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デート11
トイレでの一件以降…
二人は新たに買い直した服に着替え、適当にアウトレット内を見て回り…
その後は近くの町へと赴 き
ウィンドウショッピングや映画などを見て時間を過ごし――
平日ではあるものの
二人はこのいかにもな“休日デート”を心から満喫していた
特に途中で立ち寄ったゲームセンターでは葵は本当に楽しそうにはしゃぎ――
今まで見せていた陰鬱な表情が嘘のように
年相応の笑顔を見せて喜ぶ葵の姿を思い出し…
信の表情が自 ずと綻 ぶ…
―――助けられたから良かったものの…
トイレであんな事があったから一時はどうなる事かと思ったが――
葵が思いのほか楽しそうにしてくれてて本当に良かった…
今日は出かけた甲斐があったってもんだな。
信がチラリと視線だけを動かして、隣を歩く葵の姿を見てみれば
葵はその表情に微かな笑みを浮かべ
今日一日で散々見たであろう町の風景やら道行く人たちの姿を
飽きもせずに眺めていて…
―――本当に…今日は出かけて正解だったな…
信はそんな葵の姿にフッと笑みをこぼしながら穏やかな時間を噛みしめる…
そこにふと信が街頭の時計に目をやると時刻はすでに18時半を過ぎていて――
「おっと…もうこんな時間か…
葵、予約しているフレンチレストランに向かうぞ。」
「レストラン?」
「そうだ。…なんだ?フレンチ――嫌いか?」
「…そういうワケじゃないんだけどさ…この格好で…?」
葵は“父親”に連れられて外食する際は
大抵フォーマルスーツ着用だったために外見を気にしたことは無かったが…
二人がアウトレットで買い直した服は
信がライトアウターがグレーの太めリブ編みのVネックニットに
アウタージャケットが黒のPコートで
下がダークインディゴのストレッチスキニーパンツ…
葵がライトアウターが白のケーブル編みのボトルネックニットに
アウタージャケットがベージュのストレッチステンカラーコート
下がチャコールのカツラギスリムパンツと…
お互いの容姿も相まってとても似合ってはいるのだが――
如何せんラフすぎて…
フレンチレストランに合うかと聞かれるとやはり微妙で…
「ちょっと――ラフすぎない…?」
葵が不安げに信の方を上目遣いで見やる…
すると信はニッと口角上げ――
「ダイジョブダイジョブ!
俺が予約した店は確かにちょっとお高い店だが――
そこのオーナーとは古くからの知り合いで
俺が店に予約を入れた際には気を利かせて人目に付きにくい…
だけど一番いい席を用意してくれるんだ。
だから人目何てそんな気にしなくていいぞ?…心配すんなって。」
「…信が…そういうのなら…」
葵はまだちょっと不安ではあったが――
自信満々に微笑む信に後押しされ…
二人はフレンチレストランに向かう為に
近くの駐車場に停めてある車へと向かった…
※※※※※※※
二人が車から降り――
黒を基調としたシックな外観の一件のフレンチレストランへと足を踏み入れると
中は床や天井…カウンター席や他のテーブル席などといったインテリアが
オークブラック系で統一された落ち着いた造りになっており…
更には店内を流れるピアノの生演奏がこの店のグレードの高さを伺わせ
葵に緊張が走る…
―――“あの人”の仕事関係でこういった店に来る時は緊張どころか
“何かを感じる”事すら無かったっていうのに…
なのになんで俺…今は緊張して…
葵は知らずにコクン…と喉を鳴らし…
店内の様子を伺うように葵が辺りをそっと見回す…
するとこの店は余程の人気店なのか、店内はほぼ満席の状態で
その上此処の客達は皆、その場に相応しいフォーマルな装いで席についており
その光景が葵の不安を煽る…
―――本当に良かったのかな…俺なんかが信と一緒にこんな店に来て…
だってこういうところってなんかさぁ…
恋人同士とかでくるようなところなんじゃ…
店内の客はほぼ男女の組み合わせで…
その誰もが一見して恋人や夫婦を思わせるような甘い空気を漂わせながら
食事や会話などを楽しんでおり…
そんな周りの空気に葵は気後れし――
葵は思わず信の後ろに隠れると
信の着ているPコートの裾を子供みたいにキュッと掴んで俯く…
「ん…?どーかしたか?葵…」
「ッ、別に…」
「…?」
信が訝し気に葵を見つめながら首を傾 げる…
そこに一人の男性が信たちの方へと近づき――
「信!」
「!?」
突然聞いた事がない男性の声が信の名を呼び
葵がハッとして微かに顔を上げる…
すると黒のワイシャツにジーンズ姿と…
葵たちと引け劣らない程ラフな格好をした男性が
目の前で信とハグをした後、親しそうに握手をしていて…
「やっときたか…待ってたぞ。信。」
「オーナー自らお出迎えとは…お前もそーとー暇人だな義人 」
「お前の目は節穴か?!忙しーに決まってんだろーが!周りを見て見ろ!
大盛況だよ!ありがとうございますっ!!」
この店のオーナーである義人が大げさに両手を上げた後
客に向かって演劇じみた綺麗な一礼をしてみせると
客達の間からは拍手が沸き起こり――
義人はその拍手に満面の笑みで手を振って応えた後
「お騒がせしました。どうぞ引き続き食事をお楽しみください。」
と言ってその場を収めると、ドヤ顔で信の方を振り向く…
その様子に信は呆れながら口を開き
「…だったら俺に構ってないで仕事してろよオーナーさま。」
「そ~いうなよ…
俺は“また”お前がどんな美女侍 らせて来たのかと
見るのが楽しみなんだからさぁ…楽しみ奪うなよ。」
「“暴露して楽しむ”の間違いなんじゃねーのか?
ったく…お前はいっつも人の邪魔を…」
そんな二人のやり取りに…
何故か葵の胸がチクッ…と痛む
―――“また”…か…
そーだよね…信…前に自分でモテるって言ってたし…
実際モテるんだろうな…信…カッコイイし…
「…」
チクッとした痛みから今度は締め付けられる苦しさへと変わり…
葵の表情が微かに歪む…
―――信は一体…どんな人を連れてこの店を訪れているんだろう…
きっと…凄い美人なんだろうな…
得体のしれない不安が葵を包み込み――
今まで握っていた信のPコートの裾を掴む力が自ずと強くなる
―――それよりも信は今――
誰か付き合ってる人とか――いるんだろうか…
「…ッ、」
そこまで考えた途端
葵は何だか目の前が暗くなって、足元がグラつく感覚に襲われ
葵の身体が少しフラつく
そこに信が心配そうに葵に声をかけ――
「大丈夫か?葵…なんかお前…顔色が…」
「そこの美人さんが今回のお前のお相手さんか?
これまたえらく背の高い…スレンダーな美女だな…」
「…ネタにするつもりだったんだろうが残念だったな。葵は男だ。」
「男っ?!お前ついにそっちにまで…」
「バカ…葵はそんなんじゃねーよ。
それより葵…本当に大丈夫か?
何だったら今日はもう…」
「ッ、ごめん…大丈夫。ちょっと眩暈 がしただけだから…」
「…本当に?」
コクン…と葵は頷き――
ソレを見て信はホッとした表情を浮かべると
目の前の義人に向かってこえをかけた
「おいオーナーさま。ボサっとしてないでさっさと俺達を席に案内しろ。
それと店の温度をもう少し上げてくれ。
コイツ寒がりだから…」
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