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帰り道。
葵side
久米さんの家へと帰る車中にて…
俺は信とまた離れるのが嫌で――
面会時間が終わるギリギリまで粘って信と話をしていたんだけど…
信は俺当てのLINEを“真壁さん”って人に読まれた事が余程ショックだったのか
終始落ち込んだ様子で元気がなくて…
信があんまりにも落ち込んでいる様子だったから俺は信に
「ねぇ…どんな内容のLINE送ったの?」って聞いたら信は――
「“葵に逢いたい”って…ただそれけだよ。メールも似た内容。」って答えて…
「だったら別に見られても問題ないんじゃ…」って言ったら信は
「…内容が問題なんじゃないんだ…そりゃ読まれたのもショックだが…
それよりも意図しない相手に…ましてや葵を連れ去ったヤツに
“俺が葵の事を大事に思ってるって事がバレてしまった”事が問題…」
…と言って信はまた落ち込んじゃって…
でも俺の方はというと――
信に大事に思われてるっていう事実の方が、どうしようもなく嬉しくって…
落ち込んでいた信には悪いけど…
俺はもう……終始顔がニヤけそうになるのを押さえるので必死で…
―――大事はだいじでも…
もう“ただの大事”って意味じゃ――ないよね…?だって…
キスだってしたし…
「フフ…」
俺は昨日の信とのキスを思い出し…
指先で唇に触れながら堪え切れずに笑い声を漏らしてしまう。
そこに久米さんが俺の為につけてくれた運転手さんがルームミラー越しに
後部座席に座る俺に声をかけてきた。
「…随分と――嬉しそうですね…何か良い事ありました?」
「え?!ええ…まあ……フフッ、」
俺はやっぱり嬉しさが抑えきれなくて…
口元を押さえ、クツクツと引き笑いをしながらふと窓の外に目をやると
車は丁度赤信号で停まり、自分たちの乗る車の隣…
右折レーンに黒塗りの高級車が停まったのが見え――
「……―――――ッ!!!!」
―――っなんで…、
俺はその高級車の後部座席に座る人物の横顔を見た途端
今まで浸っていた幸せな気分は一瞬にして消し飛び…
上がりそうになった悲鳴を必死で堪えながら
外から自分の姿が見えないよう…慌てて前かがみに姿勢を低くすると
震えながら両手で口元を押え…どうか見つかりませんようにと祈りながら
息を押し殺す。
―――なんで“あの人”が此処に…?!
「…どうか――しましたか…?」
運転手さんが急に口元を押さえ…
その場で蹲 るようにしながら黙り込んでしまった俺を見て
きっと具合が悪くなったと思ったのだろう…
心配して声をかけてくれたのだが――
だけど今の俺はそれどころではなくって…
「……ッ、………ッ、」
俺はギュッと強く目を瞑 り…
一刻も早く車がその場から何事もなく動き出すことを願う…
暫くして信号が青へと変わり――
車がゆっくりと動き出したのを体感で感じた俺は恐る恐る目を開け…
頭を少しだけ上げて窓の外に目を向けてみる…
するとそこに先ほどの車は当然なく…
俺が窓越しに視線を後ろの方に向けると、先ほどの車が右折するのが見え――
―――見つからなかった…?ッ…追って――こない…?…、ッ、
「うっ…」
―――ッ良かった……本当に…、ッ、怖かった…っ、、
「うぅ……、ッ、」
「ッ!葵さんっ?!どうかなさいましたかっ!?」
緊張の糸が一気に解(ほど)け――それと同時に俺は泣き出してしまい…
突然泣き出してしまった俺を見て、運転手さんが狼狽え始める…
「何処か具合でも…?」
「ちがっ……グスッ、、…ちが…うの…っ、うぅぅ……、」
―――のぼる……のぼるどこ…?
こわいよのぼる……なんでそばにいないの…?
そばにいてよ……ねぇ…!
「っのぼる……ふっ…うぅっ、グスッ…信に…逢いたい…今すぐ…!、ッ、」
「えっ…今からですか?
