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葵として…

「のぼる…」 「!葵…?随分と遅かった……な…?」 時刻は既に13時を過ぎ… 信がなかなか姿を現さない葵にやきもきしながら待っていると 部屋の入り口から葵の声が聞こえ… 信が声のした方へと顔を向けると 顔半分だけを壁から覗かせ――信の様子を伺うように見つめる葵の姿があり… 「………何やってんだお前…」 信はそんな葵の様子に思わず呆れた声を上げる… すると葵はそのままの状態でモジモジとしながら口を開き 「その……信の服を選んでたらちょっと時間がかかっちゃって…」 「そうか……それは別に構わないんだが――  なんで部屋に入ってこない?」 顔半分だけを覗かせ… 今だ部屋に入ってくる気配のない葵に 信は不審そうに眉を顰めながらそう尋ねると 葵が伏し目がちにモジモジとした様子で言葉を発し―― 「ッ…そのっ、、今日は二人っきりでディナーでしょ…?だから――  ちょっとだけ――イメージを変えていようかなって思って…」 そこでようやく紙袋を手に、壁からおずおずと部屋の入り口に姿を現した葵に 信は目を見開いて言葉を失った… ―――あ…… 見れば葵も家で着替えてきたのか―― 上は薄い水色のロングチェスターコートに その下にはゆったりとした白のタートルネックのケーブル編みセーターを着こみ… 下はストレッチデニムパンツ… ここまでは別に普通なのだが―― 信が注目したのがその髪型で… 普段()った事のない肩までの後ろの髪を一纏(ひとまと)めに結い上げ… どこか大人びた雰囲気を(まと)いながら 照れたように軽く長い前髪を耳にかける仕草をする葵の姿に 信は妙な既視感を覚え… 「ッ、」 ―――椿さ…、 「…?信…?」 「!あっ……いやその――、ッ、髪……結んだのか…?」 「っうん……変……かな…」 「ッ、そんな事はない……凄く――  綺麗だ…」 葵の顔をマジマジと見つめながらそう呟く信に 葵はほんのりと頬を紅く染める… 「そっ……そう…?  俺――綺麗は言われてもあんまり嬉しい言葉じゃなかったけど…  信がそう言ってくれるなら……凄く…嬉しい…」 葵は片手で耳にかけた前髪を押さえながら恥ずかしそうに俯き… その仕草がまた…信に今は亡き恩師の姿を思い起こさせ―― ―――何故だ……    なんで俺は葵を見ていると――こうも椿さんの事を思い出す…? 葵を見つめる信の瞳は切な気に揺れ―― 信は知らずに下唇をキュッと噛みしめる… ―――確か……葵と初めて会った時もそうだった…    葵に椿さんの面影を見て…    俺は―― 「信…?」 「ッ!?」 自分の顔を見たまま黙り込んでしまった信に不安を覚え… 葵が恐る恐る信に声をかける… すると信は弾かれたように顔を上げ―― 「ッ…悪い。葵があんまりにも綺麗だったもんだから――  つい見惚れちゃって…」 「ッ、もうっ……そーゆーのはいいよ!  それよりもハイ、コレ――」 葵はツカツカと信の方へと歩み寄り 手に持っていた紙袋をズイッと信に差し出す 「コレは…」 「頼まれてた着替え。どれにしたらいいのか分かんなかったから  とりあえずスーツ入れといた。」 「ありがとう。ところで葵…」 「なに?」 信はサイドテーブルにあらかじめ用意しておいた ブラックカードと請求書を手に取ると、ソレを葵に手渡す 「俺が着替えている間――  ソレを持って最上先生の所に行っててくれないか?  俺も着替えたらすぐに向かうから…」 「分かった。――あ、それと信。」 「ん?」 紙袋の中に視線を移していた信が顔を上げると すぐ目の前にまで葵の顔が迫ってて―― チュ… 「………」 「………」 「……退院おめでとう…」 「……ああ…」 葵はゆっくりと信の唇から自身の唇を離すと数歩後ずさり… はにかんだ笑みを浮かべながらその口を開いた 「…それじゃあ……行ってくるね。」 「ああ…」 葵はクルッと信に背を向け――軽い足取りで病室を後にし… 信はそんな葵の後ろ姿を見送ると 複雑な表情浮かべながら俯いた… ―――俺は――葵の事を…    ちゃんと“葵”として見ているのか…?

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