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デート7

「………」 ―――遅い… 葵がトイレに立ってからすでに15分以上は経過し―― ―――いくら何でも遅すぎるのでは…?    流石に様子を見に行った方が―― 信が腕を組み… 難しい顔をしながらトイレに行ったきり戻ってこない葵の身を心配して そろそろ探しに行こうかと信が迷い始めていたところ 丁度そこに二人組の若い男性が信の座る後ろの席に腰を下ろしながら 何やらブツブツと文句を言い始め―― 「…ったく…アイツ一体何なんだよ…えらっそうに…」 「…な。トイレの横に陣取っちゃってさぁ…  俺らの事見るなり…  『このサインボードが見えねーのかよ、どっか行け。』って…うるせーわ。  オメーの方こそどっか行けよっていう…」 「ほんとそれな。  何で清掃員でもないヤツにそんな事言われなきゃいけねーんだよ…ったく…  おかげでコッチはわざわざフードコート出てまで  別のトイレ探す羽目になって歩き疲れたわ!」 まだ怒りが冷めやらないといった感じで ブツブツと文句を言い続けている男達の会話に信が首を傾げる ―――ん?トイレ…? 「あの~すみません。」 「…?はい?なんでしょ…」 信は思わず後ろを振り向き、後ろの席にいる男たちに声をかける すると男達はいきなり話しかけてきた信に一瞬戸惑った様子をみせるが すぐに信に返事を返し… 「フードコートのトイレって…」 「ああ…トイレなら向こうの右端の一番奥の方にありますよ?  ――ただ…今は行かない方がいいかも…」 「…?それは何故ですか?」 「なんか今は掃除中らしくって…  しかもトイレのすぐ横に背の高い…  感じの悪い男が突っ立てて危ない感じなんで――  今トイレに行くのは止めといたほうがいいですよ?…なぁ…」 「うん…アレはなんかヤバイ…」 そういうと男たちは再び顔を見合わせ、話をし始め ―――ちょっと待て…葵は――フードコートから出てないよな…    って事は―― 男たちの話を聞き… 信の不安は一気に最高潮まで駆け上がり―― 思わずガタンッ!と音を立てながら席から立ち上がると 信は脇目も振らずにトイレに向かって速足で歩いていく… ―――葵…アイツまさか…変な事に巻き込まれちまったんじゃ―― 「ッ、」 次から次へと湧き上がる嫌な予感に 信は駆け出したいのを(こら)えながら急いでトイレへと向かった… ※※※※※※※ 信がフードコート内のトイレに辿(たど)り着くと 男たちが言っていたように 自分より背の高い…体格のいい男が壁に寄りかかり… 腕を組んで立っている姿が見え 信は怪訝そうに眉を(ひそ)めながら男の顔を凝視する ―――アイツ確か…メンズショップで葵の事見ていた三人の内の一人… 他の連れの男二人や、周りの客よりも頭一つ分デカかったために その男の事だけは信の脳裏に妙に印象に残っていた記憶があり… ―――間違いない…他の二人は何処だ…? 信は少し辺りを警戒しつつその男に近づきながら声をかける 「…すみません…ちょっといいですか…?」 「あ”…?」 大男は俯いていた顔をゆっくりと上げ―― 不機嫌そうな様子で睨みつけるように信の方を見る… すると何故かその男は信の顔を見た途端 少しだけ嬉しそうに目を細めたのが見て取れ 信は益々怪訝な表情を浮かべる… 「…何か?」 「…コッチに――  少し前髪が長い…長身で気だるげな雰囲気の若い男の人…来ませんでしたか?」 「…長身で若い男…?さぁ…そんな人は此処には来てないないなぁ~…  他を当たったら?」 「いやでも――  連れは確かに…」 信が男の言葉に納得せず… 更に言い(つの)ろうとしたその時 大男は信の方を見つめながら溜息交じりに肩を竦めると 寄りかかっていた壁から背を離し… まるで信を威圧するかのように通路の真ん中に立って信の前に立ちはだかる… しかしそれはまるで 男がその先のトイレに誰も近づけさせたくないように信には見え―― ―――なんかあるな…    ここはひとつ…鎌でもかけてみるか… 信はそんな大男の態度に確実に何かあると察し… 自分の目の前に立つ男を少し見上げる形で見つめると 少し演技がかったわざとらしい口調で話を続けた 「…そう…ですか…  アイツ――此処には来てないですか…ハァ…だったら困ったなぁ~…」 「…何が?」 