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だからヤキモチを焼きました。

「…怪我の方はもう……大丈夫なの…?」 「…ん?…ああ…」 本来ならこの時間帯…絶好の夜景が楽しめるハズの―― しかし今はブラインドの下りた大きな窓のすぐそばに設置されたジャグジーバスに 信と葵は並んで座り… 葵がジャグジーの(ふち)に両腕を拡げて座る信の肩に寄りかかり… 今はジャグジーの泡でほとんど見えなくなっている 信の刺された箇所(かしょ)に視線を向けながら心配そうに信に声をかけると 信もチラリと自分の左わき腹に視線を向け… 苦笑いを浮かべながらその口を開いた 「縫ってあるから動けば多少引きつりはするが――  それでも手術の翌日から傷口をフィルムドレッシングで保護していたとはいえ  シャワーとかフツーに浴びてたしな。  …怪我自体は大した事じゃないんだ…本当に…」 「………」 信の言葉に… それでも葵はその表情を暗くしながら信の怪我をしたところを凝視する… すると不意に信が風呂のお湯を指先で軽く弾いて葵の顔にお湯を引っかけ―― 「ッ!わぷっ…、」 「ま~た“自分のせいで…”とか考えてんじゃねーだろうなぁ…」 「ッ…」 「…やめろよ?そーゆーの…  お前のせいじゃねんだから…」 「っでも…、ンッ…、」 何か言いかけた葵の唇を信の唇が塞ぎ―― チロ…と信が舌で葵の唇を舐めると 信はゆっくりとその唇を離し… ちょっと怒ったような声色で、葵の言葉を遮った… 「…やめろ。」 「………わかった…」 「………」 「………」 気まずい沈黙が二人を包む中… 信が「ふぅ…」と小さく息を吐き出し―― お湯で濡れた手で自分の前髪をかき上げながら天井を仰ぎ見ると 天井を見上げたまま静かにその口を開いた… 「…なぁ…葵…」 「…なぁに…?」 「ちょっと気になってた事があったんだが…」 「…?」 「ひょっとしてお前――  今まで酔ったフリとか――してた…?」 「え…今頃気がついたの…?」 「今頃って……  じゃあやっぱりレストランから此処に帰ってくるまでの間――  お前ずっと酔っぱらったフリをしていたのかっ?!」 信がガバッと見上げていた姿勢を元に戻して葵の方を振り向くと 葵は悪びれる様子もなく信の事を見つめ返し… 「…そーだけど?  大体あんなんじゃ俺……酔わないし…」 「マジかよ……度数8パーの酒をあんな勢いで飲んでおきながら酔わないなんて…  !つかだったら何で今まで酔ったフリなんか…」 信が当然の疑問を口にする すると隣に座っていた葵が自分の両ひざを抱え―― 不貞腐れた様子でボソッ…と呟いた 「だって…、ッ、」 「…?」 「…ねぇ…信…?」 「…ん?」 「信ってさぁ…  ひとくんの事……どー思ってるの…?」 「どおって……」 「好きなの?」 「ッ!?」 ズルッ!と… 葵の一言に信は漫画みたいに寄りかかっていたジャグジーの縁に背中を擦りながら 湯船の中にずり下がり… 危うく顔がお湯に()かりそうになったところで慌てて体制を立て直すと 焦った様子でその口を開いた 「ッ…なんでここでっ、、俺が仁の事を好きかどうかなんて話が出て来るんだっ?!  おかしいだろ…    俺が聞いてんのは何でお前が酔ったフリをしていたかって事で――」 「ッだって信――ひとくんの事襲ったって…」 「!だからアレは…っ!…酔った席での事で記憶にねぇって…」 突然蒸し返された話題に信が思わずしどろもどろする中… 葵の表情にはスッ…と暗い影が差し… その声色も普段聞く事のないような低いものへと変わり―― 「…考えたんだけどさ…  キャバクラって言ったら普通――周りにいっぱい人がいるもんでしょ?  …それこそ綺麗に着飾った(きら)びやかなお姉さんたちが  信の隣で接待とかしてくれてたハズじゃない…?    