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裏の顔。

キャノピーのせり出したエントランス前に 一台の黒塗りの高級車が横付けされ… その車の後部座席のドアの前にネイビースーツを着た若い男性が立ち エントランスから姿を現し信の姿を確認すると綺麗な一礼をし 後部座席のドアを開きながら挨拶を口にした 「おはようございます。斎賀社長…お迎えにあがりました。」 「ん。」 信は開けられたドアからスッと後部座席へと乗り込み ネイビースーツの男性が信が座ったのを確認すると 後部座席のドアを閉め、反対側のドアから後部座席へと乗り込み 信を乗せた車は静かにエントランス前から動き出し―― 車がマンションの敷地を出たところで 信の隣に座る男性がおもむろに手にしたシステム手帳を開くと ビッシリと神経質そうな文字の書かれたページに指を這わせながらその口を開いた 「…社長。本日の午前10時に予定されている役員会議の後  取引先の沢辺様が契約内容の確認に為に  11時半にコチラにお越しになられるとの事ですが――  如何なさいましょう?」 「…私が直接彼に会って説明を行うから――  彼が訪れたら応接室の方に案内するよう  受付に話を通しておいてくれ。」 「かしこまりました。」 「ああそれと(かじ)君。」 「はい。何でしょうか社長。」 「開発部門で今開発しているアプリケーションの進捗(しんちょく)具合について  確認しておきたいから――  部門リーダーに言って私のパソコンにデータを送ってもらえるよう頼めるか?  出来れば沢辺社長との面談後すぐにでも見ておきたいのだが…」 「アプリケーションの進捗具合ですね?分かりました。」 信の隣に座る男性…梶は 神経質そうに信が今言ったことをシステム手帳に書き留め始めていき 信はそんな彼の様子をチラリと伺った後、上着の内ポケットからスマホを取り出すと 流れる外の景色に視線を移しながら何処かに電話をかけ始めた prrrrr…prrrrr…プツッ 『…信…どうした。』 「…河野…昨日も電話で少し話したが――親父の具合は?」 『今のところ安定している。』 「…そうか…良かった…  ところで――“親父に噛みついた犬”はどうしてる?」 『鎖につないで、檻に閉じ込めてるよ。  なあ信…今この話は――』 「…分かった。  それじゃあ続きは改めて…今夜俺がそっちに行った時に話すとしよう。」 『ああ…それじゃあ今夜、事務所で。』 ピッと通話を切ると 信は険しい表情のまま、窓の外を眺め続けた… ※※※※※※※ 時刻は21時を過ぎ―― 『社長。タクシーが到着いたしました。』 「分かった。すぐに向かう。」 秘書である梶からの内線を受け―― 帰り支度を済ませた信はザッと部屋の中を見回した後コートと鞄を手に持つと 部屋の電気を消して社長室を後にする… ―――予定より大分時間がかかっちまったが――    河野のヤツ…“犬”から何か聞き出せただろうか…    それよりも葵はちゃんと飯を食ったのだろうか…    アイツほっとくと何も食わなさそうで不安だ… まるで犬猫でも飼い始めたかのような気分で 信は腕時計を確認しながらエレベーターを降り、ビルの外に出ると 梶が言っていた通り、一台のタクシーがエントランス前に待機しており 信は迷わずそのタクシーに乗り込むと、抑揚のない声で行き先を告げた 「…中央区の桜木坂モールまで――」 「分かりました。」 そういうと運転手はギアを入れ―― 信を乗せたタクシーは、本社の入ったビルからゆっくりとその場を後にした… タクシーは暫く町の中心部に向け… 大小様々な店が立ち並ぶ片側二車線の大通りを走っていたが―― 「…運転手さん、次の信号機の手前で下ろしてもらえるかな?」 「次の信号機の手前ですね?分かりました。」 タクシーは信の指示通り信号機手前で、歩道脇に車を寄せながら停まると スマホで決済を済ませた信がタクシーから降り すぐ目の前の雑居ビルに挟まれた、目立たない脇道へと入っていく… ―――まだ殺したりしてなけりゃいいんだが… 信はため息交じりにそんな事を思いながら 上等なスーツ姿に、値の張る靴が奏でる小気味のいい足音を辺りに響かせつつ 薄暗い夜の路地裏を歩き続ける… 信が暫く人気のない路地裏を進んでいくと 目の前に三階建ての看板も何もない閑散とした(さび)れたビルが姿を現し 普通の人なら入る事を躊躇うようなそのビルの中に 信は何の躊躇いもなく入っていく… 「…誰かいるか?」 「…信。」 「…河野…で、“犬”は?」 「言ったろ?地下室に鎖で繋いである。」 「…何か喋ったか?」 「…それが――歯を引き抜こうが爪を剥がそうがうんともすんとも言わん…  ただの“使い捨て”にしちゃあ…度胸が据わりすぎてる…」 「フム…何処かの組織に雇われたプロといったところか…  ただ――仕損じてるところを見ると、腕の方は大したことではなさそうだが…」 信はそう呟きながら近くの事務机に近づき 机の裏側へと手を伸ばす… するとカチッという音共に 壁際に置かれてた鉄製の棚がスゥー…と横に移動し 棚があった裏側から鉄製の扉が姿を現した… 「さてとそれじゃあ――  その強情なワンちゃんの面でも拝みに行くとしますか!」 「あの様子だと…お前に会っても何も話さんと思うぞ。」 「それでも――  一応見ておきたいだろう?親父を襲ったやつがどんなヤツなのかを…」 そういうと信はただでさえ冷たく整ったその顔に 更にゾッとするような冷たい笑みを浮かべると―― 隠されていた鉄製のドアを開け その先にある地下へと続く階段に河野と共に下りていく… 暫く二人が階段を下っていくと、階段の終わりにまた鉄製の扉が姿を現し 信がその扉をギィ…と開けると 部屋の丁度中央に意識のない血まみれの男性が上半身裸で ぐったりとした様子で椅子に座らされており… 信はその男性を見ながらフッと笑みを浮かべると 手を叩きながら声をかけた 「へ~いワンちゃ~ん!wake up!wake up!  何時まで寝てる気だ?さっさと起きろ。」 信のその声に…男性はピクリと反応し―― 右目は晴れ上がり…左目もろくに開けられない血まみれの顔を微かに上げる… すると信がそんな男性の前髪をガシッと鷲掴み 無理やり顔を上向かせると 男性の顔を覗き込むように自身の顔を近づけ―― その口元に綺麗な弧を描きながら口を開いた… 「…言え。お前は誰に雇われた?」 ペッ、 「ッ!信っ!!」 「………」 「…誰が…貴様になど話すか…斎賀 信…」 「……ったく…」 男性は血が混じった唾を信の顔に吹きかけ―― 信は胸ポケットからグレーのハンカチを取り出すと うんざりとした様子でその血を拭きながら、男性から目を離す事無く 後ろにいる河野に向け手を差し出す 「…銃寄越せ。」 「ッ、しかし――」 「…いいから寄越せ。」 「…ッ、」 信の冷たい声色に 背筋に冷たいものを感じ… 河野は渋々ジーンズの腰に差してた9mmの拳銃を信に渡すと 信はその銃口を男性の蟀谷(こめかみ)にあて―― キチキチキチ…とコッキングレバーを引きながら もう一度男性に尋ねた 「…これが最後だ…  お前の雇い主は…?」 「…地獄に堕ち―― パンッ! 部屋に乾いた音が響き渡り… 男性は椅子ごと横に倒れ―― 辺りは静寂に包まれた…

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