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古式ゆかしき捨て台詞。
仁の一言に辺りはシン…と静まり返り…
信に駆け寄ろうとしていた男達も――
信に手首を掴まれている男も…
まるで時間でも止まったかのように全員その場で動きを止め――
手帳を掲げる仁の姿を凝視する…
そんな中仁がチラリと男達を一瞥し
軽い溜息をつきながら広げた手帳をパシッ…と閉じると…
スーツの内ポケットに手帳をしまいながらその口を開いた
「…お前ら…暴行罪の現行犯で他の警官を呼ばれたくなかったら――
今すぐこの場から去るんだな。」
「はっ!……暴行罪~?」
すると信に手首を掴まれている男が、人を馬鹿にしたような笑みを浮かべながら
信に掴まれている方の手を仁に見せつける様に上に持ち上げ…
「…何言ってんの?おまわりさん…
現在進行形でコイツから暴行受けてんの俺の方なんですけどぉ~?
――なぁ…?」
男は後ろを振り向き…仲間達の方を見ると
後ろで固まっていた男達もハッ!となって騒めきだし…
「そっ…そ~だよなぁ~!」
「そうそう!俺らまだなんもしてねーじゃん…
変な言いがかりはよしてらえる~?」
「おっ!そーだそーだ!むしろ俺らが被害者じゃん!
ケーサツだからって威張ってんじゃねーぞ!」
などと口々に男に同調し始め…
「…ほらな?呼べるもんなら呼んでみろっつの…ケーサツをよぉ…
なぁ…オッサン…?」
「…」
男はニタニタと笑いながらねっとりとした視線を信に向ける…
すると仁が信の後ろで怯える葵に声をかけ――
「“葵”…」
「…?」
「コイツ等――“嫌がるお前を無理矢理何処かに連れて行こうと…
強引に”掴みかかって来たよな?」
「…ッ!」
突然仁に名前を呼ばれ…
最初は何の事かと首を傾げた葵だったが――
すぐに仁が何を言いたいのかを察した葵は慌ててその口を開いた
「ッそう……そうだよっ!
この人たちが無理矢理俺に掴みかかって来たから…
だから信が俺を庇って――」
「なっ!?」
―――コイツ等……いきなり何言いだして…
っいやそれよりも…
あの大人しかった葵が俺に口答えをしただと…?!
一体どうなっているんだ…
普段大人しく…自分たちを見れば怯えて逃げる事しか出来なかった葵が
信の後ろで震えながらも自分に歯向かった事に男は目を見開いて驚き…
その隣で二人の意図をくみ取った信が思わず「フッ…」と吹き出すと――
腕を掴んでいる男にニッ…と微笑んでみせる
「ああっ!そーだったそーだった…
コイツが葵に乱暴を働こうとしていたもんだから遂――
俺は咄嗟にコイツの手首を掴んじまったんだよなぁ…やめさせようとして…
でもコレって――立派な正当防衛だよなぁ?」
「はあっ?!そんなワケ――」
「刑法第36条の第1項…」
「――は?」
仁がスッ…と男達を睨 めつけながら静かに言葉を続ける
「…急迫不正の侵害に対して自己または他人の権利を防衛するため
やむを得ず行った行為の事を正当防衛と呼び…
この場合お前がそこの葵に乱暴を働こうとしていたのを
信が防いだという事になるから――
立派に正当防衛が成立するな。」
「ッそんなの…、言いがかりでしかねーだろ…っ!
第一誰がしょーめー出来るっていうんだよ…監視カメラもねーってのに…っ、」
―――そうだ…こんな曖昧な状況でケーサツなんて呼べるわけ――
「…そう思うのなら…呼んでみるか?警察…」
「…ッ、」
仁がその鋭い視線を今もなお粋がる男に向ける
「…だが見たところ――警察を呼ばれて困るのはそっちだと思うがな…」
「ッどーゆー意味だソレ…」
「気づかないのか…?この匂い…」
仁が男に近づき…
わざとらしくスン…と鼻を鳴らしながら男の匂いを嗅ぐと――
男は「あ…」と小さく声を漏らした後、“しまった…”と言いたげな顔を見せ…
「こんな真昼間に…
酒とタバコの匂いをプンプンさせた学生らしき10人の若者が――
4人の男性に絡み…
そうちの一人が警察官の連れである少年に対して暴行未遂…
そしてその現場を警察官本人である俺が証言。
…果たして現場に駆け付けた警官がこの現状を見て――
どちらの言い分を信じるか…」
「!?」
「…チッ、」
ソレを聞き…
流石に分が悪いと感じた男は鋭い舌打ちをしながら
「離せよっ!」と言って信の手を乱暴に振り払うと
その場に狼狽えながら動けずにいる仲間の元へと戻っていき…
最後に勢いよくバッ!信達の方を振り返ると――
「…これで諦めたワケじゃねーからな!覚えとけよっ!
オラ…お前達行くぞっ!!」
「!ちょっ…待ってよ!」
「えっ…ホントに行っちゃうの?葵ちゃんは??」
などとありきたりな捨て台詞を信達に吐き捨て
男は戸惑う仲間たちを引き連れてその場から去っていき――
「~~~ッハァァァ~……助かったぁ~…」
「ッ、葵っ?!大丈夫か?おい…」
「だいじょぶじゃないよ…もー…」
ソレを見届けると葵はその場にへなへなとしゃがみ込み…
そんな葵の様子に焦った信も葵と一緒にその場にしゃがみ込む
「葵…?」
「…アイツ等……ホントに質が悪いんだよ…
もしまた俺のせいで信になんかあったら…、俺もう…ッ、」
葵は自分の両膝をギュッ…と抱え込むと――
その両膝膝に自分の顔を埋める…
すると信が葵の肩を優しく抱き寄せ…
「葵…」
「…なに…?」
「…言いたくないのなら別に言わなくてもいいが――
お前ひょっとして…さっきの男達に何か…」
さっきの男達に対する葵の怯えように信は何かを感じとり…
信が眉間に皺を寄せながら葵にそこまで尋ねかけたその時…
葵は膝に顔を埋めたままフルフルと頭を横に振り――
「…ううん…
確かに今までアイツ等に何度か卑怯な手口で襲われかけたけど――
学校で俺の事…守ってくれてた人がいたから…」
「…学校で…?」
「そう…」
葵が膝からゆっくりと顔を上げ、信の方を見る
「それって――さっきアイツ等がチラっと話してた“大男”の事か?」
「うん……彼――本田君って言うんだけど
柔道部の部長兼主将やっててさ……凄く強くて優しい上に――
信みたいにカッコ良くて…」
「………」
瞳をウルウルと潤ませ…
まるで好きな人の事でも語るかのように話す葵の様子に
信は内心ムッとする…
しかし…
「彼のおかげで俺…信に会う事が出来たんだよ…?」
「え…?」
「彼が……本田君が
何時も高校の外で俺の事を見張ってた監視の気を逸らしてくれたから――
だから俺は監視の目を撒いて駅に行くことが出来たんだ…
信がいたあの駅に…」
「そうか……それは――
何時か礼を言わないとな。本田君に…」
「うんっ!」
そう頷きながらパァッ!と華やいだ笑みを見せた葵に
信もようやくホっとした笑みを浮かべた…
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