しかし面会時間はとっくに――」
「お…ねがい…グスッ、のぼるに今すぐ逢いたいの……お願い…っ!」
久しぶりに“あの人”を見たせいで…完全に取り乱してしまった俺は
ついに車の中で「うわああああ…」と大声を上げ
子供の様に泣き出してしまい…
「葵さんっ?!わ…分かりました…今すぐ戻りますから落ち着いて…!」
それを見た運転手さんがもうどうしたらいいのか分からずに
狼狽えながら来た道を戻り始める。
「着きましたよ。葵さん…」
「信っ、」
俺はもう…車が停まると同時に居ても立っても居られず
後部座席から飛び出すと、10分程前に出たばかりの病院の玄関の中に駆け込み
その足で二階にある信の居る病室まで一気に駆け上がる。
「信っ!」
「ッ!?」
「葵…?」
病室に辿り着き…
俺は信の姿を確認するや否や息を切らせながら信に走り寄り――
「信っ!!」
「ッッ……」
「っオイ…ッ!」
俺は信のすぐ傍にいた最上 先生を無視し…
上体を起こしてベッドの背もたれに寄りかかりながら
突然再び現れた俺に、驚いた表情を浮かべる信に勢いよく抱きつき…
俺に抱きつかれ…信は一瞬小さく苦し気な呻き声を上げるけど
すぐに信の胸に顔を埋め…泣いている俺に気が付くと
信は優しく俺の頭を撫で始め…
「…どうした葵……ん?何があった…?
こんなに取り乱して…」
「っのぼる…、うぇっ…ぇっ…グスッ、、のぼる…っ!」
「ちょっとキミ!さっき帰ったハズじゃあ……
兎に角もう面会時間は終わっている。家に帰りなさい……さあっ!」
最上先生は苛立った様子で信にしがみつく俺の肩を強く掴むが――
「やだぁ…っ、グスッ、、ここに居るっ!信の傍に居させて…、ッ、
…お願い…っ!」
俺は信から離されまいと、ますます強く信にしがみつき…
まるで駄々をこねる子供の様に信に縋りつきながら泣きじゃくってしまう…
「グスッ、、ここがいいっ!…、ッ、ここに居るのっ!グスッ、、
おねがい……グスッ、今日だけ…、うぅっ、きょうだけだからぁっ!」
「………先生…」
「………」
余りにも尋常ではない様子で泣きじゃくる俺を見て…
信も俺の頭を撫でながら最上先生に訴えかけるような視線を投げかけ…
最上先生も小さく「仕方ない…」と呟くと、掴んでいた俺の肩を離し
「…今日だけだからな。
…当然だがいかがわしい行為は禁止。分かったな?」
「っ…ぁい…、グスッ、ありがと、ござぃます…ズズッ…」
「…よろしい。斎賀、返事は?」
「えっ…俺もっ?!」
「…当たり前だろう……いくら怪我人とはいえ――
お前が一番油断ならないからな。返事は?」
「……分かりました。いかがわしい行為は致しません。」
「よろしい。」
そう言うと最上先生は手際よく信の点滴を変え
抱きしめ合ってる俺達に向かい…改めて「絶対に変な事はするなよ。」と
念を押すかのように言い残すと部屋から出て行き…
後に残された俺は信に抱きついたまま信の胸元に耳を当て…
薄い患者衣の下からトクッ…トクッ…と脈打つ信の心音を聞きながら
目を閉じる…
―――のぼる……のぼるのおと…あったかい…
トクッ…トクッ…と…
信の心音と、俺の頭を優しく撫で続けてくれている信の手の感触に…
ようやく落ち着きを取り戻した俺は――
信からゆっくりと身体を離す。
「…落ち着いたか?」
「……うん……ごめんね?いきなり抱きついたりして…
痛かったでしょ…?」
「いや……それより何があった?大分取り乱し――違うな…
“怯えていた”ように見えたが――」
「ッ、」
信の言葉に…
俺はまた先ほど会った“あの人”の事を思い出し…不安に駆られるが――
―――流石は信だね……俺の事…ちゃんと見てくれてる。
けど…
「ッ…何でもないよ……
ちょっと信から離れるのが嫌だっただけ…」
―――言えない…
信を心配させたくないのもあるけど――
俺がまだ……“あの人”の事を信に言いたくない…っ、
「嘘つけ。離れたくないだけであんなに怯えるか。
お前ひょっとして――」
「信…」
「ん?」
「信から離れたくなかったのは本当……
これだけじゃ――ダメ…?」
「葵…」
「いつか……ちゃんと話すから……」
―――だからお願い…今はまだ……触れないで。
俺は祈るような気持ちで信の瞳を見つめる。
すると信は軽く息を吐き出し…
「………分かった。
“お前が話す気になるまで待つ”って約束したしな。
それまで…お前を信じて待つよ。」
「信…」
「ところで――今日は一緒に寝れるな。」
「ッ!…うんっ!」
俺はその事が嬉しくて
再び信に抱きついた…
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