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雨。

「はっ…ぁ、」 チュプン……という微かなリップ音と共に信と葵の唇は離れ―― 頬を紅潮させた葵が甘える様に鼻先を信の首筋に擦り付けながら 信の両肩に両腕を回し…首にしなだれかかる様にして信の身体を抱きしめ―― 信も右腕を葵の背にそっと回し…葵の身体を抱き寄せる… 「のぼる…」 「ん……」 甘い空気が二人を包み込み… 互いの耳元や首筋をくすぐる相手の熱い吐息を感じながら 暫く互いの体温を確かめ合う… そこにコンコン…と控えめにドアを叩く音が聞こえ―― 「あー…そろそろいいかな?」 「ッ!?」 「あ…」 開けっ放しの病室のドアの横で… 久米が気まずそうに二人の事を見つめており… 「ごっ…ごめんなさいっ!」 葵は慌てて信から身体を離し 信はジットリとした目で久米の事を見つめる… 「…久米さん…」 「信…お取込みチューのところ悪いが――どうだい?怪我の具合は…」 「…刺されたところが少し引きつる様にチクチクするくらいで特には…」 「そうか…  ところで――真壁君は?」 「真壁…って――仁が此処にっ?!」 「…?そうだが?」 「っそうだがって……それ…マズイでしょう…だって此処って確か…」 「まあ…表沙汰に出来ないところなのは確かだな。」 「だったらなおの事マズイでしょう…アイツの職業は――」 「知ってる。」 「!じゃあ何で…っ、」 「なに…心配はいらんよ。  彼が此処の事を誰かに口外するような事は多分ないだろう…  …お前絡みなら特にな。」 「…?」 意味深な久米の物言いに信は首を傾げる 「それよりも信…ものは相談なんだが…」 「…なんです?」 「お前が入院してる間――  葵君をウチで預かろうと思っているんだが…どうだろう?」 「葵を?」 「え…俺…?」 唐突な久米からの申し出に 信も葵も困惑した様子で久米の事を見つめる 「ああ…バウンティハンターの件もある…  お前も――入院している間マンションに葵君を一人で残すのは不安だろ?」 「っそりゃあ――確かに不安ですけど…」 「だろ?葵君もどうだい?  一人でマンションに居るよりかは…ウチに来た方が安心するだろ?」 「うっ…、俺…、ッ…その…信が――いいっていうのなら…  一人…怖いし…」 「ほら…葵君もこう言ってる事だし…どうする?信…」 「…まあ…親父の家なら警備も厳重ですし…  俺も安心して葵を任せられますけど…本当にいいんですか?」 「ああ、構わないよ。…それじゃあ…決まりかな?  あとは――」 久米がホッとしたように微笑みながら 病室にかかっている時計にふと目をやると時刻は17時を過ぎていて―― 「…おや、もうこんな時間か…あまり長居すると最上(アイツ)が煩いし…  そろそろ我々はお(いとま)させてもらうとするかな?  では、葵君。」 「え!?…あ…でも…っ!きっ…今日は此処に泊まっちゃダメですか?  信…手術が終わったばかりで心細いだろうし…」 葵が不安で揺れる瞳で信を見つめながら点滴の刺さる信の手を握りしめ―― 信の方もそんな葵の瞳を見つめ返すと 困ったような笑みを浮かべながら名残惜しそうに緩くその手を握り返す… そんな別れを惜しむ恋人同士のような反応を見せる二人を前に 久米は「う~ん…」と首を捻りながらチラリと視線をドアに向け―― 「いや…俺は別に構わないんだが最上(アイツ)が――」 「駄目だ。」 「!?」 突然室内に響いた声に 信と葵が弾かれたように声のした方に視線を向ける するとドアの横に先ほどの白衣を着た男性が立っており… 「…ウチはホテルじゃないんだ。  原則として付き添いの宿泊は禁止にしている。すまないが…」 「ッ、そう……ですか…」 葵が信の手を握りしめたまましょんぼりと項垂れる… そこに久米が項垂れる葵の肩に手を置くと慰める様に話しかけた 「まあまあ…そんなガッカリしないで…  明日もまた見舞いに来ればいいんだし――  今日の所は大人しく俺と一緒に帰ろう。な?」 「………はい。  それじゃあ信……俺…」 「ああ…明日お前が来てくれるのを楽しみに待ってる。」 「…うん。」 そう言って葵は握っていた信の手をゆっくりと離すと 久米に背中を支えられ…何度もチラチラと信の方を気にしながら 葵は久米と二人で病室を後にする 「…随分と…彼に好かれているようだね。」 「ええ…まあ…」 最上が信の点滴の量を確認しながら、信の脈を計ろうと手首を握ったその時 「ん…?そういえば私――久米に処方箋(しょほうせん)を渡してない気が…、  すまないっ…ちょっと待っていてくれ!」 最上は慌てた様子で信にそう言うと病室を出て行き―― 後に残された信は小さな溜息をつきながら窓の外に視線を移す… すると丁度その時ぽつぽつと… 暗くなり始めた窓の外を雨が降り始めたのが見え… ―――雨…か… ベッドの背もたれに寄りかかり… 信がぼぉ~…っと外の様子を眺めていると 不意に肩を強く掴まれ―― 「ッ!?」 信が驚いて掴まれた肩の方を見てみると そこには端正な顔立ちを切な気に歪め… 揺れる瞳で信の事を見つめる仁の姿があった…

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