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可愛いは罪。

信が(かじ)の迎えで会社に向かってから約二時間が過ぎた頃… 葵と片瀬がリビングで 信がおつまみ用に買っておいたチーズやお菓子なんかを無断で食べながら 4K100インチの壁掛けテレビに映し出される 大迫力のアクション映画を食い入るように眺める… そんな中…リビングボードの上に置かれた 普段鳴った事のない固定電話が突如として鳴り響き… 葵と片瀬は一瞬ビクッとしながらお互いの顔をみやると―― 葵が「ハァ…今いいとこなのに…」とボソッ…と呟きながら立ち上がり 固定電話のディスプレイを覗き込む… するとそこには“西崎”と表示されていて―― 葵は渋々受話器を取った 「…もしもし…」 『…斎賀様ですか?西崎です。  たった今コチラに――斎賀様宛のお荷物が届いたのですが…』 「お荷物?」 『はい。“鴨柳シーワールド”からの…』 「あっ!“のぼるくん”!」 『はい?』 「あ…いえ……何でもないです…コッチの話…」 『――では今からソチラに荷物の方をお届けに上がりたいのですが…  よろしいですか?』 「あ…はい……お願いします。」 そう言うと電話は切れ… 葵はソワソワとした様子で足早に玄関へと向かい―― 葵の護衛を任されている片瀬も慌てて葵の後を追う 「どーしたんですか?」 「のぼるくんが届くの!」 「…のぼるくん…?」 「そうっ!」 フフッ…と葵は嬉しそうに微笑むと 玄関のドアの前でまだかまだかと立ち尽くす すると玄関から呼び鈴が鳴り―― 「はい!」 「わっ…」 まずはインターホン越しでのやり取りになるだろうと予想していた西崎は 予想に反していきなり開いた玄関のドア事に驚き… 珍しく狼狽えた様子で目の前の葵を見つめた 「ッあ……斎賀様…、…失礼いたしました。  突然ドアが開いたものですからつい…」 「あ……ご、ごめんなさい驚かせてしまって…」 「いえ……ではコチラが先ほどお電話で申し上げた荷物になります。」 そう言うと西崎はサービスワゴンの上に乗せていた かなり大きな箱を持ち上げると――姿勢正しくスッ…と葵の前に差し出し 葵はソレを嬉しそうに受け取る 「ご苦労様でした。西崎さん。」 「いえ…それではまた何か入用が御座いましたらお申し付けください。  では、失礼いたします。」 西崎は葵たちにお手本のような綺麗なお辞儀をすると―― 赤い絨毯が敷かれた廊下をサービスワゴンを押しながらその場から離れ… 葵はウッキウキで大きな箱を両手で抱え込むと、急ぎ足でリビングへと向かう 「ンフフ~♪のぼるくんのぼるくん♪」 葵がテーブルの上に置いてあったお菓子などを片手でザッと退け… 届いた箱をテーブルの上に置くと―― 早速箱のフタの部分を止めているガムテープをハサミなどを使わずに 手で乱雑に端からビビビビビッ!と剥がしていき… やがて完全にガムテープを剥がし終えると 葵は開いたフタの隙間から両手を突っ込み… ガバッとフタを開けるなり満面の笑みで箱の中のモノに向かって声をかけた 「ようこそのぼるくん!今日からココがキミの家だよ~!」 そう言いながら箱の中から勢いよくシャチのぬいぐるみを抱き上げた葵は 「んん~!」という声を上げながらシャチのぬいぐるみに頬ずりをする… するとそんな葵の様子に何故か片瀬が微かに頬を染め… ―――…………………可愛すぎない…? 20年生きてきた中で… 今まで女性に対してあまり興味を示して来なかった自分が―― まさか目の前の……しかも自分より10cmは背の高い“男”に対して “可愛い”なんて思う日が来るとは思ってもみなかった片瀬はその事に戸惑い… つい思った事を口にしていた 「…………葵さんって……可愛いっすね。」 そんな片瀬の言葉に…ぬいぐるみに頬ずりをしていた葵の動きがピタッと止まり まるで黒光りするアレを見るような目で片瀬に視線を向けると―― 心底嫌そうな顔をして口を開いた 「………やめてよ……気持ち悪い…」 「酷っ!葵さん酷っっ!!  純粋に可愛いなって思った気持ちを口にしただけなのに気持ち悪いだなんて…」 「だって……可愛いって言われるの……好きじゃないんだもん…」 ―――信が言ってくれるのなら…嬉しいけど… 葵はプク~と頬を膨らませ… 不貞腐れた様子でぬいぐるみをギュッと抱きしめる… そんな葵の仕草にすら… 片瀬はまた胸を鷲掴みにされるような堪らないものを感じて 慌てて葵から視線を逸らす様に箱の方に目をやると 箱の中にまだ何かある事に気づき―― 「葵さん……まだ箱の中に何かあるみたいっすけど…」 「ん…?ああ…コレ…?」 葵がのぼるくんをソファーの上に置き…再び箱の中を漁ると さっきの暗い表情から一変… パァッ!と明るい笑顔と共に 中から黒と青のグラデーションのかかったTシャツを引っ張り出し―― 「ジャ~ン!いいでしょ~?コレ~…  今夜コレで信とペアルックするんだ~!似合う?」 葵が片瀬に広げながら見せたのは ラッ〇ンが描いたようなイルカの絵がプリントされた安っぽいTシャツで… 葵はソレを自分の身体に当てながら無邪気な笑みを片瀬に向けると 片瀬はますます赤くなり―― ―――くっ……可愛いって言われるの嫌いなくせに…    なのになんでさっきから可愛いって思われるような事しかしないんっすか!    酷いっすよ葵さん……    こんなん俺にどーしろと… 「………片瀬さん…?」 「ッ!?ハイッ!!」 「…どうかした?」 「……なんでもないっす…」 「そう…?…ところでさぁ…」 「…なんすか?」 「片瀬さんって――信の会社が何処にあるのか知ってる…?」 「会社…?支部じゃなくて?」 「支部…?」 「あ……なんでもないっす…  会社っていうと…“World recovery”が入ってるビルの事っすか?」 「そう!……知ってる?」 「そりゃあ…知ってますけど――」 「!良かった。じゃあさ…今からそのビルに案内してくんない?」 「えっ……今からっすか?!  別に構いませんけど……何でまた急に…」 「ん?ただ信がどんなところで働いてんのか見てみたくて…  大丈夫!ビル見たら帰るから。  あ。そうだ!ビル見た帰りに  信がお小遣いとして置いてったこの10万円で美味しもの食べようよ!  俺奢るから!(信のお金だけど…)」 「!いいんすかっ?!だったから俺…  前から一度は行ってみたいと思ってた中華の店があるんすけど――」 葵は手に持っていたTシャツをのぼるくんにそっとかけると 早速二人はリビングを後にした…

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