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諦めようとした…
「ッ…仁っ、何でお前がまだ此処に…」
予想外すぎる相手が今目の前に居る事に信は動揺を隠しきれず…
信は仁の顔を凝視する
「お前…親父たちと一緒に帰ったんじゃなかったのかよっ?!」
「…親父…?」
「あっ…いや……、ッ、それよりも何で…っ、」
動揺しすぎて思ったように言葉が出てこず
信は相手の顔を見つめたまま妙な呻き声を上げながら口ごもる…
そんな中…仁が信の肩を掴む手にグッ…と力を入れ…
思いつめたような表情で信の事を見つめ――
「…信。」
「ッ何だよ…」
「俺は――
橘 先生だったから…諦めようとした。」
「――は?何の話だよ…急に…」
仁の言っている言葉の意味が分からず…
信は仁を訝 し気に見つめ
仁が更にその顔を悲痛に歪めながら言葉を続ける
「ッ俺は……お前が惚れた相手が橘先生だったから…
だから諦めようとしたんだ…お前を…
お前を――好きだって気持ちを…」
「………」
仁のその言葉に…
信は一瞬驚いたように目を見開くが――
―――ああ…今ここで…
このタイミングでお前はソレを言うのか…俺に…
だが信はそれ以上の反応は示さず…
まるで全てが分かりきっていたかのように、ただ黙って仁の顔を見続ける…
「本当は…諦めたくはなかったが…
それでも俺には…諦める以外選択肢はなかったからな…」
仁の指先が…
痛いくらいに掴んでいる信の肩に食い込む…
「…だってそうだろう…?
俺はずっと見てきたんだから…
橘先生を想うお前の姿を…
お前への気持ちを抱えたまま
橘先生を想っているお前のすぐ傍で…、ッ、」
辛そうに顔を顰め…血反吐でも吐くかのように吐き出される仁の想いに…
信の表情も辛そうに歪む…
「ずっとずっと見てきた…
高校を卒業した後も…大学に進んだ後も…在学中に起業した後も…
そして…
橘先生が亡くなった後も…
…橘先生の事だけを想うお前の姿を
俺はずっとお前の隣で見てきた…
だから俺は…、ッ、諦めようとしていたんだ…お前を…
―――だが…!」
今まで思いつめる様に悲痛に歪んでいた仁の表情から
まるで迷いが消えたかのように一切の表情がスッ…消え…
代わりにその瞳に別の強い意志を宿しながら
何も言わず…
ただ黙って仁の事を見つめていた信の両肩を、仁が強く掴む
「俺はもう……お前を諦めるのを止める。」
仁が自身の顔をグッと信の顔に近づけ…
熱のこもった瞳で信を見つめるが
信は微動だにせず…
黙って仁の瞳を見つめ返す…
「…俺は…橘先生だからこそお前を諦めようとしたんだ。
なのに同じ男に…“弟”にお前を奪われそうになっているのを見て
黙ってお前を諦めきれるほど…俺はお人よしじゃない…ッ、」
更に仁の顔が信に近づき…
あと数センチで仁の唇が信の唇に触れようかといったところで
信がその口を開いた
「お前は――俺の気持ちを無視して…
そーゆー事をするヤツだったのか…?」
「…ッ、」
想像以上に冷たい…
何の感情も籠っていないような声でそう言われ――
仁の動きがピタッと止まる
「っ信…」
「キス?いいぜ、やれよ。
それでお前の気が済むんならな。ただ――」
信の瞳が…真っ直ぐに仁の瞳を捉える
「お前が俺の気持ち無視してそーゆー事すんのなら…
俺はもう…二度とお前とは口をきかない。」
聞いただけでは子供っぽい…
ふざけたような物言いだが――
仁にとってその言葉は致命的で…
「……ッ…それは――困るな。」
眉尻を下げ…
少し泣きそうになっている仁の顔が…ゆっくりと信から離れていく…
―――あ、コタロー…
そんな仁の顔に
信は昔実家で飼っていた黒柴の顔を思い出し…
「…お前今…コタローの事思い出したろ。」
「…なぜバレたし。」
「フッ…」と信と仁はお互いに噴き出し…
今まで張りつめていたあたりの空気は一気に緩む
「だってさぁ~…お前のその顔!
おあずけ食らった時のコタローそっくりなんだもんよ!」
「酷いな…」
「アハハハ!」と信は遂に笑いだすが
刺された脇腹が引きつる様に痛み出し…
「い”っ…つつ…っ、」
「ッ!おいっ…大丈夫か?」
「っだいじょーぶなワケあるか…刺されたんだぞ。
あ~…いってぇ~…クク…っ、」
信は刺された個所を押さえながら蹲 るも
それでも笑いは止められず…
ベッドの上で立てた膝におでこを乗せ
「クククっ、」と肩を震わせながら引き笑いを続ける…
そこに仁が遠慮がちに信に声をかけ――
「……信。」
「ん~…?」
「ハァー…笑ったぁ~…」と呟きながら
目じりに薄っすらと溜まった涙を親指で拭い…
信が仁の方に目を向けると
仁は真剣な眼差しで信の事を見つめており――
「…さっきも言った通り俺はもう…お前を諦めるのを止める。」
「………」
その言葉に信の表情から笑みが消え…
代わりに信も真剣な眼差しで仁の瞳を見つめ返す
「だから……覚悟しろよ?信。」
「ッ、仁……俺は――」
覚悟を決めた仁を前に…
信が躊躇 いがちに口を開きかけたその時
「!ちょっとキミ!何でまだここに居るんだい?!」
処方箋を久米に渡して戻ってきた最上 が
信の横で突っ立っている仁にパタパタと駆け寄ると
凄い勢いで仁の腕を掴み、ドアに向かって仁を引っ張り始める
「ウチの面会時間は17時までだ。さあ、もう帰ってくれ!」
「ちょっと待ってください…!俺はまだ…っ、」
「仁。」
「ッ!?」
狼狽え…帰る事を渋る仁に、信が背後から声をかけると
サイドテーブルに眼鏡と一緒に置かれた車の鍵を握りしめ
信はソレを仁に向かって投げて渡す
「コレ…」
「俺の車の鍵。ホラ…倉庫街近くのコンテナ脇に俺の車置いたままだろ?
ソレに乗って帰れよ。貸すから…
あ、倉庫街までは自力で何とかしろ。じゃあな。」
信はそれだけ言うとプイッと窓の外を向いてしまい…
「ほら!別れは済んだろ?帰った帰った。」
「ちょっ…」
仁はそのまま最上に押し出される形で部屋を追い出され
後に残った信は雷まで鳴りだした窓の外を見つめながら深い溜息をはいた
「ハァ~…」
―――仁のヤツ…俺にどーしろって言うんだよ…
「ハァァァ~~…」
信は立てた膝に顔を埋めると頭を抱えた…
※※※※※※※
久米の自宅に向かうリムジンの中で…
「あっ!」
「!」
突然の久米の声に葵が驚き、久米の方を見る
「ど…どうかしましたか…?」
「真壁君…
置いてきちゃった…」
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