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実家のダイニングにいる。母はキッチンで料理を作り、父がめずらしく早く帰ってきている。兄がテレビに向かって文句を垂れ、横槍を入れた俺と口論になる。母がとんでもないボリュームの炒飯を持ってきて、くだらない喧嘩をやめさせる。全員が揃ったところで俺は切り出す。一瞬の無言に怯える。数秒後、驚くほどあっけなく決着がつく。何事かと思ったじゃないびっくりさせないでよ、と母が笑う。兄も父も似たような反応で炒飯を食べ始める。あっけらかんとして悩みのない家族のもとで育ったことを、改めて実感した。幸せだと思った。 目を覚ましたら、ベッドに腰かける大きな背中が目の前にあった。 「……おはようございます」 「お、はよう」 「早いっすね、眠れなかったんすか?」 「いや……大丈夫だよ」 かろうじてこちらを振り返るように首だけ動かす高岡さんの、表情を正確にとらえることはまだできない。規則的に飛び出た男っぽい背骨とともに朝を迎えるのは新鮮だ。寝ぼけたまま手を伸ばそうとして、一度引っ込めて、そういえば遠慮する必要などないのだと思い出して結局触る。 「うぉ……っ」 「はは、めっちゃビビってる」 「そりゃびっくりするだろ…………もっと、気まずくなると思ってた」 小さな声で付け加えられた言葉は、高岡さんがもっとも恐れていて、主張したい箇所なのだと思う。そのとき覚えた違和感が、そのまま口をついて出た。 「付き合うんじゃないんですか?」 枕に半分埋もれたまま言ったから、声はふぬけてくぐもっていた。ようやく振り返った高岡さんは、子どものような目の中にぬかるみと希望を差し込ませている。高岡さんが答えるまでの間に、ささめ雪のような焦りが積もる。 「あ……すいません、なんか勝手にそういうことかと思ってました」 「いや、そういうこと! そういうことだけど……いいの?」 「なにがですか?」 「起きたらなかったことにされてるんじゃないかとか、伊勢ちゃん後悔してんじゃないかとか思ってたから……」 「うわーネガティブ」 「……俺、めちゃくちゃネガティブだよ。特に伊勢ちゃんのことになるとほんとダメだ。多分、すげーボロボロで呆れると思うよ」 「そんなん言ったら、高岡さんだって俺に呆れると思いますよ。俺の素なんて今以上にめんどくさいしだらしないし、どん引きですよ」 「そんなんで引かねぇよ」 「じゃあ俺も」 「適当じゃん……」 「……これでも一応、何日もかけて、俺なりにちゃんと考えたんですよ。そりゃ高岡さんからしたらふざけてるように思えるかもしれないですけど」 指先ひとつ伸ばすのに逡巡したり、飛び出した言葉に対する反応を待ちきれなくなって回収したり、中学生のようだ。でもきっとこれが恋愛だ。人間関係を構築するために、必要な工程だ。俺が避けていたものだ。酒も笑いも噂話もなくったって、相手を正面から考えられればそれでよかったのに。 ベッドがきしむ。枕に埋めたままだった顔を少しあげると、高岡さんがシーツに手をつき、真上から俺の顔を覗き込んでいた。耳たぶに吐息がかかる距離で、高岡さんの心のなかみが見えた。 「好きです付き合ってください」 きっと高岡さんだって同じように、言ってしまった言葉を回収したくなることもあっただろう。もう二度とごまかされないようにという威圧とともに、覆いかぶさってささやかれたら思考が止まって身体が熱くなる。あわてて布団を引き寄せ、鼻から下を隠す。 「……なんで今照れんの」 「いや……」 「そういうことじゃねぇの?」 「そ、ういうことです、けど……たかおかさん普段すげーひねくれてんのにいきなり直球やめて……」 「どきっとしちゃったの?」 「……ズルイやつやめろよあんた」 「聞こえないなー」 「くっそ……」 「ねぇ、返事は?」 「……っ」 「聞かせて」 はい、という、ささやかな答えは布団に吸収される。布団を引きはがされ、すかさずキスされた。窓のあたりに晴れた陽気の気配が忍ぶ。穏やかな成長痛に悩まされる日もやっぱり、快晴だった。

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