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母親。

―――マジか…    今度は一体何しに日本に戻って来たっていうんだ?お袋の奴…    まさかまた半年前に引き続き――    いらん結婚話とか持って来たんじゃないだろうな…    …ったく……勘弁してくれよ…?    ただでさえ最近のお袋からの電話は    やたらと結婚を意識させる内容のモノが多くて    コッチは辟易してきたところだってのに… 『信……貴方まだ――良い人出来ないの?  あ。――別に急かしてるワケじゃないのよ?  貴方は一人でもやっていけるって十分解ってるし…    ただ…私は貴方の事が心配で――』 ―――何が心配だ…    子供の頃から俺をほったらかして仕事に明け暮れてた癖に… 『それにホラ…  私ももうそろそろ歳だし…?  その上私は海外暮らしで、しょっちゅう貴方に会いに行けないから  余計に心配なのよ…  だから貴方も早く良い結婚相手を見つけて――  私を安心させてちょうだい。  そして願わくば――  私に孫の顔を…』 ―――ホント……勘弁してくれ… 電話越しでの何処か切実な母親の言葉を思い出し… 信は妙な息苦しさを感じて顔を顰める… そこに少しヒンヤリとした葵の指先が信の頬にそっと触れ―― 「ッ…」 「…どーかした?信……さっきから顔色が優れないみたいだけど…」 「あ……いやぁ~……別に?何も…」 「…?そ~お…?…だったらイイんだけど…」 「………」 葵が信の頬に触れながら心配そうな様子で信の顔を覗き込み… 信がそんな葵の手に自分の手を上から重ねると―― 葵の手を優しく握りながら静かにその目蓋を閉じた… ―――葵……そうだな…    俺はもう決めたんだ。    これからは――葵と一緒に恋人としての新しい関係を築いていくって…    確かに俺と葵はまだ若いし――    これから先どんな出会いがあるかも分らない…    ひょっとしたら俺と葵のどちらかが他の誰かを好きになって――    別れ話を切り出す時が来るかもしれない…    しかしそんな未来の事なんて誰にも分からないし――        それになにより俺はもう……この手を…    この温もりを手放すなんて事は考えられない…    だから嫁や孫の顔を望んでいるお袋には悪いが――        俺が葵を好きでいる以上……こう言うしかない。    ――嫁や孫は諦めてくれって… 「………」 信が閉じていた目蓋を開け… 心配そうに顔を覗き込む葵にフッ…と柔らかい笑みを返すと 信は母親への迷いと罪悪感を吹っ切るかのように、その口を開いた 「のぼる…?」 「…悪いな葵……心配かけさせちまって…  それよりももう気づいてると思うが――ケーキを買って来たんだ。  “二人で”食べよう!」 「…うんっ!」 「え~…父さんの分は~?」 「…なんだよ………親父もいるのかよ。」 「いるいる!僕が甘い物大好きなのは知っているだろう?」 「ハァ~……しょーがねーなぁ~…  ま、どーせ余分に買って来たことだし――  だったら親父もこの中から好きなケーキ選んどけよ。  俺はキッチンでコーヒーと食器用意してくるから…」 「あ!じゃあ俺も一緒に…」 「いいっていいって!お前は親父と一緒にケーキ選んでろ。  すぐに戻って来るから…」 そう言うと信は手に持っていたスイーツボックスを 再びリビングテーブルの上に置き、蓋を開けると… 葵と稔はその豪勢な中身を見てパァッ!と瞳を輝かせ―― ―――ったく……子供かよ… 信はそんな二人の様子に思わずプッ…と吹き出し リビングを後にすると―― キッチンに向いながら小さな溜息をついた… ―――それにしても…    お袋にも葵との事を説明するとして―――    お袋は親父と違って固定概念に囚われているから…    説得しても納得してもらえるかどうか…    下手したら――    なんかやらかしてくる気がして…気が気じゃないんだが…

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