それなのに信はそんな綺麗なお姉さんたちを差し置いて――  酔っぱらったからといって…ひとくんの事を襲ったって事になるよね…?」 「…ッ!」 「…それってつまりさぁ…酔っぱらったその時の信にとって…  どんなに綺麗に着飾ったお姉さんたちよりも――  ひとくんの方が魅力的に見えたって事でしょ…?  思わず襲いたくなるくらいに…」 「っそ、れは…っ、だから…、」 「だから俺――  その話を聞いた時……ついムッときちゃってさ…  だってそうでしょ?  信がひとくんに支えられながら帰って来たあの日――  信はひとくんの事は襲った癖に…  俺の事はベッドに引き倒したとはいえ襲わなかったから…  俺って――ひとくんよりも魅力ないのかなって…」 ―――しかもその後信は好きな人の名前呟いて寝ちゃうしさぁ…    ホント……サイテーだよ… 「………」 「…だからさ……  ヤキモチを焼いたの……ひとくんに…  だって信に襲われたって時の話してたひとくんの顔――  なんだか勝ち誇っているかのようにも見えたしさぁ…」 葵は抱えていた両膝を更に強く抱え直すと 下唇がお湯に浸かりそうになるくらい(うつむ)きながら話を続ける 「…そんなひとくんを見てたら俺もう……何だか耐えらんなくなっちゃって…  信とひとくんが仲睦まじく同じ空間に居るのがさ…  だから一刻も早く信とひとくんを引き離したくて…  その場から離れたくて――  思わず酔っぱらったフリをしちゃったの…  …信ならきっと酔った俺の事を心配して――  ディナーを中断してでも俺の事を家に連れ帰ってくれると思ったから…」 「葵…」 「…折角の信の退院を祝う為のディナーだったのに…  俺のつまんないヤキモチのせいでダメにしちゃってごめんなさい信……」 葵は抱えた膝に顎のっけて… 顔半分をプクプクとお湯に沈めながらシュン…と項垂れる… すると信がそんな葵の様子にフッ…と微笑むと 不意に葵の肩を抱き寄せ… 膝を抱えていた葵は急に体制を崩されてアワアワとしていたところに―― 信の柔らかい唇が…葵のおでこに触れ… 「ッのぼる…」 「…随分と……可愛いヤキモチを焼くじゃないか葵…」 「ッ…」 「…でもな?お前が折角可愛らしいヤキモチを焼いてくれたところを悪いが――    俺が仁の事を好きなんてことはあり得ないから安心しろ。」 「…ホントに?その言葉――信じていいの?」 「ああ。信じろ。」 「………わかった。  信がそう言うのなら――俺…信じるよ…」 そう言うと葵は信を抱きしめ―― ―――でも……信にその気がなくても…ひとくんの方は… 「………」 言い知れぬ不安を抱えたまま 葵は信の首筋に顔を擦り付けるようにして埋めると 静かにその瞼を閉じた… ※※※※※※※ 忍side ―――まったく…    例のバウンティハンターが葵らしき少年を確保したとの噂を聞きつけ…    こんな所までわざわざ出張と(かこつ)けて出向き――    この三日間…葵の行方を探ってみたが…    結局何の情報も得られなかった…    やはり無駄足だったか… 私は苛立ち紛れにネクタイをベッドに放りながら ホテルに備え付けられているテレビの電源を入れると テレビ画面には丁度地元のローカルニュースが流れ―― 『では!本日最後の話題となるのは  今日地元の鴨柳シーワールドで行われたイルカショーでの映像です。  それではご覧ください。』 女性アナウンサーがそう言うとテレビにはイルカが飛び跳ねている映像が映り 私はベッドに腰掛ながら、ぼんやりとその流れる映像に目をやる… すると映像はほどなくして客がイルカに餌をやるシーンへと切り替わり―― 「ッ!?!?」 私はその映像を見た瞬間思わずベッドから立ち上がり… 無意識に画面の中で楽しそうに微笑む少年に手を伸ばすと―― 愕然としながらその少年の名前を呟いた… 「葵…ッ、」

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