「いえね?俺の連れ――  トイレに行くと行ったきりもう15分近く経っても戻って来ないんですけど…  フードコートからも出た形跡(けいせき)がないのに  何処を探しても見当たらなくって…  しょうがない…此処は警備員でも呼んで――  探すのを手伝ってもらうとするかな…ハァ…」 信は大男の方を向いたまま、更にわざとらしく溜息交じりに 着ている黒のテーラードジャケットのポケットからスマホを取り出すと 何処かに電話をかける素振りを見せ… 「ッ!」 ―――チッ…マズイな…このままだと面倒なことに…    いやまてよ…?どうせならコイツもトイレに連れ込んで――    俺が頂いちまうってのは…? 大男が目の前の信の姿を(とら)えながらスッ…と細くなる… ―――どうせ他の二人はあの美人さんに夢中だろうし――    その横で俺がコイツを犯すのも悪くないんじゃないか…?    俺は初めっからコイツに目をつけてたし… 大男はニヤ…っと口角を上げると まるでいまさっき何かを思い出したかのように 今にも何処かに電話をかけそうな信に声をかけた 「ああっ!…そーいえば――」 「何か思い出しました?」 「さっき俺がちょっと目を離した隙に誰かがトイレに入っていったような…  出てきた様子もないから多分今もトイレの中にいるんじゃないかなぁ…」 「!本当ですか!?だったら――トイレの中を確認させてもらっても?」 「どうぞどうぞ!てか俺此処の従業員でもないし…」 大男は愛想笑いを浮かべ―― 壁によって道を開けると、信が前を通り過ぎるのを待つ… そして信が通り過ぎた瞬間、大男はすぐさま信の背後に立ち 信を羽交い絞めにしようとその手を伸ばすが―― 「おっと…」 「ッ!?」 信は背後から伸びてきた大男の手をスッと横に身体を反らしてかわすと 伸びてきた男の手首を素早く掴み取り… その手を掴んだまま流れるように男の背後に回り込むと 掴んだ手首を男の背中でグッと強く捩じり上げながら そのまま背後から壁に向かって勢いよくドンッ!と 信は自分よりも体格のいい男の身体を近くの壁に押し付けた 「~~ってぇ~なぁ~…、ッ、いきなり何を…っ、」 「…それはコッチのセリフだ…  ところでお前さぁ…メンズショップで葵の事ずっと見てたろ。」 「はあ…?なんの事だか…  てか葵って誰だよ…」 急に声色と口調が変わった信に焦り… 大男は身を捩って信の拘束を振り払おうとするが 後ろから自分の事を壁に押さえつけ―― 腕を捩じり上げる信の力は思いのほか強く どんなに大男が激しく身を捩っても信はビクともしない… ―――コイツ…っ、俺より細っこいいくせしてなんて腕力してんだ…、ッ、 今まで数多くの男達を力で押さえつけることはあっても… 自分が力で誰かに押さえつけられるような事がなかった大男は この状況に非常に焦り―― 背筋に冷たい何かが走る… 「…とぼけんなよ?他の男二人と一緒に見てただろーが…」 信が背後から男の耳元に唇を寄せ… ゾッとするような冷たく低い声で囁き―― 男はその声に恐怖すると同時にアソコが勃ちそうなほどの興奮を覚える… 「しっ…知らねーよっ!そんなヤツ…ッ、  そもそも俺が店で見たてのは連れの方じゃなくて  アンタの方だし…っ、」 「―――は?」 大男のその言葉に信の思考は一旦停止し―― 暫く大男を押さえ込んだまま信は氷の彫像のように固まってはいたが―― 急にハッと我に返ると 信はゼンマイ仕掛けの人形のようなぎこちない動作でその口を開いた… 「…………………………その情報は――いらなかったな…」

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