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覚悟という名の逃げ口上。

「………葵…」 「お願い………のぼる…」 信の肩口に顔を埋め… 信の脇の下を通す様にして信の背に回された葵の両手は 微かに震えながらも強く信の服を掴む 「おねがい……」 「………」 ―――震えてるじゃねーか… 葵のその様子に信は戸惑い… 行き場をなくし…宙を彷徨っていた両手を葵の肩にそっと乗せると 信は葵の耳元で「顔上げろ…」と呟きながら軽くその肩を押す… すると葵はゆっくりとその顔を上げ――視線を信に向けると 信は困ったような笑みを浮かべていて… 「のぼる…?」 「葵………お前酔いすぎだ。」 「――ッ!酔ってなんか――」 「酔ってるんだよ。」 信は葵の顔を両手で包み込み… 複雑な顔で葵の顔をジッ…と見つめる… 『だってこの不安は――信にしか消すことが出来ないから…』 ―――分かってる…    俺の中途半端な態度が――葵を不安にさせているってことくらい…    しかし…ッ、 ムニュッ、 「ッ!?」 突然…信が葵の頬を両手で押す様にして挟み―― 驚いた葵はひょっとこみたいな顔で、信を凝視したまま口を開いた 「にょ…、ッ、にょびょりゅ…?」 「――プッ……変な顔。」 「ッ!ひぇ…ひぇんにゃかおにしてりゅにょわにょびょりゅでしょっ?!  (ッ!へ…変な顔にしてるのは信でしょっ?!)」 葵はムッとし――仕返しと言わんばかりに両手を信の顔に伸ばす… しかし信は葵の頬を両手で挟んだまま上体を軽く逸らしてそれをかわし―― 葵の両手は虚しく信の顔の手前で空をかくばかりで… 「プクク……残ね~ん。届きませ~ん。」 「プゥ~…ひょけにゃいでよっ!にょびょりゅのびゃか!あひょっ!  (むぅ~…避けないでよ!信のバカ!アホ!)」 葵は涙目になりながらムキになって信に手を伸ばし―― 信はクスクスと笑いながらその手をかわす… そんなやり取りが暫く続いた後… 信は不意に葵の身体を優しく抱きしめ―― 「ッ…のぼる…?」 「………ごめん。」 「ッだからぁ…、ッ、俺は信に謝って欲しいワケじゃ…」 「―――無理なんだ…」 「ッ……」 「……今はまだ…」 信は更に強く葵を抱きしめながら次の言葉を詰まらせる… 「……どうして…?」 「………」 「どうして今はまだダメなの…?」 葵の手が再び信の背中に縋りつき… 葵は自分を抱きしめたまま動かない信に不安そうに尋ねるが―― 信は葵を抱きしめたまま…無言で立ち尽くすのみで… ―――のぼる… 『椿さん…』 何時ぞや信が酔っぱらって帰ってきた時に呟いた名前が葵の脳裏に過る 『斎賀君へ  この間は突然の事でビックリしちゃって碌なおもてなしも出来なかったけど…  コレ、遅れちゃったけど斎賀君の会社が100選に選ばれたお祝い。  絶対に斎賀君に似合うと思って買ってみたの。良かったら着てみて。  先生はこれからもずっと斎賀君の事を応援しています。頑張ってね。                            TSUBAKI 』 何時ぞや見た信宛のメッセージカードの名前が葵の不安を掻き立てる… ―――信はやっぱり今も――    “つばき”って人の事が好きなんじゃ… 「ッ……ねぇ信…」 「………」 葵は信の顔を見ようとするが―― 信は俯き…その顔を微かに葵から逸らしてしまう… それでも葵は言葉を続け… 「信がまだ――俺の気持ちに応えられないのは……」 ―――違っててほしい……違うって言ってほしい…    けど… 「ひょっとして他に誰か――好きな人がいるから…?」 「………」 葵の問いかけにもやはり無言のまま… 自分の方を見ようともしない信に葵の胸はツキン…と痛み… ―――否定しないって事はやっぱり… 「ッ…」 無言を肯定ととらえ… 葵はその顔を泣きそうに歪めながら、信同様…徐々に頭を垂れていく… 「………」 「………」 互いに部屋の前で無言のまま抱きしめ合い… 重い沈黙が辺りを包み込むなか… 時間だけが過ぎ去ろうとしたその時 信が静かにその口を開いた… 「……ああ…そうだ。」 「ッ…」 ―――やっぱり… 「…お前の言う通り……俺には好きな人が“いた”…」 「…?」 ―――いた…? 信の言葉に違和感を感じ… 葵が顔を上げ――恐る恐る信の方に視線を向ける… すると信は切な気な笑みを浮かべながら葵の事を見つめていて… 「だけど“もういない”…」 「“もういない”って……それってどういう…」 「…言葉通りの意味だ。もういない……  この世には……な。」 「あ…」 ―――じゃあ……つばきって人はもう…、 「ッ、ごめ…っ、」 「フッ…そんな顔すんな。その人が亡くなったのはもうだいぶ前の話だし…  それに――勘違いするなよ?  俺は別にその人に今も操立てているから――  だからお前の気持ちに応えられないとかそんなんじゃないからな?  言いたかないが――俺はお前と出会う前は結構女遊びもしていたし…」 「…」 ―――そういえば…キャバ嬢がどうのって信…言ってたもんな… 「じゃあ何で…」 「…これは――俺自身の“ケジメ”の問題でもあるが…  だがそれよりも俺にはまだ――  お前の気持ちに応えてやれるだけの覚悟が出来ていない…」 「かくご…?」 「ああそうだ。」 信は葵の頬にそっと手を添えると 何時になく真剣な眼差しで葵の事を見つめる… 「葵……俺はお前の事を…誰よりも大切な存在だと思っている…」 「ッ……ホント…?」 葵が不安げに信の事を見つめ返し―― 信は愛おし気に目を細めながら親指の腹で葵の頬を撫でる… 「…ああ…本当だ…  だからこうしてお前に触れれば…  もっとお前に触れたいという欲求も湧くし――」 信は不意に葵の顔に自身の顔を近づけると… そのまま自身の唇を葵の唇に軽く合わせ―― 「…!」 「…こうしてキスだってすれば…  もっと深くお前を味わいたいという欲望だって湧く…だが――」 信は顔を離し… 今さっき自分の唇で触れた葵の唇に親指の腹を這わせると 少し影の差した表情で口を開いた… 「――それでも俺にはまだ……    お前の気持ちに応えられるだけの覚悟が出来ていないんだ…」 「ッ…どうして…、」 葵は思わず信の胸倉を両手で掴む… すると信は自分の胸倉を掴む葵の手に…そっと自分の手を重ね―― 「…怖いんだよ…俺が…」 「ッ怖いって何がっ?!何を怖がる必要があるのっ?!」 「葵…」 信は興奮する葵をなだめようともう片方の手で葵の頬に触れる… しかし葵はキッ…とそんな信を睨みつけ 掴んでいる信の胸倉をグイッ!と自分の方に引き寄せると そのまま自分の顔を信の顔へと近づけ―― 「ッ?!あお…、ッ、ンぅっ?!」 葵は勢いよく信の唇に自分の唇を重ねると―― 強引に信の唇を舌でこじ開けながら噛みつくようなキスをした…

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