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授業と眠気と空腹と、財布と見詰め合って決定する今日の昼食。学食の大盛カレーとミニうどん。 「いや絶対それはおかしいっすよ。ねーわ」 「はー? なんでだよ、伊勢に言われたかねぇよ! なあ高岡!」 「いや俺もないと思う」 「なんなんだよお前ら!」 俺たちの生活はその程度の要素で構成され、抗えないほどの勢力に押さえつけられたことは今のところ、ない。 「あ、やっべもうこんな時間じゃん、俺次の授業西館だから早く行かないと。お前らは?」 「あー、俺次の授業休講になったんで」 「ああ、俺も」 そんな恵まれた生活にも、時には影が落ちる。共にテーブルを囲んでいた先輩たちが立ち去っていくと、俺と高岡さんだけが残されてしまう。同じ授業をとっているのだから当然だ、そもそも二人きりなんてめずらしいことではない。互いの家に足を運ぶことも何度だってあったし、二人きりでも話題は尽きなかった。 しかし今、なかなか困ったことになっている。高岡さんはこの所、二人きりになった瞬間雰囲気が変わる。それは人の目から見れば気にならないほどの些細な変化だろうが、俺にとっては重要な問題だ。突然「かわいい」と言われたり、何気なく触られたりする。気持ち悪いと言うのではなく、俺はそういうとき単純にどうすればいいのか分からなくなってしまうのだ。高岡さんの発言を「なかったことにしない」と豪語した手前、明らかに変化した関係をどうとらえればいいか分からず、自意識だけ募らせる自分に嫌気が差していた。答えを用意していないのに、猶予期間だけもらってどうなるのかと自分に苛立つ。 「まだ授業あるだろ?この時間微妙だよな、どうしよっか」 「あー……俺、提出しなきゃいけないレポートあるんで、コンピュータールーム行ってきます」 嘘ではない。授業開始のチャイムが鳴り、誰もいなくなったコンピュータールームでレポートを仕上げながら、口の中で言い訳をする。高岡さんと二人になると、またなんとも言えない距離に導かれてしまうような気がして、つい抜け出してしまった。レポートがあらかた片付き、あとはプリントアウトするだけになったところで、ため息をつき首を回す。周囲に誰もいないことを確認した上で、検索窓におずおずと文字を打ち込んでいく。 男同士 付き合う ヒット数は多い。悩み相談のようなページでは、男子高校生が思いを吐露し、回答者は茶化すこともなく真摯に考えを寄せている。 その次にヒットしたのは、体験談を集めたようなサイトだった。 『学生時代、仲良くしていた先輩に突然告白され、驚いたけれど真っ直ぐな気持ちがうれしくて付き合うことにしました』 ページに映し出されたゴシック体は、シンプルにもっとも重要な箇所を飛び越えていた。度肝を抜かれた。本当かよ、そんな簡単に受け入れられるものなのか。それまで普通の「仲良い先輩」だったんだろ、一度も恋愛対象で見たことのない相手だろ?半信半疑でページをスクロールしていく。 『ある日、いつものように先輩の自宅に行くと、突然先輩にキスをされました。ぬっとり濃厚なキスで、すぐ勃起してしまいました。先輩のアソコもくっきり形が分かるくらいガチガチに……』 あーしまったこれ官能小説系のやつだ。ただのエロ目的の文章にリアリティを求めていた数分前の自分が恥ずかしい。 「なんだよもー……」 でも安心した。現実に『同性の先輩から告白される』という事件が発生して、二つ返事で受け入れることなんてできるはずない、と改めて思う。むしろ簡単に応えるのはかえって不誠実だ。俺が生きてきた世界になかった価値観をぶつけられているのに、YESやNOで終わるのだろうか。NOと言ったら高岡さんはまたこれまで通りの関係に戻ってくれるのだろうか。それが一番うれしいけれど、そんな都合のいいことあるのだろうか。YESと言ったら、その先はどうなるのか。俺の答え次第で良いことも悪いことも起こると分かっているから、決定打を避け続けてしまう。 「伊勢ちゃん」 巡る考えは五感をふさいでしまうらしい。突然真後ろで聞こえた声に飛び上がる。 「うわああ! びっくりした! 後ろにそーっと立たないでくださいよ!」 「ちゃんとやってるかなー、って。先輩としてチェックを」 「普段そんなんしたことないでしょ!」 口答えが先に出てしまう自分が憎い。そんなことをしているから、今ディスプレイ上に何が映し出されているのか忘れていたのだ。あわててウィンドウを消し、もう一度高岡さんを見る。高岡さんの口もとは心なしかゆるんでいる。 「……見ました?」 「いや?」 「見たでしょ、違いますよ、違いますからね?」 なるべく冷静に対応したかったのに、顔がどんどん熱くなっていくのが分かる。ディスプレイを見られていたら、学校のパソコンでエロ小説読んでる奴だと思われただろう。そんなんヤベー奴じゃん。しかも内容まで見られていたら……先輩に告白された男が抱かれる話、ということまで分からずとも、ゲイ小説だと伝わったら、俺は、このタイミングで高岡さんに、そんなもんを見ていると思われたら。 「……溜まってんなら手伝ってやろうか?」 「お断りします!」 からかわれるかと思っていたから、高岡さんの言葉は予想の斜め上だった。勢いをつけてパソコンをシャットダウンしたら、当然ながら作業途中のレポートはぶっ飛んでしまう。 「あぁっ!」 「……何やってんの」 高岡さんはチェアの背もたれに体重をかけながらあきれたように笑っている。何気ない会話の中で、今まで一度も言われたことのないような言葉をかけられる。世界は徐々に変わっていた。

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