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カーペットに座ったまま何度も繰り返しキスされ、少し力が抜けたところに熱い舌先が触れた。驚いて、もう一度目とくちびるをきつく閉じる。それでも強引に割って入りこんでくる舌に強い意志を感じた。抵抗しようとすると唾液がちゅる、と鳴り、耳を甘く責める。観念して口を少し開くと、高岡さんは顔の角度を変えて深くむしゃぶりついてきた。
「ん……は……っ!」
酸欠に襲われ顔を背ける。高岡さんは頬にも目もとにも情を浮かべている。それは先ほどまでの湿っぽいものとは違う。必死に息を整える俺を、高岡さんは物足りなそうな目で強く貫く。
「……い、一歩も動けないんじゃなかったんすか!」
「うん……なんかすげー元気になってきた」
「嘘つき!」
「まあね。これ以上やったらまた逃げられちゃいそうだからガマンするけど」
どうやら高岡さんは、俺に責め立てられていると感じ、唾液と欲を飲み込んだらしい。がまん、という言葉とともに逃げ出した視線はもうこちらへ向けられない。自分を制するために働く力は以前より強固で、視線は迷うことなくカーペットの上の荷物へ向けられた。高岡さんは今すぐあれを背負って帰るつもりだろう。いつかバイトだからと雨の中逃げ帰った日のことを思い出した。こちらの思いを無視して帰られてしまうのは、こんなに悲しいことなのか。思わず服を掴む。
「……伊勢ちゃん?」
「……逃げません。……つーかここ俺んちなのにどこに逃げるんすか」
「はは、そりゃそうだな」
「逃げない、です、から………………いいんじゃないですか」
たっぷり10秒間、無言のまま流れる時間が酸欠から解放された俺をさらに苦しめる。早く返事をしてほしい。もしかして聞こえなかったのだろうかと心配になったころ、高岡さんは鼻先までずいと顔を寄せた。真意を伺うように。
「……なんで?」
「なんでってなんですか」
「なんでそんなこと急に言い出すのかなーと思って」
「そういう感じになったからです……けど」
「そういう感じって? エッチな感じ?」
「ほんと変態ですよね……?」
「早く『違います』って言わなきゃへんたいにエッチなことされちゃうよ?」
服を握ったままの指先が微かに震える。この後の展開が分からないわけではない。十分予想できているからこそ、迷いも間違いもない言葉を確実に選ばなければならないのに、何と答えればいいのか分からない。高岡さんの内側で燃える感情を語るように、熱い息がくちびるにかかる。
「……高岡さん……っ」
名前を呼んだら、それがサインになった。
「ん……っ!」
ぐいと腕を引かれベッドに押し倒される。ベッドの上では深いキスが続いている。俺はもう抵抗する理由がない。だらしなく口を開けて入り込んでくる高岡さんの舌を受け入れる。自分のベッドの上で、高岡さんに覆いかぶさられてキスされている状況はあのとき以来だ。俺がはじめて高岡さんの気持ちを知ったとき、そしてはじめて、自分が人と向き合わないまま生きていることに気付かされたとき。高岡さんはあのときよりもずっと優しく、服の上から俺に触れる。
「あー……伊勢ちゃん勃ってる」
「ちが、ち、ちがいます……」
「今違いますって言っても説得力ねぇんだよなあ」
「だからぁ……っ!」
「うれし。伊勢ちゃん俺で勃つんだね」
「高岡さんで勃ってるわけじゃないです……!」
「じゃーなんでこんなんなってんの?」
「そ、そういうキスされたら勃つ……」
「……そっちのほうが問題あると思うよ。お前さてはほんとにエッチだな」
声が少しずつ荒くなっている。高岡さんの興奮が熱とともに伝わり、ベッドの上の俺をさらに拘束する。言葉はいつも通りの優しさを携えているのに、息がつまるほど甘く、同時に乱暴でもあって、慣れない感覚に腰をよじってしまう。それが抵抗に見えたのか、高岡さんは逃さないようにがしりと腰を掴んで、そのままジーンズと下着をとっぱらってしまった。
「え、ちょ、待って」
「触るだけ。オナニーと一緒だよ」
そして、すでにごまかせないほど昂っている中心を握りこまれる。オナニーといっしょ、そう言われればそんな気もしてくるし、でもオナニーのときこんな緊張感はない。高岡さんの右手が上下に動くと緊張感は快感に育っていく。その様子を、熱い眼でじっと見られているのが分かる。耐え切れずに腕で顔を覆ったら、高岡さんが小さく言葉をもらした。
「あー……、伊勢ちゃんカウパーいっぱい出ちゃう子なんだ」
「う、うるさ……! そういうこといちいち……!」
「なんで? いいじゃん恥ずかしいことじゃないし」
なんでなんでばっかり言われたら自分が何に怒っているのかも分からなくなってくる。なんで俺は今こんなことをされているのだろう。意味のない思考に飲み込まれる前に高岡さんの手が早くなる。思わず声が漏れそうになる。そういえばここ数日、低迷した気持ちは昂ることなくしばらく自慰もしていなかったのだ。
「あ、た、高岡さ……っ」
「うん……?」
「い……っ、いく、かも」
面倒なプライドはこんなときまで面倒で、早い、と思われたくないあまりに語尾はあいまいさを残した。本当はすぐにでも出てしまいそうで必死にこらえているのに、頭の中ではあー男同士だと早さとかすごい気になっちゃうもんなんだなーと冷静に実感していた。
自分本位な俺を貫くように、高岡さんの声が少し低くなって、びりびりと空気を揺らす。
「かもって何?」
「え?」
「いくかもって何、いくの、いかないの、どっちなの」
「あ、い、いく、いくほうです」
「ダメ」
「えっなんで」
「そんな適当なこと言うんだったらいかせない」
「え、は、え? そん、そんなん、ちょ、違……っ、あ、手、手ぇやめ、い、いく、いくから……!」
低い声は俺を縛り付け、速度を増す手のひらが解放を促す。どちらに委ねるべきか分からない俺は混乱しながら、快感に実直に従ってしまった。たった数日溜め込んだだけなのに、どろりと濃い精液が自分の腹もとに零れていく。達した直後、それが正しかったのか分からず高岡さんを見た。怒っているのかと思った。高岡さんは満足げに口もとをゆがめている。
「……やっぱエッチだね」
手に付着した精液を見ながら、高岡さんは妙にうれしそうに見える。また一つ、新たな顔を知ってしまった。きっと高岡さんが、他の誰にも見せていない顔だ。
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