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動揺。

信がカウンターに置いておいたスマホに向けそう言うと キッチンに鳴り響いていピーッ、ピーッ、ピーッ 時刻は午前6時半… ダイニングキッチンにけたたましい警報音が鳴り響く中 信がせき込みながらコンロの火を消し―― 紺のエプロンを握っている手を目の前で大きくバサバサと振りながら フライパンから立ち上る煙を払いのける… そこに機械的な音声メッセージが流れ―― 『煙ヲ感知致シマシタ。今スグ消防ニオ繋ギイタシマスカ?』 「いい!大丈夫だ…今すぐ警報を切ってくれ。」 『分カリマシタ。』 ピッ、 た警報音は切れ 信が握っていたエプロンで鼻と口を押えながら手前の換気扇のボタンを押すと 換気扇がブォン…という音を立てて回り出し… 煙はあっという間に換気扇の中へと吸い込まれていき―― ソレを見て信はホッと胸を撫でおろすとシンクの(ふち)に両手をつき… コンロの上に置いてあるフライパンをチラリと見たあと 盛大な溜息を吐き出した… 「ハァ~~…」 ―――何やってんだか…俺… フライパンの上にはフレンチトーストになる予定だったモノが 真っ黒に焼け焦げた状態で、その無残な姿を晒しており… 信はもう一度フライパンに目を向けると 恨めしそうな目でそのフレンチトーストの残骸を見つめた… ―――いくら何でも動揺しすぎだろ…    葵のあんな一言で… 『信…好き…』 「…ッ、」 結局信はあの後(ろく)に眠る事が出来ず… 自分の目の前で心地よさげに眠る葵の顔を見つめながら朝を迎える事となり 現在に至る ―――まったく…青春真っ盛りのティーンでもあるまいに…    “好き”って言われただけでこんな狼狽(うろた)える日がこようとは    夢にも思わなんだ… 「………はぁ…」 信はシンクの縁に両手をついたままもう一度呆れ交じりの溜息を吐き出すと フライパンの上の無残な残骸を片付けるべくフライパンに手を伸ばす ―――ホント…どーかしてる… 信自身…今までいろんな女性からそれこそ冗談から本気まで… 財産目的から純粋なものまで様々な愛の告白を経験してきたが―― ここまで自分を動揺させた告白は “同性から”という点を差し引いても今までになく 信は頭を抱える… そこに今まさに信を悩ませている張本人が眠そうに手の甲で目を擦りながら ダイニングキッチンに姿を現し―― 「…おはよ…」 「ッ!?」 「…どうかした?信…  さっきなんか警報の音が鳴ってたみたいだけど…」 「葵ッ、、あっ…アレか…っ?!…別に大した事じゃ――」 「?…そう…ソレは?」 「ん?」 葵が寝ぼけ眼で信が手に持っているフライパンを指さし 信がフライパンの中身に目をやると、苦笑交じりにその口を開いた 「!ああ…コレか?ちょっとパンを焦がしちまってな…」 「…信が?信でも失敗するんだ…なんか…意外…」 「ハハ…そりゃお前…俺を買いかぶりすぎ。俺だって失敗ぐらいするさ。」 ―――…誰かさんが呟いた“好き”に動揺しすぎて…    気づけばパンが黒焦げになってましていました~!なんて…    口が裂けても言えねーよなぁ~… 信は乾いた笑みを漏らしながら真っ黒い残骸をゴミ箱へと捨て フライパンをシンクに置いて振り返ると いつの間にか自分のすぐ真後ろに葵が立っていて 信が軽くビクンッ!と飛び跳ねながら驚く 「うおっ、ビックリしたぁ~…  危ないだろ?葵…いきなり人の背後に立つなんて…  俺がゴルゴだったら今頃ブン殴って――」 「…信…」 「…ん?」 不意に葵の手が信に向かってスッ…と伸び… 信はその手に一瞬ビクッと身構えるが―― そんな信の反応などお構いなしに葵のひんやりと冷たい手が信の頬に触れ… 信が改めて自分の頬に触れる葵の顔を見てみれば その表情は今にも泣きそうに歪んでいて―― 「ッ!どうしたんだ葵…っ、  そんな――泣きそうな顔をして…」 「ッ、」 信が自分の頬に触れている葵の手を上から重ねるようにそっと握りしめ… 泣きそうに揺れる葵の瞳を不安そうに見つめ返す… すると葵がその瞳を薄っすらと涙で潤ませながら 躊躇いがちにその口を開いた… 「…ねぇ…信……  もし……もしだよ…?もし俺が――信の事……好きって言ったら…  信は俺の事……嫌いになる…?」

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