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誰。

「ふふっ…、ん~…クククククッ…」 「…おい。大丈夫か?」 「ん~~~?ん~…らいじょぶぅ~…くふふふふ…っ、」 「はー…」 「…お客さん、着きましたよ。  お連れの方――大分出来上がっているようですね。」 「ああ…ホラ着いたぞ信。」 「ん~…」 仁は運転手が差し出したQRコードをスマホで読み取り決済を済ますと 何がおかしいのかずっとヘラヘラと笑っている信の背中を押しながら 一緒にタクシーから降りる 「あれ~…?なんでひとくんまで着いてくんのぉ~…?」 ―――ひとくんて…また随分と懐かしい呼び方を… たどたどしい口調で信の口から不意に出た中坊の頃の自分の呼び名に 仁は思わずフッ…と微笑む 「…お前が一人で歩けないからだろうが。ホラ行くぞ。」 「ん~…ふふっ、ひとくん抱っこ~!」 「ッ…ふざけてないでちゃんとしろ。  まったく…大して飲めもしない癖にキャバ嬢に良いとこ見せようとして  悪ノリでバカな飲み方するから…」 仁は自分の肩に信の片腕を回させ 足元がフラフラで覚束(おぼつか)ない信の腰を支えながら マンションのエントランスに入る… するとフロントで業務を行っていた西崎が二人の元へと静かに近づき―― 「大丈夫ですか?  手をお貸しいたしましょうか?」 「あ~!にしざきさんチィ~っす!おつかれさまでぇ~す…んふふふ…」 「…おいコラ。」 「…これはまた…随分と酷い酔われ方をしているようで…  それよりも大丈夫ですか?何かお手伝いできることは…」 「…いえ、結構です。」 「そうですか…ところで――斎賀様のお知り合いで?」 「はい。」 「でしたら今、最上階まで直通のエレベーターをお呼びしますので――  そちらのエレベーターをお使いください。」 「…ありがとう。助かります。」 「いえ。それでは…」 それだけ言うと西崎は綺麗なお辞儀をして去っていき 仁は信を連れてエレベーターのドアの前までくると 一分もしないうちにそのエレベーターのドアは開き… 仁は上機嫌な信を支えながらエレベーターへと乗り込んだ… ※※※※※※※ 時刻は23時を過ぎ… 「むぅ…」 ―――遅い… 葵は右手に持ったスマホ画面に表示されている時間を 恨めしそうな目で見つめる ―――いくら遅くなるって連絡寄越したからって…限度があるよ… 「ハァ…」 19時過ぎにリビングで信の帰りを待つ葵に、信本人から電話があり… 『葵…今日は予想以上に帰りが遅くなりそうだから  今朝言った通り夕飯は先に食べろよ?あと――』 スマホの受話口から女性や男性の笑い声が聞こえ―― 葵はちょっと不愉快そうに顔を(しか)める 「…なんか――周りが騒がしいようだけど…?」 『ああ…ちょっと――な…  それより俺の帰りを待たずに…ちゃんとベッドで寝るんだぞ?  もしまたソファーなんかで寝てたりしたら…くすぐりの刑だからな?』 「…じゃあソファーで寝る。」 『おい。』 「ふふっ、冗談だよ。  でも…早く帰って来て…でないと――」 『ねぇっ、社長…誰と電話してるのぉ~  そんな事よりエミともっと飲みましょうよぉ~…  レミルイ13世なんてど~お~?』 『あっ!ズルイ~…だったらユズはロマネコンティが飲みたいなぁ~…  ねぇ~…いいでしょお~?しゃちょ~さぁ~ん…』 「………」 『あ…違うんだ葵…コレにはワケが――』 プツッ、プー、プー、プー… 「………」 ―――あの時は思わずカッとして切っちゃったけど――    信…社長さんだもんね…    きっと断り切れない“大人の事情”ってやつがあったかもしれないのに…    なのに最後まで聞かずに切っちゃうだなんて…    俺…悪い事しちゃったな… 「ハァ~…信…お願いだから早く帰って来て…」 ―――寂しいよ… 葵は中途半端に切ってしまった電話への罪悪感と 信の事が心配で眠れず… 寝室から持ち出した 信が何時も使っている枕に顔を埋める様にしてギュッと抱きしめると 葵はソレを抱えたままソファーの上で丸くなる…  ―――信… そこにカチッ…とドアの鍵を開ける音が微かに聞こえ―― 「ッ信っ?!」 ―――やっと帰ってきた…っ! 葵はソファーから飛び起きると 枕を置いて玄関へと走り出す 「信っ!」 「お~…あおい~…今かえりましたぁ~…ヘヘ…、」 葵が喜び勇んで玄関まで駆け付けると そこにはヘラヘラと笑いながら自分に向かて手を振る信と そんな信を支えながら葵を見て怪訝な顔をして立ち尽くす長身の男性の姿があり―― 「…誰…」 「…お前こそ誰だ。」 葵と仁は互いに険しい表情を浮かべると 玄関先で静かに睨みあった…

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