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それぞれの事情。

「…お前の兄ってまさか――(まこと)さんかっ?!  俺らが高1の時に確か…別の高校に通ってた誠さんが傷害事件を起こして…  そのまま高校を退学になった後  行方が分からなくなってたっていう…あの?!」 「…よく覚えてるな。」 「そりゃお前…忘れられるワケねーべ…  当時ワイドショーに取り上げられるほどの事件だったしな…  『地元の高校に通う3年の男子生徒が――  ヤクザ関係者5人と言い争いの末、3人に重軽傷を負わせ…  そのうちの一人は意識不明の重体』とか何とかでさ…  しかもあの事件のせいでお前――」 「………」 「…まあいい…んで?  葵を連れ去ったヤツの仲間にお前の兄さんがいたから――  だからケーサツにツーホー出来なかったと…?」 「………」 「そんなの…“らしくない”じゃないか…  いくらこの約13年の間…行方が知れなかった兄が突然現れたからって  お前が目の前で起きた人攫いを見逃すなんて――」 「…じゃあ…」 「…?」 今まで黙ってスマホ画面を見つめていた仁が その表情を険しくしながら信の方を見つめる… 「じゃあ何でお前は警察に通報しない?」 「ッ、」 痛いところを突かれ… 信は言葉に詰まる… 「俺よりも…お前の方こそ通報するべきだろ?何故しない?」 「ッそれは――」 ―――出来るわけがない… 信は正面を向いたまま眉を顰め…ギリッ…と歯を食いしばる ―――今の葵の身分証は偽造だし…    更に俺は昇竜会の若頭で――その上葵を連れ去った事実上の誘拐犯で…    もしこの事が警察にバレたら…完全にアウトなこの俺が――    警察に通報なんて出来るワケ―― 「…出来ないよな。」 「ッ、」 突然の仁の声に信は現実へと引き戻される 「俺と同じで…」 「………」 仁の言葉に信はもう…何も言い返す事が出来ずに押し黙る 「…人にとって…それぞれ触れてほしくない事情がある…  お前にとってあの“弟”がそうであるように――  俺にとっては兄が正しくソレだ…  俺の言いたい事………わかるだろう?」 「………ああ。」 信はスッ…と鋭い視線を仁に向ける 「よくわかるよ…  お互いに――警察に触れてほしくない事情があるって事だけは…  だったら――警察を頼れない以上…お前には頑張ってもらわないとな。  葵を助け出す為にも…」 「ああ…だからここにいる。」 「フッ…ホントかぁ~?  お前がここに居んのは…おにーさんの為なんじゃねーの?」 「………」 「まあいっか。  ――そんな事よりホラ、ちゃんと道案内しろよ?“ひとくん”。」 「ッ……分かってる。」 そう言うと信は皮肉めいた笑みを浮かべながら視線を前に向け―― 仁はそんな信をチラリと見た後 再び画面上の青い点を目で追い始めた…

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