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糸を引くのは…
葵との夕食を終え――
信は先に葵に風呂を譲ると
自分は後片付けの為に一人ダイニングキッチンに残り
食器洗い乾燥機の中に使った食器を並べて詰め込みながら
スマホである人物に電話をかける…
prrrr…prrrr…プツッ、
『…なんだ信…こんな時間に…』
「…夜分遅くに――ってほどの時間でもねーけど…
こんな時間に悪いな。王凱…」
受話口から聞こえてきた
かつて信と昇竜会の若頭の座を巡って争ったライバルの声は
何時にもまして不機嫌そうで――
『…いいからさっさと要件を言え。信…
俺は今…虫の居所が悪いんだ。』
「フッ…というと?」
『ッ、お前にはカンケーねぇ……と言いたいところだが――
なぁ信…』
「…ん?」
『…お前――この間親父と会ったんだよな?』
「ああ…その事で俺から昇竜会とその傘下の組員を含めた全員に向け
一斉にメールやファックスで親父からの伝言を伝えただろーが。
『今は姿を現すことは出来ないが――近いうちに必ず姿を見せる。
それまでは若頭の指示に従い、秩序ある行動をとれ。』…と…」
親父との密談を終えた直後…
信は親父からの指示通り、とりあえず組員達を落ち着かせるために
スマホでメールやファックスに親父からの言葉を一斉送信した
ただ一人…
親父並みに機械音痴の榎戸組組長…榎戸 王凱 には
信が直接その旨 を電話で伝えたのだが――
『…それなんだがよ…
なんで親父は今、姿を現せねーんだ…?』
「ッ…そりゃあ――お前…どこの馬の骨とも分からんヤツに襲撃されたんだ…
今は迂闊に姿なんか見せられるワケ――」
『…お前――親父をバカにしてるのか?』
「……は?」
何故か急に怒気を含んで低くなった榎戸の声に、信がたじろぐ…
『…親父は最強の男だぞ?
普段はあんな虫も殺せねーようなお釈迦様の様に穏やかな顔してるけど…
過去に敵対する組織を一気に3つも潰した“悪鬼阿修羅の勝治郎”だぞ…?
そんな親父がちょっとかすり傷受けたくらいで
隠れるような真似をすると思うか?』
「…ッ、それは――」
―――ああそうだった…
コイツ本当に――
親父に…親父の強さに惚れこんでいたんだったな…
信は榎戸に対して返す言葉に詰まり、思わず口ごもる…
それと同時にやはり今回の親父襲撃の件は榎戸の指示ではない…
少なくとも榎戸自身は関わっていないと確信し、改めてその口を開いた
「…確かにお前の言う通り…親父が隠れているのはおかしいとは思うが――
それでも親父には親父の考えがあっての今回の行動なのだろう…
今は親父の言葉を信じて待つしか俺たちに出来ることはない。」
『ッ、けどよぉ…っ、』
「それより王凱…」
信がビルトイン食洗器にすべての食器を並べ終え、ピッと操作ボタンを押すと
食器を収めた引き出しが自動で閉まり…食洗器が静かに動き出す
「お前――明日空いてるか…?」
『あ”っ?!なんだよ突然…』
「いや…久しぶりにお前と会って話がしたいかなと思って。」
―――親父襲撃の件については王凱は関わってはいない…少なくとも本人は…
だが指輪の事もある。
王凱が関わっていなくとも榎戸組の誰か…
あるいは王凱に罪を擦 り付けようとしている何者かが
王凱のすぐそばで糸を引いているのかもしれない…
それを明日俺が直接王凱に会って確かめないと…
「…どうだ…?」
『…明日か…俺もお前に聞きたいことがあったし別に構わねーけどよ…』
「そうか…なら明日の18時に榎戸組事務所で会うのはどうだ…?」
『…分かった。それでいい。
なんなら明日久しぶりに二人で飲むか!』
「あー…それは遠慮しとく。」
『…ツレねぇ~なぁ~…』
「…じゃ、また明日。」
ピッ、と信は通話を切り――
「フゥ…」
―――誰だ…裏で糸を引いてる奴…
黒狼会の件も恐らくそいつが――
信は難しい顔で腕を組み
食洗器の中で踊る水しぶきを黙って見つめ続けた…
※※※※※※※
「高木っ!」
「はい。」
王凱に名を呼ばれ――
一人の男性が組長室に姿を見せる
「親父…俺に何か…?」
「…明日ここに昇竜会の若頭が訪れる。
若衆全員に粗相がないよう伝えとけ。」
「…分かりました。」
男性…高木は王凱からその言葉を聞くと
綺麗な姿勢で部屋を後にし
廊下に出た高木はおもむろに上着のポケットからスマホを取り出すと
何処かに電話をかけ始めた…
prrrr…prrrr…プツッ
「…御手洗 さん…」
『…どうかしましたか?高木さん…』
「…明日――親父が昇竜会の若頭…斎賀と会うそうです。」
『ほう…』
「…いかがいたしましょう?」
『…あの男は頭が切れて厄介だが――
まだ私たちの関係と目的については流石に気がついてはいないでしょう…
ですのでとりあえず明日はヤツの動きを探るのみにしておいて下さい。』
「…分かりました。では…」
ピッ…と通話は切れ――
辺りは静寂に包まれた…
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