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親父。

時刻はもうじき14時を過ぎようかといったところ… 「Then, I will consider the proposal from there. (ではそちらからの提案を検討させていただきますので――)」 不要なものが一切ないシックな色合いで統一された社長室で 信がデスクに備え付けられた電話を手に取り… 同時にパソコン画面を見つめながら通話相手との話を進める 「I'll contact you as soon as it's decided Take care.  (決まり次第こちらから連絡をします。ではまた)」 ピッ、と通話相手との通話を切ると 信はキッチリと締めていたネクタイを緩め… 「フゥ~…」と深い息を吐き出しながらかけていた眼鏡をはずし 座り心地の良いオフィスチェアの背もたれに深々と寄りかかりながら目を(つむ)る… ―――…葵…どーしてるかなぁ~… 力の抜けきった手で先ほど外した眼鏡をデスクの上に置き… 両手で顔を覆い、目元を解しながら信が(うめ)いた 「あ”~…」 ―――早く帰りてぇ~なぁ~… 今までなら… 仕事が終わったらどこかのキャバクラにでも寄って飲んでから帰ろうかとか 何処かに寄り道する事だけが真っ先に浮かんでいたハズなのに… 今ではちょっと空いた時間があると 信の頭に浮かぶのは家で待っているハズの葵の事ばかりで―― ―――今日早く帰る事ができたら――俺が晩飯作るか…    そーいやアイツの好物ってなんだろうな…?    …二郎系ラーメンが好きなのは分かったが――    流石に今日は胃に優しいものが食いたい…    でないと俺が死ぬ。 我ながらジジ臭い事考えてんなとは思いながらも… 二日連続のこってこてのぎっとぎとな二郎系ラーメンの事を思い出し―― 信は思わず「う”っ、、」と呻きながら口を押える… そこに控えめにドアを叩くノックの音が社長室に響き ドアの外側からくぐもった声で「…社長、よろしいでしょうか。」という 秘書である(かじ)の声が聞こえ―― 「…入れ。」 信は気持ち悪くなった気分を抑えながら もたれかかっていた背もたれから身体を起こし… デスクの上に置いた眼鏡をスッとかけ直して社長モードに戻ると ドアの方へと向き直り、梶に入ってくるよう促す… すると社長室のドアが静かに開き―― 「失礼いたします。社長、明日の会議に使う会議資料をお持ちしました。」 「ん。ご苦労様。」 ドアの前で綺麗な一礼をした後 颯爽と近づいてきた梶から会議資料を受け取ると 信はパラパラとめくって資料に目を通していく… しかし資料をめくっていた信の手が突然止まり―― 「梶君。」 「なんでしょう。」 「ここの収支の報告に記載漏れがあるようだが…」 「!すぐに確認をしてまいります。」 「ああ頼む。」 信は手にしていた資料を梶に手渡すと、梶は社長室を足早に後にし 信は一息つきながら再びパソコン画面に視線を移して作業を再開する… そこに突然デスクの上に置いてた信のスマホが震えだし… ―――親父…っ!? スマホ画面に表示された名前に信は目を見開き―― 信は慌てた様子でその電話に出た ピッ、 「親父っ!」 『…信。』 「ッ、親父っ、今までどこに…  そんな事より怪我は…っ、もう大丈夫なんですか?!  なんで急に若頭の俺に何の相談もなしに  病院を移ったりなんかしたんですかっ!  しかも腹心である井上さんに聞いても怪我の状態どころか  入院している病院すら教えてもらえなくて俺…、ッ、」 そこには今までの社長依然とした余裕のある信の姿はなく… 珍しく取り乱し…まるで子供のように縋るような声を上げる信に 受話口の向こう側から「フッ」と噴き出す息遣いが聞こえ―― 『…落ち着け信…』 「落ち着いていられるわけないでしょ!  俺がどれほど心配したと思って――」 柄にもなく声を震わせる信に 受話口の向こう側の声は更に優しく…諭すようにその口を開いた 『…いいから落ち着け…それよりも信…お前に伝えておきたいことがある。  今から俺が言う場所に一人で来い。待っているから…』

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