒にいたというのかっ!それで…っ、  その葵と一緒にいたという男は誰だっ!身元はっ!?」 『…それが――防犯カメラの映像が不鮮明で男の特定までには――』 「ッ、分かった…引き続きお前は葵の足取りを追ってくれ…  報酬は弾むから…出来るだけ早く頼む。」 『…分かりました。それでは――』 ピッ、 「葵…っ、」 ―――誰だっ!私の葵を連れ去ったヤツは…っ、 男性が握りしめるスマホが ミシミシと嫌な音を立てる… ―――誰であれ…必ず見つけ出して――    葵の目の前で八つ裂きにしてくれる…っ!

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