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水族館デート6

何とも言えない空気が漂う中… 居た堪れない気分を紛らわす為にふと信がステージに目を向けると ステージ上では先ほど選ばれた女の子の母親を含む四人が 飼育員から何やらバケツを手渡されている真っ最中で―― 『え~…それではこれより――選ばれたコチラの三人の方には――  イルカちゃんたちに餌をあげてもらおうと思いま~す!  イルカちゃんたちもね、もうお腹ペコペコで餌を待ってると思うんで…  飼育員さんの指示に従って早速あげてみて下さい。』 女性スタッフがそう言うとステージのすぐ手前にあるプールの水面から 三頭のイルカがヒョコっと顔を覗かせ―― 餌を強請(ねだ)るようにキュイキュイと鳴きながら口を開く 『では最初に――そちらの女の子からイルカさんに餌をあげてみようかなぁ~?』 女性スタッフに(うなが)され… 最初に選ばれた女の子が母親と一緒にプールに近づくが―― 女の子はイルカが怖いのか母親の後ろに隠れると 母親の服にしがみつきながら泣きそうな顔でイヤイヤと頭を振って嫌がり… 『…おやおや…お嬢ちゃんはイルカさんが怖いのかな~?  大丈夫だよ~!イルカさんは怖くないよ~?』 「………」 女の子のその様子に女性スタッフがかがみながら女の子に視線を合わせ… 困ったような笑みを浮かべながら女の子に話しかけるが―― 女の子はますます母親の後ろに隠れて首を横に振るばかりで… 『あらら残念……え~…女の子が怖がっているようなので――  それじゃあ…代わりにお母さん!  イルカちゃんに餌をあげてみてもらってもいいですか?』 スタッフがそう言うと母親も苦笑を浮かべながら自分の足にしがみつく女の子に 「ホントにイイの?」と尋ねる素振りを見せると―― 女の子は母親にしがみついたままうんうんと頷き… 母親は先ほど飼育員から手渡されたバケツの中から イワシと思われる小魚を一匹取り出すと、飼育員の指示にもと… 口を開けて待っているイルカの口の中に 軽く反動をつけてポイッと小魚を投げ入れる… するとイルカは立ち泳ぎをしたまま少し後ろに下がりながら その投げ込まれた小魚を見事口でキャッチし―― 『お見事!いや~お母さん!なかなかのコントロールですねぇ~…  イルカちゃんもホラ!喜んでますよ!』 スタッフがそう言うとイルカは立ち泳ぎをしたまま身体を前後に振り 母娘(おやこ)に向かって嬉しそうにキュイキュイと鳴いてみせ―― ソレを見て女の子が母親と一緒に少しだけ微笑をみせる 『お。女の子の機嫌が直ったようですね!良かった良かった!  え~…では次にご婦人。イルカちゃんに餌をあげてもらってもいいですか?』 スタッフのその言葉に、年配で品の良さそうな女性は笑顔で頷くと… プールへと近づきながら何の躊躇いもなくバケツの中身を漁り始めた次の瞬間 女性はバケツの中から一匹のイワシを鷲掴むと 「ソ~レ獲ってこ~~い!」と言わんばかりに そのイワシを笑顔で遠くの方へとぶん投げ―― 「!?」 『!?』 「!?!?」 女性スタッフと飼育員…そして観客席に座る客一同は 上品な女性の思いがけない行動に声もなく固まり―― ステージ手前で… 何時もの手筈通りに餌が自分の方へと飛んでくると思っていたイルカの方も―― まさかその餌が不意打ちで自分の頭上を通り越していくとは思いもしなかったのか 一瞬「え?」って言ってそうな顔して固まっていたが―― しかしそこはプロイルカ イルカはすぐさま水の中でその身を反転させ―― 素早い泳ぎで空を飛んでくイワシに追いつくと… バシャンッ!と水面を跳ね…空中でイワシをキャッチし―― その光景に一瞬呆気に取られて静まり返っていた観客席からは 一斉に拍手が沸き起こる 『す……凄いですねご婦人!  あんな見事なイワシの投球――私、初めて見ました!  ほ…ホラっ!イルカちゃんも喜んでいるみたいですよ!』 