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抑え込んでいるもの。

仁side ―――そういえば… 病室で…俺は信の青白い寝顔を眺めながら ふと上着の内ポケットからスマホを取り出し、着信履歴を見てみると 案の定…不在着信が全て神崎さんのもので埋め尽くされていて… ―――こりゃメールやLIENの方も神崎さんので埋まっている事だろうな…    まあ…そりゃそうだろう…    俺が11時ごろパンを買いに行くと言って署を出たっきり――    もうかれこれ5時間以上神崎さんどころか    署にさえ連絡を入れていないのだから… 俺はそのままスマホで今の時間を確認すると 時刻はもうじき17時になろうとしていて… ―――流石にマズイな…一度神崎さんに連絡を取るか… 本当は信が目を覚ますまで信の傍から離れたくはなかったが―― 流石にそうも言ってられず…俺は小さく溜息をつきながらスマホから目を離すと 目の前で悲痛な面持ちで信の手を握りしめ… ひたすらに信の寝顔を見続けている“弟”に向け、渋々声をかけた。 「…すまない…少し席を外す。」 「ん…」 信から目を離す事無く弟はそう答えると多分無意識だろう… 弟は俺の見ている目の前で 握っている信の手の甲に軽く自分の唇を押し当て… 「のぼる…」と小さく呟きながら切な気な目で信の事を見つめており… 「ッ…」 それを見て…俺は胸の内側からせり上がってくる嫌な“何か”に蓋をし 舌打ちしたい気持ちを堪えながらその光景から目を逸らすと 神崎さんと連絡を取る為に仕方なく病室を後にする… ―――やはりアイツ… 俺は自分でも分かるくらい眉間に皺を寄せながら廊下を歩き… 浴室の近くまで来るとそこの壁に寄りかかりながら神崎さんに電話をかける。 ―――信の事が… 呼び出し音が静かな廊下に小さく響く中… 俺の脳裏に先ほどの光景が過り…俺は今度こそ苛立ち紛れの舌打ちをすると プツッと呼び出し音が途切れ―― 『ッ真壁お前…っ!今の今まで何してたっ!?  俺からの電話もメールも全部スルーしやがって…  俺がどれだけ――』 「…すみません。」 『ッ“すみません。”で済むと思って――、ッ、…まあいい…  お前の事だ。勝手に長時間連絡を絶っていたのには……  何か事情があった…そうなんだろ…?』 「………」 理解を示す神崎さんの言葉に俺は何も言えず… 俺が黙って俯いていると神崎さんは更に言葉を続ける。 『…これはあくまで聞いた話なんだが…今朝あるパン屋の近くで  少年が何者かに(さら)われたという通報が入り…  その後すぐに誤報だったとの連絡を受け――  結局その後有耶無耶(うやむや)になったらしい件があるそうなんだが…  ひょっとしてお前何か…』 「神崎さん……」 『ん?』 「この埋め合わせは必ずしますんで……今日の事は…」 信の弟は無事に助け出せたから良かったものの… 今日の出来事はどちらにしろ大事(おおごと)にはされたくなかった俺は これ以上神崎さんに追及されたくなくて言葉を(にご)す… そこに受話口から神崎さんの呆れたような溜息と共に 『しょうがないなぁ…』という呟き声が聞こえ―― 『………プレモル。』 「――は?」 『プレモル一週間俺に(おご)れ。それで手を打ってやる。』 「…神崎さん…」 『それよりお前――今からコッチに戻れそうか?  ダメそうなら…』 「…無理です。」 『…そうか…随分とハッキリと言うんだな。だったら――  今日お前が居なくなった事は俺が上手くフォローしといてやるから…  プレモルの件、忘れんなよ?じゃあな。』 神崎さんはそれだけ言うと通話を切り―― ―――ホント…あの人には頭が上がらないな…    明日プレモル以外にも別の何かを奢らないと… 俺は知らずに口元を綻ばせながらスマホをしまう。 ―――さて……そろそろ病室に戻るとするか…    信が目を覚ましていればいいんだが… 本音を言えば…信が目を覚まして… 最初に目にするのは自分であってほしいという願望もあったが―― 今はとりあえず信が無事に目を覚ませばそれだけで十分だと… そう思いながら俺は病室までの道を戻る… そこに開けっ放しの病室から話し声が聞こえ―― 「!」 ―――信…目を覚ましたのか…?! 俺は急いで病室に足を踏み入れようとした次の瞬間… 「もう黙れ。」 ―――なっ… 俺の目の前で突然…信が弟の顔を引き寄せ―― 二人の唇が重なり合う瞬間を目撃してしまい… ―――ッなんだ…これは…、    俺は今……一体何を見て……、 その光景に俺は混乱し… それと同時に今まで自分の中で必死に抑え込んできた“ドス黒い何か”が 渦を巻いて溢れ出そうになるのを震える拳を強く握りしめながら堪え… 俺は病室の前で茫然と立ち尽くす… そこに弟が強請る様に 「ッもう一回キス…っ、………して…」という呟きと共に 弟を見る信の目が…明らかに色を含んだものへと変わっていくのが見て取れ… ―――信……、ッ、お前まさか… 「っキスしてくんないと……俺…っ、またさわ――ふっ…ン…」 俺の目の前で… 再び二人の唇が重なる… 今度は湿り気を帯びた微かな水音を立てながら… 「…ッ、」 俺はそれに耐えきれず… 俺の中で渦巻くものを必死に抑え込みながら病室を後にした…

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