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第59話
母国が消滅し、命からがら逃げ出すことに成功はしたものの、サナは学術都市セントガイナで行き倒れた。
その時、歴史あるヘルセーナ大学の学者に拾われ、そのままヘルセーナ大学の警備兵として就職した。
えんじ色が特徴的な警備兵の制服を身に纏い、脇には銃剣を抱え、南門の警備をしていた時のことだ。
「――汗がすごい出ている。これで拭くといい」
ひと際暑い夏のある日。
そう言って真っ白なハンカチを差し出してくれたのが、留学中のセルデンティーナ王国の王子……ガーシュインだった。
最初は『ヒトに関心を持つなんて、珍しい獣人だ』と思った程度で、サナの中ではなんの感情も生まれなかった。
しかしガーシュインの猛烈なアタックにより親友になり、親友から恋人同士になり、リンリンを授かった。
本当にあの頃は幸せだった。
初めての恋に浮かれていたのもあったけれど、それでも世界が輝き、毎日が充実していて、こんなにも自分は幸せでいいのか? と不安に思うことがあったほどだ。
しかし、リンリンを授かったと知った時。
サナは自らガーシュインの前から消えた。
ヒトと獣人……ましてや一国の王子と結婚など想像もできなかった。
しかも彼には、国王としての明るい未来が待っている。
だからヒトの自分が子を産むことで、前途ある彼の汚点になってはいけないと、冷静に思ったのだ。
この時、サナは冷や水を浴びたように、現実に引き戻された。
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