50 / 137

参った。

「葵。」 「ん?」 信が仕事に行くために玄関先で靴を履き替えている最中… 背後で信の鞄を持って立つ葵に声をかける 「今日は仕事でちょっと遅くなるから――  夕飯は先に食べて――」 「…遅くなるって…どれくらい…?」 食い気味に不安そうな声で訪ねてくる葵に 靴を履き終えた信が後ろを振り返り、葵の方を見ると 案の定不安そうな顔で信の鞄を両手でギュッと抱きしめながら立つ 葵の姿があり―― ―――フッ…可愛いなぁ~…葵のヤツ…    つかあざとすぎんだろその仕草…    男なのに男がキュンとくる仕草心得てるってどうなのよ…        同じ男なのに不安になるわ…変な虫が寄り付くんじゃないかと思って… 例のトイレの件と言い忠の件と言い… 葵は身長こそあるものの、ただでさえその女性的な美しい顔立ちのせいで 男が近寄ってくる傾向にあるために余計に信を不安にさせる… そこに急に黙り込んでしまった信にますます不安を感じたのか 葵が鞄を抱きしめたまま声をかけ―― 「…信…?」 「あ…?ああ…そーだなぁ~…20時までには帰れるとは思うが――」 「…だったら…待ってる…」 「あ…いや――約束は出来ねーし、」 「…待ってる。」 まるで駄々をこねる子供の様に信の鞄を抱きしめながらそう言う葵に 信はフッ…と苦笑を漏らすと ポン…と葵の頭に手を置き――苦笑を浮かべたまま口を開いた 「…分かった。出来るだけ早く帰るが――  もし俺が19時半くらいに電話したら――諦めて先に夕飯食えよ?分かったな。」 「…分かった。」 「…よし、良い子だ。」 ワシャワシャと信は微笑みながら葵の頭を撫で―― 葵から鞄を受け取ると、信は玄関のドアへ向かおうとする… しかし―― 「ッ、信…っ!」 「…ん?」 急に葵に呼び止められ 信が再び葵の方へと振り返った次の瞬間 チュッ… 「…?……え…??、」 葵の顔がすぐ目の前にまで迫ったかと思ったら 信の頬に柔らかい感触が触れ… 突然の事で信が目を見開いて固まっていると 信から離れた葵が頬を赤らめ…悪戯っぽい笑みを浮かべながらその口を開いた 「ッ…この間のレストランの仕返し…、どうだ参ったか。」 「…葵…」 「…早く…帰って来て……俺…待ってるから…、ッ、」 そう言う葵はと顔を真っ赤にしたまま そそくさとリビングの方へと戻っていき―― 後に残された信は葵がキスをした頬にそっと触れると その場で茫然と立ち尽くしながら小さく呟いた… 「…参った…」 ―――マジで参った…    葵お前――    どこまで俺の理性試す気だ…?

ともだちにシェアしよう!