スタッフがそう言うと いつの間にかステージの手前に戻って来た先ほどのイルカが 水中で立ち泳ぎをしながらクルクルと三回ほど婦人の前で回ってみせ… 『…ハイ!では最後に――そちらの美少年!  イルカちゃんに餌をあげてもらえるかな?』 ―――おっと…遂にか。 信がステージ上の葵にスマホを向け、その姿をズームアップしていき―― ステージ中央の大型スクリーンにもバケツのとってを両手で持ち 恐る恐るイルカに近づいていく葵の姿が映し出される… すると会場が再びザワつき始め―― 「…ホントあの子綺麗よね……」 「目の保養だわ~」 「お前より美人だな。」 「…そうね。でもアンタは私の事が好きなんでしょ?」 「ッ…そうだよっ!  ――まったく…ホント俺――何でお前みたいな腐女子なんかを…ブツブツ…」 「フフ…」 ―――惚気(のろけ)てんじゃねーぞバカップル。 信はさっきまで自分たちをネタに盛り上がっていた 後ろのカップルの女性に呆れながらも、イルカに近づく葵の姿を動画で撮り… 葵があと一歩のところまでイルカに近づくと イルカは嬉しそうにその身体を揺らしてキュイキュイと愛らしく鳴き―― ソレを見て今まで不安そうだった葵の表情がフッ…と和らぐ… 『…それでは準備はいいかな~?“優しく”餌をあげてみよーね~?』 ―――暗にさっきのご婦人のように餌をぶん投げんなよと… スタッフの言葉の意味を汲み取り―― 葵は可笑しくてクスリと苦笑しながら持っていてバケツからイワシを一匹取り出すと 「いくよ?」と小さく呟きながらそのイワシをイルカに向かって投げ… イルカはそれを水面から体半分飛び出す形で口でキャッチすると 葵は無邪気に喜び… そのまま信の座っている客席の方を振り向くと―― 葵は嬉しそうに微笑みながら信に向け…小さく手を振ってみせる ―――葵のヤツ……ホント可愛いな… 信の表情は緩み… 葵の姿を動画で撮りながら信は思わず画面越しに手を振り返そうとするが―― 周りからの(主に女性陣)からの凄い熱視線を感じ… すんでのところで思いとどまる… 『ハイ!大変上手に出来ました~!イルカちゃんも喜んで……おやぁ~?  イルカちゃんが少年に何やら特別なお礼がしたいようですよ~?』 「え…?」 女性スタッフが実にわざとらしい口調でそう言うと ステージ袖から別のスタッフが葵へと駆け寄り… 「え……え……え…?」 あれよあれよという間に 葵はそのスタッフによって青色のポンチョレインコートを着せられ―― 『それでは少しの間だけ――そこでかがんだ状態で立っていてもらえれるかな~?』 「???」 訳も分からず葵はプールのすぐそばで横向きにかがんだ状態で立たされると スタッフが葵に「すぐ済みますから…」と呟いたあと離れていき… 『――では!イルカちゃんより少年にお礼のキスです!どうぞ!』 「ええッ!?キスってどういう――」 突然の事で慌てふためく反応をする葵を余所に プールから一頭のイルカが葵めがけ… 水面から尾ひれが出るか出ないかのところまで飛び出すと―― チュッ… 「あ…」 イルカの口先が優しく葵の頬に触れ… 驚いた葵がイルカの触れた頬を触りながらプールの方に振り向くと そこにはまるで悪戯が成功したのを喜んでいるかのように イルカたちがキュイキュイと鳴きながら 胸ビレで水面をバチャバチャと叩いていて―― ソレを見て葵は満面の笑みを浮かべながら イルカに向け小さく「ありがとう…」と呟くと 観客席からは拍手が送られ… 信もイルカを見つめながら無邪気に微笑む葵の姿に満足そうな笑みを浮かべると 刺された左わき腹にそっと触れながら 今この瞬間の幸せを噛みしめた… ―――今まで死ぬのなんて何ともないと思っていたが…    葵のあんな幸せそうな顔を見ていたら――    今を生きるのも悪くないな。なんて……    生意気にもそう思えてきましたよ…        椿さん…

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