106 / 137

桃のジュース。

海に飲み込まれた太陽の代わりに… 淡く輝く月が、波でユラユラと揺れる水面(みなも)を照らしながら ゆっくりと夜空にその姿を現し始めた頃… 海が見える4人掛けのテーブル席に信たちはそれぞれ席に着き―― 他愛もない会話をしながら出された料理を食べ進める 「信…お前本当に今日は酒を飲まないのか?  折角お前の為にクリュッグを用意したのに…」 「…悪いな義人。医者から止められてるんで。」 ―――まあ…嘘なんだが……    コイツの前で酒なんか飲めるか。 信は切り分けたフォアグラを口に運びながら 向かいの席で姿勢正しくシャンパングラスを傾ける仁に目を向ける… するとクリュッグを飲む仁とバッチリ目が合い―― 「…なんだ信…お前――飲まないのか?このシャンパン…  こんなに美味しいのに勿体ない…」 そう言うと仁はフッ…と信に笑みを見せると クリュッグの入ったシャンパングラスを回す様に微かに揺らす 「だがまあ……この間二人でキャバクラに行った時みたいに酔って――  また俺に襲いかかられても(かな)わんからな。それが正解なのだろう…」 「ッ!?」 「………襲った…?」 信の隣の席で桃のジュースに口をつけていた葵がピタッとその手を止め―― 何故かトロンと潤んでいる瞳をジトォ~…っと細めながら信の方を向く… 「えっ!?あ……いや…、ッ、そんなの記憶に――  ッオイ仁っ!適当な事言うなっ!」 「…適当じゃないさ。お前は酔ってて記憶にないだろうが――  あの時は本当に酷かった…  なんせお前はあの時キャバ嬢や他の客が見ている目の前でこの俺を――  ソファーに押し倒してきたんだから…」 「ほぉ~……」 「………のぼる…?」 「!そっ……そんなワケっ、」 焦る信をしり目に…仁は再びシャンパングラスに口をつけたあと目を伏せると フゥ…と小さく溜息をつきながら話を続ける 「しかもその後お前は俺の上に跨ったまま  俺の上着を脱がせようとするわキスしようとしてくるわでもう大変で…  客とキャバ嬢はそんな俺達を見て大いに盛り上がったが――  下に組み敷かれた俺はお前を往なすのに苦労したぞ…」 「キャバ嬢を襲わなかっただけマシだが…」と呟きながら 仁は事も無げに鯛のポワレを口へと運び―― 信はそんな仁を見つめながら内心ダラダラと滝の様な冷や汗を流す… そこに突然…葵がガシッ!と信の肩を掴み―― 「…ッ!!!」 「………どーゆーこと…?」 「ッど……どうゆう事って…?」 信が現実でも背中に冷たいものが伝うのを感じながら 隣に座る葵に恐る恐る視線を向ける… すると葵は桃のジュース片手に完全に据わった目で信の事を見つめており―― 「…ひとくんを襲ったってどーゆー事かって聞いてんの。」 「え…いやぁ~……どーゆー事……なんでしょうねぇ…?」 ―――俺にも分かんねーよ…、ッ…あの晩の事は記憶にねんだから…! 信は引きつった笑みを浮かべ… 困惑と動揺を隠せないまま葵の事を見つめていると 葵がグラスに残った桃のジュースをグイッと一気に(あお)った後 ボソッと小さく「…俺だって…、」と呟き―― 「…葵…?」 「…おかわり。」 葵は信の肩を掴んだままズイッ!と向かいの席に座る義人にグラスを差し出す 「お?そのジュースもう6杯目だけど――気に入ってくれた?お嬢ちゃん。」 「むぅ~……お嬢ちゃんじゃない~!とにかくおかわりぃ~!」 ぷくぅ~…と頬を膨らませ―― まるで酔っぱらっているみたいに葵が信の肩にしな垂れかかりながら 義人におかわりを強請る… そんな葵の様子に信が微かに眉を(ひそ)めていると 葵からフワッ…っと何処か覚えのある匂いを感じ… ―――ん…?この匂いってまさか… 信がその匂いに疑問を感じ、首を傾げていると 奥からスタッフがジュースのおかわりを持って義人へと近づく 「…ジュースのおかわりをお持ちしました。」 「ご苦労様。ハイ、お嬢ちゃん!ジュースのおかわりが来たよ。」 「ん…ちょーだい…」 義人はスタッフからジュースを受け取ると そのジュースを葵に手渡そうとしたその時 「ちょっと待て義人。」 「…?」 信は葵の手に渡ろうとしたグラスを横からヒョイと掻っ攫うと クンクンと匂いを嗅いだ後、ソレを一口口に含む 「あ…俺のじゅーす……もうっ!なにすんの!?のぼる……  返して!」 葵が信の持つグラスに手を伸ばす… しかし信はそんな葵の手を制しながら口に含んだジュースをコクンと飲み込むと その顔を顰めながら呟いた 「……義人。」 「ん?どうした??」 「コレ――酒だぞ…」

ともだちにシェアしよう!