91 / 137

退院予定。

信side 翌日の午後17時……葵は俺から離れるのを渋りながらも それでも葵の表情からは昨日見せていた怯えや動揺などは嘘のように消え… 「明日も絶対に来るから!」と妙にスッキリとした笑顔で俺に向け、そう言うと 葵はドアのところまで歩き… 最後にもう一度だけ俺の方をクルッと振り返り、小さく俺に手を振ると 名残惜しそうに病室を後にし―― ―――葵の奴……大分気が晴れたみたいだな…    それだけ“好き”の言葉の威力は絶大だったという事か…    まあそれで葵の不安が消えるのなら安いもんなんだが… 俺はさっきの葵に笑顔を思い出し、一人フッ…と微笑む… そこに最上先生が病室を訪れ 「…何一人で笑ってるんだ。気味が悪いぞ。」と呆れたように言いながら 無遠慮に俺の着ている患者衣をめくり上げると―― 手術創を保護しているフィルムドレッシングの上から 俺の手術創の状態を確認をし始め… 「……ふむ……これなら――明日にでも退院出来そうだな。」 「え…本当に?」 「ああ…いや……ここが一般の病院なら  やはりもう少し経過観察を兼ねて入院させておくべきなんだろうが――  此処は普通の病院ではない上に病床の数も少なく…  その上何時、お前のような怪我人が運ばれてくるかも分からんからな。  お前みたいに術後も容体が安定し、帰しても特に問題のなさそうな奴は  自宅療養を勧めてるんだ。10日分の抗生物質と鎮痛剤渡してな。  薬が切れた頃には丁度抜糸も出来るし…」 そう言いながらめくっていた俺の患者衣から手を離すと 最上先生はカルテに何やらツラツラと書き始める 「――ところで斎賀…」 「…?」 俺が乱れた患者衣を元に戻しながら最上先生を見上げると 先生はカルテに何かを書き続けながら言葉を続け 「あれからもう…5年くらい経つが――  どうだ?“胸の傷”の具合は……痛んだりとかは…」 “胸の傷”という言葉に… 患者衣の合わせ部分の紐を結んでいた俺は一瞬ピタッと動きを止めるが―― 「特に何ともありませんよ。最上先生のお陰です。」 「ッ、そうか…それは良かった……  それにしてもお前……あの時は本当にもう駄目かと――」 「先生。」 「!」 「“あの時”の事は…」 「ああすまない…、今回は“あの時”とは状況が違うのは知っているが――  それでもお前が余りにも自分の身を(かえり)みないもんだから  少々不安になってな。    また――“あの時”のように死に急いでいるんじゃないかと思って…」 「………」 「…まあ…兎に角だ。明日にでも退院出来そうだから――  さっきのあの子にでも早速教えてやったらどうだ?きっと泣いて喜ぶぞ。」 「ハハ…そうします…」 俺は乾いた笑みを浮かべ―― カルテを書き終えた最上先生が部屋を後にするのを見届けると 何故か憂鬱な気分でサイドテーブルに置かれたスマホに手を伸ばす… ―――死に急いでる……か―― 「ハァ…」と俺の口からは無意識に溜息が漏れ… 憂鬱な気分なまま手にしたスマホ画面から連絡先を開くと 表示された葵の名前を暫く黙って見つめる… ―――確かに“あの時”の俺はもう…    椿さんの事で生きる意味さえも失いかけ……荒れに荒れていたからな… どんなに金を積んで集まらない椿さんを殺したヤツの情報… どんなに探ってもまるで存在を消されたかのように出てこない 椿さんの“再婚相手”と“子供の行方”… 「…ッ、」 “あの時”感じていた焦燥感や無力感を思い出し… 俺は持っていたスマホを思わず強く握りしめる… ―――思うような情報が得られず…    時間だけが過ぎていく状況に気持ちばかりが焦り――        つい自暴自棄になっていた俺は親父が止めるのも聞かず…    ほぼ毎日のように夜の街を徘徊しては    敵対するヤクザやチンピラに喧嘩を売って歩く日々が続き…        そんなある日…    ヘマをした俺は昇竜会と敵対するヤクザ組織…曙組の連中に拉致られ――        もう駄目かと思っていた所に親父たちが助けに来るも    曙組の連中の一人が親父に銃を向けたのが見え…    俺は咄嗟に親父を庇いそして―― 「…………」 “あの時”の自分の馬鹿さ加減を思い出し… 俺は眉を顰めたまま葵へのボタンを押せずに ただ黙ってスマホの画面を見つめていると突然… ブブブブブ…ブブブブブ…と俺のスマホがバイブしだし… ―――ん…? 俺は改めて画面を見てみると… そこには今丁度電話をかけようとしたいた葵の名前が表示されており―― ―――!丁度いい。葵の奴…俺が明日退院するって言ったらきっと喜ぶぞ~… 俺は葵の喜ぶ顔を思い描きながら何の疑いもなく通話ボタンを押した ピッ、 「もしもし葵…?」 『よお…信…』 「あ…」 ―――そうだった…! 受話口から聞こえてきた、葵とは似ても似つかないその低い声に… 今まで過去に(さかのぼ)っていた俺の思考は一気に現実へと引き戻される 『元気してたか?』 ―――葵のスマホは今――    誠さんが持っているんだった…っ!

ともだちにシェアしよう!