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ミートボール。

「ただいま~…ん?」 時刻は18時半を過ぎ… 信が仕事場から帰宅し、玄関のドアを開けて中に入ると 微かに良い匂いが漂ってきて―― 「あ…信、お帰り!」 信の声を聞きつけ… 葵がリビングからヒョコっと顔を覗かせ、信の姿を確認すると その顔を嬉しそうにパァッと綻ばせながら例の白いエプロン姿で パタパタと信の方へと駆け寄ってきた ―――フッ…なんか――マジで新婚さんみたいだな…コレ…    葵可愛いし… 信の方も自分に駆け寄ってくる葵の姿に自ずと顔が綻び… その目を細めながら葵に向け口を開いた 「おう、ただいま。  ところで葵…この匂い――」 「ンフフ……気になる…?」 「ッ、そりゃ~…まあ…?」 「じゃあホラっ!早く上がって!頑張って作ったんだから…」 「…作った…?」 葵に早く早くと急かされるように鞄を持つ方の手を両手で引っ張られ―― 信は不安定な姿勢でルームシューズに履き替えると その手を葵に引かれながら 信は葵と一緒にダイニングキッチンに足を踏み入れる… 「ッ!お前…コレ――」 するとダイニングテーブルの上には 二人分のトマトパスタとコンソメトマトスープが並べて置かれ―― テーブルの中央には二人分には少し多すぎると思われるミートボールの山が デンッと鎮座し 更にその隣にはアスパラベーコン巻きが用意されており… 信はその光景に思わず目を見開き、ポカンと口を開けて驚く 「どお…?ビックリした…?」 「ッ…ビックリした。コレ…全部お前が…?」 「…うん。頑張った。」 「信の為に…」と、小さく付け加えながら葵ははにかんだ笑みを浮かべ―― 信はテーブルに並ぶ料理に目を丸くしながらその口を開いた 「…凄いな…よくこれだけのもんを一人で作ったな。  まだ料理初心者なのに…」 「フフッ…まあね。とはいっても――  包丁と火はまだちょっと怖いから  包丁と火をあんまり使わないレシピを検索して…  出てきたレシピをレシピ通りに作っただけなんだけどね。」 「いや!それにしてもスゲーわ…早速食べよう!  先に席について待っててくれ。ちょっと手ぇ洗ってくるから。」 「分かった。」 そう言うと信は足早にその場を離れ 葵はそんな信の後姿を目を細めながら見送る 「…しあわせ…」 母親がこの世を去ってからは感じる事すら出来なくなっていた その胸の奥からジン…と身体中に広がっていくような温かい気持ちに―― 葵は胸のあたりにそっと手を添え…その気持ちを確かめるように もう一度小さく呟く 「信…俺今…すっごく幸せかもしんない…、」 もうこの場にはいない信に向け、葵はそう呟くと 温かい気持ちに包まれながら葵は席に着き―― 信が戻ってくるのを嬉しそうに微笑みながら待った… ※※※※※※※ 二人が席につき「いただきます。」と手を合わせると 信は早速葵の作ったトマトパスタを口へと運ぶ 「………どう…?」 葵が恐る恐る信の反応を伺う… すると信は無言で噛みしめていたパスタをゆっくりと飲み込み 深刻そうな顔をして一息つくと 不安そうに自分の事を見つめてくる葵に向け 明るい笑顔を見せながらその口を開いた 「………うん、(うま)いっ!」 「ッ!本当にっ?!」 「ああ!ホントホント。  パスタの()で加減といい…塩加減といい…サイコーだ。  ホントよくコレだけのもんを一人で作ったなぁ…偉いぞ!」 「ンフフ…良かったぁ~…  ねぇ…他のも食べてみてよ。ミートボール超自信作!」 「フフ…そうか。葵がそう言うんなら食べなきゃな!」 そう言うと信は山盛りのミートボールにフォークを伸ばし―― 葵はその様子を複雑な面持で見つめる… ―――ミートボール…確か母さんの得意料理の一つだったな…    翌日母さんの帰りが遅くなる予定だと    いっつも山盛りのミートボールを前日に作り置きしてて――    ミートボールは好きだったけど…翌日帰りが遅くなるんだなと思うと    素直に喜べなかったな…        母さんが死んでからはもう…    レトルトですら食べる気はしなくなってたけど… 「…どう?」 「ッ…コレっ、」 「…?どうかした?」 「あっ…いや…旨いよ。」 「ホントに?…にしちゃなんか…」 「…いや、ホントに旨いよ。」 「そう…良かった…」 信の一言に葵はホッと安心したように微笑むと 葵もフォークでミートボールを一つ刺し、そのまま口の中へと運ぶ ―――うん…タレの酸味がちょっと足りないような気がするけど母さんの味だ…    頑張って味を思い出しながら作った甲斐があったな… ミートボールを頬張る葵の顔が自然と綻ぶ… そこに信が真面目な顔をしながら葵に尋ねた 「…なぁ葵…」 「ん?」 「このミートボールって――」 「?レシピ通りに作ったんだけど――やっぱり何か変だった…?」 ―――タレは母さんのを思い出しながら作ったけど… 「ッいや…何でもない。」 「…?」 『…斎賀君…また購買のパン?』 『…俺んち…両親が共働きなんで…』 『そう…よかったらコレ食べない?ちょっと作りすぎちゃって…』 『…ミートボール…?』 『うちの子が大好物でね。』 『ッ、そう…ですか…』 『…?ミートボール…嫌い…?』 『ッ!いえ…いただきます…』 『フフッ!はいどーぞ。タッパーは後で先生の机の上にでも置いといてね。  じゃあ…』 『あ…ありがとうございます…』 『フフ…いいのよ。じゃあまたあとでね。』 「…ッ、」 ―――椿さん… 信は山盛りのミートボールに再びフォークを伸ばし、ミートボールを頬張ると 何とも言えない複雑な表情でミートボールの味を噛みしめた…

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