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第61話
「ガーシュイン!」
ダンスホールの両開きのドアを開けると、そこには優雅に鍵盤に指を滑らせるガーシュインの姿があった。
安堵から、泣き出しそうになる。
シャワーでも浴びたのか? 鬣が濡れたままの彼は、白いシャツに長ズボンというラフな格好をしていた。
そしてとても繊細で、まるで月夜を思わせる旋律の曲を弾いていた。
「ガーシュイン……」
躓くようにして一歩踏み出すと、サナは大好きな男の背中に抱きついた。
「サナ!? 一体どうした?」
集中が途切れた彼は、船中を走り回ったせいで呼吸が整わないサナに驚いていた。
そうして、サナをおぶるような格好で振り返る。
「……好きだ。好き……ガーシュイン……」
「サナ……」
自分でも驚くほど、愛おしさに声が震えていた。
彼のまだ濡れた鬣からは、石鹸の華やかで優しい香りがした。
「また何か思い出したのか? それとも久々にヒトや獣人を切って、興奮が治まらない?」
「…………」
優しく訊ねられて、答えなかったことが答えになってしまう。
ガーシュインは、サナが思っている以上にサナをわかっている。
笑えるようにはなったものの、サナは基本ポーカーフェイスで、感情があまり表情に表れない。
メンタルだって、そこまで単純な造りをしていない。
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