96 / 137

水族館デート1

「最上先生…お世話になりました。」 「ああ…もうくんなよ。」 「ハハ…それは――どーでしょう…」 諸々の手続きや会計を済ませ―― 信と葵は最上に挨拶を済ませると屋敷を後にし… 玄関先で停まっていた、葵の為にと久米がつけた運転手付きの車に乗り込むと 信は手首にはめていた高級腕時計を眺めながらおもむろに口を開いた 「…予約しているディナーの時間まで……まだ全然余裕があるから――  このまま水族館デートと洒落込むか。」 「水族館っ?!」 その言葉を聞いた途端… 葵は目を輝かせながら信の方をバッと振り向き―― 想像以上の葵の食いつきの良さに信がたじろぐ 「あ…ああ……この近くに――海と隣接した水族館があるらしいんだが――  なんだ葵…水族館になんか思い入れでもあるのか?」 「ッ…そーゆーワケじゃないんだけど……  俺――水族館って小さい頃に一度だけ…  両親に連れて行ってもらったっきり行った事がなくてさ…」 「……そうか……」 「だから今から行くのがすっごい楽しみ!」 ニコッ!と… 葵はそれはそれは見ているこっちが嬉しくなるような眩しい笑顔を信にみせ… それにつられて信の顔も自ずと綻ぶ 「…だったらぜひ行かないとな。  しかもここの水族館…15時にイルカショーがあるらしいし…」 そういうと信はスマホを操作して 今から行こうとしている水族館のホームページを葵に見せる するとそこにはイルカショーをやっている日時が画面上部に表示され それと同時にイルカが高々と水面を飛び跳ねたり 定番の輪くぐりなんかをしている映像が流れてて―― 「うわぁ……、ッ!ちょっと待って今何時っ?!」 「ん…今か?今は――もうすぐで14時になるな。」 「ッだったら急がないとっ!始まっちゃうっ!!」 「いやいやいや……ここからこの水族館までは30分もかからないだろうし…  第一そんな焦んなくてもイルカショーは逃げたりしねーよ。」 「ッ…けど…っ、」 「それに――まあ…あり得ない話だが、もし見逃すことがあったとしても…  また一緒に見にくればいいじゃねーか…  これから先――  いくらでも二人で見に来られる機会はあるんだから…」 「ッ!ホント…?」 「ああ。何だったらまた休みの日にでも来ればいいし…  だからそんなに慌てんなって……な?」 「………うん…」 「よし、いい子だ。  ――それじゃあ運転手さん。鴨柳(かもやなぎ)シーワールドまで…」 「…分かりました。」 今まで二人のやり取りを黙って聞いていた運転手は 少しだけ柔らかい笑みを浮かべながらカーナビに目的地を設定すると そのまま静かに車を発進させた… ※※※※※※※ 信たちを乗せた車は 予定通り14時半になる前に鴨柳シーワールドに到着すると ゆっくりとシーワールドのゲート手前で停車し―― 信が運転手に「帰りは適当にタクシー捕まえるんで… 運転手さんはもう帰ってもいいよ。久米さんによろしく。」と伝えると 運転手は「分かりました」とだけ言い 信たちが車から降りると窓越しに一礼したあとそのまま去っていき―― 「信、信!ここで写真一枚撮ろ!」 葵は大はしゃぎでゲート手前に飾られている二頭のイルカのオブジェに駆け寄ると 信に向かって手招きしながら写真を強請(ねだ)る 「フッ…分かった分かった。」 信はそんな葵の姿に笑みを浮かべ… 手にしたスマホを葵に向けると―― 画面の中で子供っぽくイルカの横でピースサインをする葵をみながら声をかけた 「よし、それじゃ撮るぞ~……ハイ、チーズ!」 カシャッ!と味気ないシャッター音が鳴り 画面の中には満面の笑みでピースサインをする葵の姿が映し出される 「撮れた?」 「ああ…」 ウキウキとした様子で葵が信に駆け寄り 信が先ほど撮った写真を葵に見せる… すると葵は「よく撮れてる。」と喜びはしたものの―― その表情は次第に暗くなっていき… 「でも――どうせなら信と一緒に写真が撮りたいな…」 一人で写っている自分の写真を見ながらポツリと寂しげに呟く葵に 不意に信が葵の肩をグイッと抱き寄せ… スマホを持つ手をグッ…と伸ばす 「じゃあ……これならどうだ?」 「え…?」 信が自分の顔を葵の顔に寄せ… お互いの頬がピト…っと触れた瞬間 「笑って。」 「ッ、」 信の声で葵が咄嗟にぎこちない笑みを浮かべ――信と一緒にスマホの方を見ると 再度カシャッ!というシャッター音が辺りに小さく響き―― 「ん~~…イルカがちょ~っと見切れちゃっているが――  自撮りで撮ったにしちゃあ上等だろ……ホラ、葵。」 「ん…?」 信が葵の肩を抱いたまま、葵にスマホの画面を見せ 二人は顔を近づけながら画面に視線を移す… するとそこにはぎこちないながらも まるで恋人同士みたいに微笑みながら画面に写る葵と信の姿と―― 肝心の頭が見切れている無残なイルカの姿があり… 「プッ……信ヘタクソ。」 「いいだろ~?別に……  それよりもほら、中に入るぞ。」 「!…うんっ!」 そういうと二人は手を繋ぎ―― ゲートに向かって歩き出した…

ともだちにシェアしよう!