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「お、今週は来てんのかサボリ野郎」 「いやサボりじゃねーから」 寝込んで発表をすっ飛ばした翌週、キャンパス内の噴水前で同じ授業をとる男につかまった。そいつは俺の顔を見るなり遠慮なく失礼なことを抜かしやがる。 「伊勢が休んだから先に俺の中途半端な発表やることんなったんだよ。ボロボロだったわ」 「それはマジごめん」 「スリーパーホールドの刑」 「なにそれ」 「プロレス技」 「やめて! や、でもまじで仮病じゃないんだって」 「嘘つけや前日までふつーにピンピンしてたくせに」 「そうなんだけどさー、バイトから帰ってきたら廊下でぶっ倒れて」 「え、まじ」 「そのまま朝まで気ぃ失っててー」 「まじかよ、言えよ」 言う隙もなかったじゃねーかよー、といつも通りのふざけた声色で答えようとした。そいつの表情は真剣だった。 「伊勢って一人暮らしじゃなかったけ? どうした?」 「あー、先輩が来てくれたから」 「ならよかったけど、俺も一人暮らしだからさー、インフルなったときほんとつらくてマジで死ぬと思った」 「あ、分かる。俺も寒くて目ぇ覚めたけど身体動かなくて一生このままかと思った」 「だからさ、マジでしんどいときはそう言えよ。ほんとに仮病だと思ってたわ、悪かったな」 「えー……すげー薄情な奴だと思ってたのに、お前けっこういー奴だな……?」 「うるせーわスリーパーホールドすっぞ」 「あーやめてやめてやめて!」 首に腕を回され、肘をピンポイントに引っ掛けられる。友人の筋肉質な腕は想像以上の圧迫感で、本格的に苦しくなったので腕をバンバン叩いて抵抗する。しかし照れ隠しで力を込める友人から逃れられず、あーやばい本当に助けてほしいかも、と思い始めたときだった。 「伊勢ちゃん」 低い声に目を開けると、ぶれる視界でサイケデリックな柄シャツが揺れている。友人がようやく腕を離してくれたので、俺は息を整えながら改めて顔を上げた。 「高岡さん! お疲れ様です」 「……この前の持ってきた」 「あ、ありがとうございます!」 明日レジュメ渡すから、と連絡で受けた時間よりも少し早く、高岡さんは現れた。そしてすぐに身をひるがえし歩き始めてしまう。その場で渡されるだろうと思っていた俺は面食らい、友人に別れを告げて速いペースで先を行く派手な背中を追った。 高岡さんはそのままキャンパスを横切り校舎脇を通り駐輪場を通り、ついには校内を出て喧騒から抜けた先の細い路地まで行き着いた。 「……どこ行くんすか?」 思わず声をかけてしまう。自宅まで取りに来い、という意味だろうかと思ったが、高岡さんの自宅は反対方向だし、目的もなくやみくもに歩いているように思えたのだ。 高岡さんは俺の言葉に反応してようやく足を止めた。背負っていたリュックから、預けたままだったレジュメを取り出す。 「あ、ありがとうございます……」 なんでこんなとこまで来たんですか、と言おうとしたけれどやめた。なんとなく、むやみなウォーキングには意味があることを悟ったからだ。 俺の勘は使い物にならないときとそうでないときに差がある。高岡さんは向き合うなり口を開いた。 「俺、伊勢ちゃんのこと好きなんだけどさ」 「は……」 「それはね、伊勢ちゃんが弱いからだよ」 車もすれ違えない狭い路地は影が多い。高岡さんの表情もいまいち伺えない。そんな環境で高岡さんは、かねてより気になっていてそれでも尋ねるのがはばかれた心の内を、突然口にしたのだ。 「伊勢ちゃんが色んなやつの前で無理して笑ったり強がったりしてても、本当は弱いし真面目だし一人で抱え込みすぎるところがあって、そこが好き。かわいいと思う。俺に頼ってくれたらいいのにって思う。だから伊勢ちゃんが俺といるときに立てないくらい酔っぱらってるとすげーうれしくなる。もっとダメになっていいよすぐ助けに行くから。でも伊勢ちゃんは他にも助けてくれる人がいんの?」 末尾はクエスチョンマークの形になっていたが何を質問されているのかよく分からなかった。このところ感情を覗かせる高岡さんが今は波のない声色で淡々とまくしたてるので、言葉を耳でとらえられても噛み砕くことができない。何も答えられず、ただ茫然と高岡さんの輪郭を見上げていた。 一時停止したままの俺を再生するように、高岡さんは改めて、とても易しい質問を投げる。 「……風邪治った?」 「え?」 「風邪」 「……あー、はい、おかげさまで……」 「伊勢ちゃん好きだよ」 甘い告白に使うべき言葉を振りかざして高岡さんが笑う。怒ってるわけではないのかとほっとした、その瞬間を見計らったようにぶれなく静止していた影が揺らぎこちらに近づいてくる。思考も動作も封じ込められるようなたったの一瞬のうち、俺は目の前の先輩にキスされていた。 風邪が治ったら、その時はその時。弱った俺が強気に豪語した内容を健康体そのものの俺は抱えきれず、立ち尽くすことしかできなかった。

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