63 / 137

恐れていた事。

「…タレコミ?」 「ああ…昨日俺のところに  わざわざボイスチェンジャーを使った匿名のタレコミがあってな…  真意のほどはまだ定かではないが――俺が襲われる二日前に…  黒狼会の若頭候補の一人…松本 啓一(まつもとたかいち)と  昇竜会(ウチ)の副本部長である御手洗が  場所は言えないが何処かの料亭で密会をしていたらしいと…」 「ッそれは――」 「証拠も何もない情報だが…  もしコレが本当なら――確かめないワケにはいかないだろう…?  そこで俺はそのタレコミの電話の直後…御手洗に電話をし――  今朝直接あってそれとなく御手洗に鎌をかけてみたんだ…  『松本 啓一を知ってるか?』と…」 久米がティーポットから空になったティーカップに紅茶を注ぎ それを飲んで一息つくと、改めて話を続ける 「…そしたらアイツ…  『いえ…そんな名前は初耳です。誰なんです?その方は…』と  平然とすっとぼけられてな…  俺もそれ以上は言及せず――その時は笑って誤魔化したんだが…  それでもヤツが松本の名を聞いた瞬間…  微かにその表情が強張ったのを俺は見逃さなかった…」 久米がその表情に微かな苦悩を滲ませながら 両手で持ったティーカップの中で揺れる透き通った琥珀色を眺める… 「…信憑性も何もないタレコミの情報を鵜呑みにして――  身内を疑いたくはないんだが…  それでも一度生まれてしまった疑念はそう簡単には消せるものではなくてな…  そこで俺は御手洗との会話の合間に席を立ち――  お前の意見を聞きたくてお前を此処に呼んだというワケだ…」 「ああ…それであんな強引な電話を…」 元々久米は強引なところがあったが―― 今朝の電話はソレに更に輪をかけて強引だったことを思い出し 信の口元に呆れた笑みが浮かぶ 「…で、どう思う。」 「…もしそのタレコミの情報が本当だとしたら…  俺の立てた仮説の一つの裏付けにはなりますが…」 「う~ん…」と信は微かに俯き―― 口元に手を当てながらその仮説を言うべきかどうかを悩む… そこに突然 ジャケットの内ポケットにしまっていた信の携帯がバイブしだし―― ―――…?坊ちゃん…? 画面に表示された忠の名前を不審に思いながらも 信は通話ボタンを押した ピッ、 「…もしも――」 『信ごめんっ!ホントごめんっ!!』 信の言葉を(さえぎ)り―― 突然受話口の向こう側から聞こえてきた焦った様子の忠の大声に驚き 信が一瞬スマホを耳から遠ざける… 「っどうした坊ちゃん……突然謝ったりなんかして…驚くじゃ――」 『葵が(さら)われたっ!!!』 「ッ!?」 それを聞いた瞬間… 信の頭の中は真っ白になる 『ごめん…本当にごめんっ、、俺がついていながら…こんなっ、』 「ちょ…ちょっと待て忠…お前今――どこに居る?  葵に屋敷の中を案内していたんじゃなかったのかっ?!」 『そっ…それが――』 「どうした?信…」 目の前で只ならぬ雰囲気で狼狽えだした信に久米が声をかける… すると信は顔面蒼白になりながら久米の方を見て―― 「…今…坊ちゃんからの電話で――  葵が攫われたと…」 「なっ…」 「忠…お前の居場所を教えろ。」 信は目の前が暗くなるのを感じながら 何とか言葉を振り絞る 『屋敷の裏門から右に出て…  大通りから最初の信号を右に曲がった先にあるパン屋…』 「…分かった。今からそっちに行く。そこで待ってろ。」 『ッ信…俺――』 ピッ…と信は忠の言葉を最後まで聞かずに通話を切ると スマホを内ポケットにしまいながら久米の方を見る 「ッ…親父……」 「…行ってこい。コッチでも今動ける組員に招集をかけておくから――  なんかあったら俺に電話しろ。分かったな?」 「ッはい…失礼します…!」 信は青ざめ…険しい表情のまま久米に一礼すると 急いで部屋を後にした

ともだちにシェアしよう!