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貴方にバラの花束を。

時刻は17時半を過ぎ… 二人が売店で買い物を終えた後 大きさが100cm以上もあると思われるシャチのぬいぐるみを抱えながら 館内を歩き回るのは流石に気が引けた信は 宅急便で買ったものを自宅に届けてもらう為にサービスカウンターを訪れ… のぼるくんを手放すのを渋る葵を説得して のぼるくんをサービスカウンターに預けると 二人は最後に巨大水槽の中を悠々と泳ぐジンベエザメを眺めた後 水族館を後にする 「…イルカショー…楽しかったね。」 「ああ…」 「…また来ようね。」 「ああ…そうだな…必ずまた来よう。」 「フフ…」 信の言葉に葵は笑みを浮かべ―― 隣を歩く信の手をそっと握ると 信も葵の手をギュッと握り返し… 二人は手を繋いだまま水族館のゲートを出ると あらかじめ信が呼んでおいたタクシーに二人は乗り込む 「…海岸線沿いにあるフレンチの店“ラメールデトワール”まで。」 「かしこまりました。」 信が行き先を告げると、二人を乗せたタクシーはその場から静かに動き出た… ※※※※※※※ 二人を乗せたタクシーが10分ほど走り… 交差点を左折したところでタクシーが海岸線を走る国道へと出ると 信の隣に座っていた葵が もうほとんど太陽が水平線に沈みかけている海を見つめながらポツリと呟いた 「…海だ…」 イルカショーの時にも、水族館が海に面していたために海は見えていたが―― 明るい時に見る海とは違い 海が太陽を飲み込みながら徐々に辺りを闇へと染めていくその様が 葵を不安にさせたのか… 信の手を握っている葵の手にグッ…と力がこもる… 「…どうかしたか?」 「ん~ん……何でもない。」 「…そうか。」 「…ねぇ信…」 「…ん?」 「…俺――これから先もずっと……信の傍にいても良いんだよね…?」 「フッ…当たり前だろ~?急にどうしたんだよ…そんな事聞いたりして…」 「ん………ちょっとね…」 「…?変なヤツ。」 「…お客さん。もうじき着きますよ?」 「あ、それじゃあ店の前で降ろしてください。」 「分かりました。」 信たちを乗せたタクシーは海沿いに建つ 一軒の洒落た外観のレストランの前でゆっくりと停車すると 会計を済ませた信と葵がタクシーから降り立ち… 二人はレストランに向かって歩き出すが―― 「…?」 ―――おかしい… 辺りが薄暗くなり始めている中… 信は決して広くないレストランの駐車場の方を見つめながら―― ちょっとした違和感を覚える… ―――義人の店は一号店も二号店もそれなりに人気の店のはず…    なのに何で今日は客専用の駐車場に車が一台しか停まって――    ん…?ちょっと待て… 「…?信…?」 信は不意に足を止め―― その停まっている車を凝視する… ―――あの車――    ひょっとして俺が仁に貸したハズのマセラティじゃ… 「…どうかした?」 「えっ!?――あ……いやぁ~…今日はやけに空いてるなと…」 「ハハ…」と…信は内心の焦りを誤魔化すかの様に乾いた笑みを浮かべ―― 怪訝そうに自分の事を見やる葵の腰にそっと手を添えると… 再び葵と一緒に歩き始める ―――まさかな…    第一俺が今日この店を訪れる事を…アイツが知る(よし)が―― 信が不審に思いながらもレストランのドアノブに手をかけ… カチャ…とドアを開けた瞬間 パンッ!パンッ!パパンッ!パンッ! 「ッ!?」 「わっ、」 店内から信に向け―― 突然何かが弾ける様な音と共に紙吹雪が舞い散り… 信は咄嗟に葵を自分の後ろに庇う様にしながら前に立つと 店内の光景に唖然としながら口を開いた 「ッコレは――」 そこにはクラッカーを持った義人と数人の従業員達が 信たちを出迎えるようにして満面の笑みで並んで立っていて―― 「サプラ~~イズ!」 「っ義人…っ!…コレは一体…」 「驚いたか?お前への退院祝いだよっ!」 義人は両手を大きく広げ――そのまま信をガシッ!と力強くハグすると 信の背中をバシバシと叩きながら信の耳元で小さく囁いた 「まったく…何で刺されて入院していた事を俺に言わねーんだよっ!  仁からその事聞かされた時は心臓が止まるかと思ったじゃねーかっ!」 「!ちょ…ちょっと待て義人……仁から聞いたって――」 「…信。」 「ッ!?」 聞こえてきた声に信がハッとして顔を上げると 並んで立つ従業員の後ろから―― 頭一つ分背の高い仁がフォーマルスーツに身を包み… 恐らく20本前後くらいあると思われる赤いバラの花束を持って姿を現し… ―――げっ… 「…退院おめでとう。信…」 仁はゆっくりと信に近づくと―― 普段の鉄面皮が嘘のような誰もが見惚れる笑みを浮かべながら 手に持っていたバラの花束を信にスッと差し出す… 「お……おう……ありが、とう…」 ―――何でお前が此処にいんだよ…っ、    てか何でお前が今日俺が退院するのを知って…… 告白されて以降…会う事のなかった仁の出現に信は激しく動揺し―― その表情を引きつらせながら信は仁からバラの花束を受け取る… しかし… 「………」 「ッ……」 ―――き……気まずい… 真っ直ぐに自分に向けられる仁の視線に耐え兼ね… 信は全身をゼンマイ仕掛けのオモチャのように強張らせながら 仁から視線を逸らす… そこに義人が悪びれる様子もなく…仁の方を見ながら口を開き―― 「いやぁ~…実は昨日――お前がウチに予約の電話を入れたあと  偶然仁から連絡があってさぁ~…  そんでコイツからお前が入院したって話を聞いて…  ――で、その後話の流れでお前が今日ウチにディナーの予約を入れたことを  コイツに話したらコイツが――この堅物の口から  『…退院祝いに――サプライズで信を驚かそう…』って話が出てさぁ…」 いつの間にか仁の隣に立った義人は仁の肩を組み… ニッと悪戯っぽい笑みを信に向けながら話を続ける 「そいつぁ面白そうだなって話になって――  んで!今日のドッキリを慣行したってワケ!どーだ驚いたかっ!  あ。ちなみに今日店は貸し切りで――俺と仁の奢りだから…  お代の方は気にしなくていいぞ!」 「ただし俺達もお前達のディナーに混ぜてもらうがな!」と言いながら バチッ!と義人は信にウィンクをかまし―― 信はバラの花束を抱えたまま乾いた笑いを浮かべる… そこに今まで信の後ろに隠れていた葵がクイクイと信の服を引っ張り―― 「…のぼる…」 「っ葵……どうした?」 「うん、あのね…?その花束――貸して…?」 「え…花束を…?」 「………」 葵の言葉に仁の眉がピクッと跳ねる 「…ダメ…?」 「…別に構わないが――なんだ葵…バラの花束が気に入ったのか?」 「綺麗だもんな。」と信が笑顔で付け加えながら葵にバラの花束を渡す… すると葵がチラリと仁を一瞥したあと ゾッとするほど綺麗な笑みを浮かべながら口を開いた… 「…ねぇ…信……」 「ん…?」 「この“ゴミ”――捨てていい…?」

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