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デート13

時刻は21時を過ぎ… 二人はフレンチの店を後にし―― その後信の運転するマセラティレヴァンテへと乗り込み、帰路につく… その道中…葵が助手席のドアに寄りかかり 微睡(まどろ)んだ様子で窓の外に目を向けながらその口を開いた 「…信…」 「…ん?」 「今日は…本当に楽しかった…ありがとう…連れ出してくれて…」 「…そうか…喜んでもらえて何よりだ。」 信は前を向いたまま葵の言葉にフッと微笑み… 今日のデートを葵が喜んでくれた事に信は喜ぶ… しかし次に続いた葵からの言葉に、信は言葉を失った… 「俺…母さんが死んで…“あの人”に(とら)われてからは…  自由に外出なんて…した事なかったから…本当に…」 「!?」 ―――葵の母親は既に…この世を去っているのか…    それは――辛いな… 「……ッ」 葵の口から聞かされた身内の不幸に…信の表情が痛まし気に揺らぐ… だがそれよりも信は葵の言う 『あの人に囚われている』と言う言葉が気にかかり―― すでに目がトロンとしていて、今にも眠りに落ちそうな葵に向け 信が眉を少し顰めながら尋ね返した 「…葵…“あの人”と言うのは?」 その問いかけに… 微睡んでいるハズの葵の表情が一瞬苦しそうに歪むと 口にするのも辛そうな様子で、躊躇いがちにその口を開いた… 「…“父さん”…」 ―――葵に着る服すら碌に選ばせなかったていう…クソ親父か… 「………」 信の表情はより険しくなり ハンドルを握る手に力が入る… そこに葵が微睡んだまま言葉を続け 「けど“あの人”は…“父さん”なんかじゃ…  でも…人前では“父さん”って呼ばないと…  後で酷く…される…から…と…さん…て…、…」 そこまで言うと葵はとうとう眠気に負けてしまったのか… コン…と窓に頭を預けるとそのまま眠ってしまい… 信は隣で眠る葵の姿をチラリと横目に見た後に その表情を更に険しくしながら前を見据える ―――“あの人”は“父さん”ではない…?    でも“父さん”と呼ばないと酷くされる…?それは一体どういう… 信は葵からの言葉を測りかね… その表情を曇らせたまま車を運転していると、目の前の信号が赤へと変わり… 二人を乗せた車はゆっくりと停止線手前で停車すると 信は軽く息を吐きながらもう一度その視線を葵の方へと向ける…     ―――言葉通りの意味か?それとも―― その瞳は戸惑いで揺れ… 信は隣で眠る葵にスッと手を伸ばし 手の甲で気遣うようにそっと葵の頬に触れると 悲哀に満ちた表情で葵の頬を優しく撫でた… ―――どちらにしろ…    お前は今…俺の傍にいる…        そしてお前がお前の言う“父さん”とやらに    どんな仕打ちを受けていたにしても        俺はもう…お前を手放す気は更更(さらさら)ない。    お前の言う“父さん”とやらの元へと返す気も…だ…            だから安心して俺の傍に居ろ。葵…

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