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そして一言。
「ッ…ぅ、」
「…大丈夫ですか?お客さん…
なんだか少し…顔色が悪いようですが…」
「ああ…大丈夫です。…ちょっと甘い匂いに酔っちゃって…」
「あ~…確かに甘くて良い匂いですけど…ちょっとキツイかもしれませんね。
どうします?窓を少しお開け致しましょうか?」
「あ、お気遣いだけで結構です。家ももうすぐなんで…」
「…そうですか?それじゃあ…」
そう言うとタクシーの運転手は
ルームミラ越しに後部座席に座る信を気にしながらも運転に集中する
「ハァ…」
―――流石に俺にはまだ……刺激が強すぎたのか…?
会社からの帰路の途中…
例のスイーツ専門店で予約注文していたケーキを受け取り
タクシーに乗り込んだ信は
その箱を大事そうに膝の上で抱えながら小さく溜息をついた
―――葵を抱くと決めたはいいが…
まさかあんなドギツイものを見る羽目になるとは思わなかった…
女性経験はそこそこあるものの――
アナルセックス……延 いては男を抱いた事など一度もなかった信は
男である葵を抱くにあたり…
自身が恥をかかない為にもと、男同士では果たしてどんな準備が必要で――
アナルセックスでは何処が気持ちよくなるポイントなのかが知りたくて…
仕事終わりのちょっとした時間に
男同士のセックスに関するサイトや動画を漁ってみたまでは良かったものの――
それが悪かったのか正直そのどれもが信には合わないものばかりで…
そのせいで信は若干気分を悪くしていた…
―――葵にキスした時や――
風呂場で葵のモノに触れた時に嫌悪感を抱く事がなかったから
大丈夫だとは思っていたんだが…
でもいざ見てみたらやっぱキツかったわ……
男同士のセックスシーンは…
信が遠い目をしながら膝に抱えているケーキの箱に視線を移すと
力の抜けきった溜息をもらす…
―――何がキツイってやっぱ喘ぎ声とかがな…
聞くに堪えないって言うか……ゾッとするというか…
お前らセックスじゃなくてプロレスでもやってんのかと…
その辺同じ男でも…葵の切羽詰まった表情や喘ぎ声なんかは
俺の劣情をあり得ないほど刺激して…
“もっと葵の感じている顔を見てみたい。声を聞いてみたい。”
と思わせてくれるのにな…
そう考えるとやっぱり葵は俺にとって…
奇跡みたいな存在だったんだろうなって…
信の脳裏に…
初めて風呂場で互いのモノに触れ合い――
頬を紅潮させ…蕩けた顔で自分の事を見つめる葵の顔が過り…
「ッ…」
うっかり自分の下半身に熱が集まるのを感じ
信は慌てて脳裏に浮かんだ葵の顔を打ち消すと、小さく息を吐いた
―――あっぶな…、
でもまあ……我慢して色んなサイトを見たおかげで
男同士での知っておくべきポイントとかを押さえる事が出来たのは
デカかったけどな。
これで――とりあえず俺が葵の前で恥をかく事はないだろう…
少なくとも葵に――
この間の様な…震えながらあんなセリフを言わせるような事は無いハズだ…
『…信はただ…横になってくれているだけでいい…
あとは全部俺がヤル…、
解すのも…拡 げるのも…
最後は信が挿 れるだけってところまで…、ッ、
全部俺がするから…っ、』
「…ッ、」
―――ホント、あの時の俺って奴は……情けないったらありゃしない…
葵にあそこまで言わせといて――
“覚悟”だ何だと言って逃げ回っていたんだから…
もし今日俺が葵に迫って……葵が拒絶したとしても文句は言えんぞまったく…
「ハァ~~~…」
信が自分に呆れながら長々とした溜息をつくと
タクシーがゆっくりとキャノピーのせり出したマンションのエントランス前に停まり…
信がスマホで決済を済ませてからタクシーから降りると――
エントランス中央で信に深々とお辞儀をする西崎の前を軽く挨拶しながら通り過ぎ
そのまま足早にエレベーターへと乗り込んだ…
※※※※※※※
「~…!~~~…、~~?!、」
―――…ん?
信が玄関のドアを開け、中に入ると…
リビングの方から楽し気な話し声が聞こえ――
―――何だ…?片瀬となにか――面白い話で盛り上がってんのか…?
信がルームシューズに履き替え、リビングの様子を伺う様にそっと顔を覗かせる…
するとソファーに並んで座る葵と片瀬の他に
向かいの席に座る第三者の姿が見え…
「…ッ!?お前…っ、」
「あ!信おかえり~!」
「お帰りなさい、わ――、ッ斎賀さん…、」
信の帰宅に気づいた葵が満面の笑みで信に向って手を振り
その隣に座っていた片瀬も苦笑交じりの笑みを浮かべながら信に向って頭を下げる…
そんな二人の様子に向かいの席に座っていた人物も
二人の視線の先を追う様にして振り返ると――
リビングの入り口に突っ立つ信の向け、気さくに微笑みかけながら手を挙げた
「…お!お帰り信!
待ってたんだお前の事――」
「帰れ。」
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