8 / 11

歌って踊れる勇者様 弟子視点

 闇色の巨大な槍に貫かれた時、建物から巨大な気配を感じた。  校舎から駆けてくる存在。背も高いが、その一歩がデカイ。  まるで飛ぶように走り、ついには空を蹴って駆け上がった。  炎剣。地鎧。水輪。風靴。闇色のマントに、光り輝く首飾り。  まるで伝承の勇者の姿、いや、勇者そのもの。  黒髪はオニキスのように、いや薄っすらと輝き、目はエメラルド。  すべすべとした耳は長く、ぺたんと横で折れて人外を主張していた。 「シャイニングレイン!」  叫んだ声は歌うかのように美しく。楽しいという想いが明らかなほど籠もっていた。その顔立ちは整っていて、人間離れしている……いや、人間のものではなかった。勇者が人外なんて、誰も教えてくれなかった。  巨大な魔法陣が空へと浮かび、光の雨がアンデッドに降り注ぎ、動きを阻害していく。 「勇者!!」  骸骨野郎は恐れと驚愕、それに明らかな喜色を表す。 「久しぶりあーんど初めましてだな、骸骨将軍! さあ、踊ろうぜ!」  楽しそうに、嬉しそうに、子供が遊ぶように、無造作に杖を突き出す。  それは今まで明らかに持っていなかったもので、それだけで生徒達は息を呑んだ。  杖が優しく、強く、暖かく輝く。  その光が暖かく、傷の痛みが少しずつ消えていく。  アンデッドもまた、悲鳴を上げて解けていく。全てを削り切ることはなかったが、それもまた、甘く優しいようで厳しいところのある蓮……師匠らしかった。  杖を掲げたまま、突っ込んできた骸骨将軍を踊るように避ける。それは誂ってるようにしか見えない。背中合わせにくるくると避けて、敵に魔弾を、味方に丸いぷにぷにした球を投げる。パシャンと弾けて傷に当たると、それは傷を急速に癒やした。  僕にもそれが投げられて、しかし威力は他のとは段違いだった。  見る間に肉が蠢き、傷が癒えていく。走る痛みと妙な感覚は傷の癒える証。  機嫌が良さそうに取り出した大きなイヤーマフを首に引っ掛けると、音楽が流れ出す。  これは……! この音楽は、水輪一族に伝わるメロディ!  機嫌良さげに歌うのは、まさか失われたという魔歌なのか。  熟練者のそれはあらゆる能力を底上げしたと言うが、効果があるようには感じない。そんな事を気にしている素振りすらない。  挑発するように腰を振り、腕を差し招くように揺らし、蠱惑的に微笑んで見せる。 「勇者め! 相変わらず、フザケてくれる!」 「はっ 俺は今回、応援係でしかないからな。気楽なもんよ。今回お前らを倒すのは、俺の弟子共だ! ま、今回は手本を見せてやるがな!」  今回。まさか魔王退治のことか。だから、あれほどまでに気前よく色々くれたのか。  力添えはとてもありがたいが、願わくば、もっと説明が欲しかったところである。  応援係と言うなら、その役目を果たして欲しい。  その瞳はキラキラと輝き、楽しいを閉じ込めた宝石のようだった。  嘲笑して、賢者の杖をぽーんと疾風に投げる。 「疾風せーんせ。しっかり掲げてろよ!」 「あ、ああ!」  笑いながら、リズムに乗ってコンボと呼ばれる連撃を行う。  笑いながら、歌い、踊り、遊ぶ。  勇者は、後も呼ばれていたという。あらゆる事を遊戯に変える……プレイヤー! 「見てろよ見てろよ―!」  言われなくとも、全てをその目に焼き付ける。  使った魔法陣、戦い方、その全てを。 「ほらほら、炎剣せんせー! 手が止まってる! 一緒に踊るか? 合わせの鳳凰陣!」 「は、はい!」  即興で合体魔法で合わせる。導きに従って連携する。それは息をつくまもなくて。  あっという間に時間はすぎる。   「じゃあ、サヨナラだ」 「勇者よ! 必ずや魔王軍は貴様を血祭りに上げてみせる!」 「もう勇者じゃねーよ」  蹴り飛ばして寄越された骸骨将軍を切り飛ばすと、それが大仰なことなんかでは全然ないように、普段どおりとでも言うように、ニカッと笑った。 「よく出来ました!」  その笑顔に瞬間的に頭に血が上る。  炎剣は、勇者の剣。僕は、勇者の剣で、それで、仕える相手で。えっと。   「じゃあ、賢者の杖返して」 「え」  疾風がぎゅっと杖を握る。気持ちはわかる。 「はあ。本当に俺って弟子に甘ーい。疾風せんせーも良く出来ました。ご褒美にあげる」  手を引っ込めて、代わりにくしゃっと疾風の頭を撫でる。なにそれ羨ましい! 「ぼ、僕も! 僕も頑張ったからご褒美!!」 「はいはい。炎剣せんせーにはお靴をあげようね―」  子供にするように、当たり前のように自分が履くのとは別の風靴を渡してきて、大きな袋を渡してくる。 「これ、他の子達に。お疲れ様、喧嘩せずに分けてね」  そうして、僕をギュッと抱きしめ、頭をなでて身を離す。  うわっ なんだ!? あんなに鍛えているのにふわっとした!?  くくっと笑って、勇者は消えた。  ぽーっとしていると、生徒の一人が僕の前に立った。 「我が一族の神具、風靴……殺してでも奪い取る!」 「だ、駄目だよ、僕が貰ったんだから!」  その隣では、賢者の杖を持つ疾風が襲われていた。  第二ラウンドの始まりである。  なんとか、その戦いを大きな貸し一つということで風靴に風靴を献上することで乗り切った(乗り切れていない)僕だったが、ついに囚われてしまった(やはり乗り切れてない)。  今までも結構危ない橋を渡ってきたが、僕と疾風は今度こそ、尋問を受けることになったのだった。ついでに、蓮も。……本人なんだけどなあ! あんまり不敬な真似は駄目だよ!

ともだちにシェアしよう!