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再び火花散る。
「この“ゴミ”――捨てていい?」
バラの花束を抱え――
信に向けてにっこりと微笑む葵のその姿に…
義人とその場に居た従業員全員の口からは「ほぅ…」という感嘆の溜息が漏れ
皆一様にウットリとした様子で葵の姿に見惚れるが――
―――…ゴミって……バラの花束の事か…?
いや、それよりも葵のヤツ――なんか怒ってる…?
しかし信はそんな葵の笑顔に得体のしれない威圧感を感じ…
若干引き気味に苦笑を浮かべながらその口を開いた
「あ…葵…?いくら何でもさっき受け取ったばかりの退院祝いの花束を
捨てるのはちょっと――」
「………」
信にそう言われ――
葵は少しムッとした様子で手に持ったバラの花束をジィ~…っと見つめる
―――…確かに……いくら気に入らない人からのプレゼントとはいえ――
このバラの花束に罪はないよね…
葵は目を瞑 り…やがて小さく「フゥ…」と息を吐くと
先ほどよりかは柔らかい笑みを浮かべながら
そっとそのバラの花束を信に差し出した…
「…そうだよね……花を捨てるなんて――可哀そうだよね…
ゴメン、信……変な事言って…」
「いや…分かってもらえればそれで…」
葵のその様子に…信はバラの花束を受け取りながらホッと胸を撫でおろす
しかし――
「…でも――折角信との二人っきりのディナーを楽しみにしてたのに…
“誰かさん”のせいで台無しになちゃったのは――
とっても残念だな~…って…」
そう言いながら葵はジットリとした眼差しを仁に向ける…
すると仁も冷ややかな視線を葵に向け――
「…俺のせいだとでも言いたげだな。」
「アレ…そういう風に聞こえちゃった?だったらごめんね?“ひとくん”。」
―――実際そーじゃん…バーカバーカ。
葵が仁を見つめながらフッ…と皮肉めいた笑みを浮かべると
仁の方もクッ…と微かに口角を上げた薄い笑みを浮かべ…
二人の間には不穏な空気が流れ始める…
「…心外だな。俺はただ…信の退院を祝いたかっただけなんだが――
だがまあ…結果的にお前たちのディナーを邪魔してしまった事については謝る。
すまない。信…」
「えッ……俺にかよ!?そこは葵に謝る流れだったんじゃ――」
「いいよ信……俺――気にしてないから…」
「葵…」
葵は信の手をそっと両手で握りしめると
信に向け儚げに微笑みながら話を続ける
「…例えひとくんが今日俺と信がこの店でディナーをする事を知って――
退院祝いと託 け…俺と信のディナーを邪魔する為に
今回のドッキリを企 てたんだとしても…
本当に全然まったくもって俺は気にしてないから――
だから気にしないで?…ね?」
葵はニッコリと信に微笑みかけながら
チラリと仁の方へと視線を移すと――
スッ…とその瞳を細め…
仁に挑発的な笑みを向ける
―――コイツ…
ソレを見て…仁の眉間に一瞬苦々し気な皺が寄るが――
すぐにその表情をまた何時もの鉄面皮へと戻すと
静かにその口を開いた
「…“託けた”とか“企てた”だとか…
言葉に多少の語弊 があるようたが――まあいい…
ところで“信の弟”。」
「…なぁ~に?“ひとくん”。」
葵は挑発的な笑みを浮かべたまま仁の方を振り向き…
仁の方も変わらず鋭い視線を葵に向けながら話を続ける
「前から気になっていたんだが――
その“ひとくん”という呼び方……そろそろ止めてもらおうか。」
「え~…どーして~?“ひとくん”。」
周りの空気を無視し…
互いに険悪な空気を纏いながら睨みあいを続ける二人に…
信と義人は半ば茫然とした様子で二人を見つめる
「…なぁ信……」
「…ん?」
義人がスス…っと信の隣にまで来ると、こっそりと信に耳打ちをする
「なんかあの二人――ヤバくないか?」
「………」
「…特に仁のヤツ……俺は高校の頃からヤツを知ってるが――
アイツがお前以外にあそこまで感情剥き出しなってんの見るの
俺は初めてだぞ…」
「………」
第三者から見れば…
仁の表情は相変わらず無表情で何考えているのか分からないのだが――
信は勿論…高校からの付き合いがある義人にも
今の仁が“珍しく感情を露わ”にしていることが分かり…
義人はこの事に驚く
「…あの子と仁の間に……一体何があったっていうんだよ…
なぁ信…お前――何か知ってるか?」
「……知ってるっていうか――」
『俺はもう……お前を諦めるのを止める。』
「………」
信の脳裏に…病院での仁とのやり取りが過り――
―――…十中八九……仁が葵に突っかかってる原因は俺だろうな…
「ハァ~…」と信は本日何度目かも分からない深い溜息を吐き出すと
未だに睨みあいを続ける葵と仁に目をやる
―――まったく……仁のヤツ…
自分に正直になるのは大いに結構なんだが――
何もこんな形で正直にならんでも…
相手はお前より10以上も年下の男の子やぞ…
何張り合ってんだか…
「ハァァ~~……」
「信…?」
「…スマン。ちょっとあの二人止めてくる。」
―――当事者として。
「おう、そーしてくれ。コッチもそろそろ料理の準備させとくから。」
そう言うと義人は近くのスタッフに指示を出し始め
信は未だに睨みあいを続ける葵と仁の元へとバラの花束片手に近づいていく…
「お前に“ひとくん”なんて呼ばれる筋合いはない。」
「え~…“ひとくん”は狭量だなぁ~…
別にいいじゃん。“ひとくん”って呼んでも…その方が可愛いし。」
「……お前は俺に――可愛さを求めているのか?」
「……気持ちの悪い事言わないでもらえる?」
「…こーら!何時までやってる気だ?」
パサッ!パサッ!
「いたっ、」
「ッ…、」
信は手に持っていたバラの花束で二人の頭を軽く叩くと
二人は恨めしそうに信の方を振り向いた
「信……でもひとくんが――」
「…その辺にしとけ葵。仁もだ。」
「っ…しかし――」
「…二人は今日……俺の退院を祝ってくれるんじゃなかったのか?」
「うっ…」
「それは…、」
信にそんな事を言われたら…
二人はもう…黙るしかなくて――
「分かったらホラ、
もうすぐ料理が運ばれてくるみたいだから…二人とも席に着くぞ。」
「………」
「…は~い…」
二人は渋々頷くと
信に続いて席へと向かった…
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