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第二話 暴虐の宴

 顔面を俺の血で汚して、狂気の光を目に宿した男から逃げられないでいる。首をガッチリと掴まれて、ひゅうひゅうと隙間風のような音が鳴る。 「痛いだろう? 苦しいだろう? 泣けっもっと泣け! その方が美味い!」 「がっ……」  どんなに爪を立てても叩いても男の手が緩む事はなかった。殺さず、死なさずの絶妙な力加減で俺をいたぶる男は、次はどうして欲しい? と朗らかに問いかける。 「傷を抉ろうか? 新しく増やそうか? それとも犯されたいか?」  オカサレタイカ?  その言葉に目をむいて、最後の力を振り絞って抵抗した。  嫌だ。  嫌だ。  嫌だ。  涙が溢れて止まらない。喉が詰まって、息も苦しいけど、このまま死んでしまえれば犯される事はないだろう。 「犯されたくないって? それはアレか? 男のプライドってヤツか? 気にすんなよ、どうせ死ぬんだ。プライドがどうのこうの考えてる時間なんてねぇよ」  まるで紙を裂くように服が引き裂かれ、むき出しになった素肌に男の舌が這うのを感じた。 「ぅがっ……や、め、ぐぅうっ」 「へぇ? 良いねぇ……旨味が増したな……ヤられちまえ。男に力でねじ伏せられて、絶望しろ……俺の為になぁ」  胸を舐め回す男の髪を掴んで力任せに引いても、男はさして気にする風でもなく、乳首にキツく噛みつかれ、喉の奥に悲鳴を貼りつける事になった。  それでも抵抗はやめない。  嫌だ……嫌だ……嫌だ……。 「諦め悪いヤツだなぁ〜腹ん中ズタズタになるまで死なせねぇからな?」  残酷な宣告を満面の笑みで告げる男は一瞬で身体を入れ替えて、足で俺の喉を押さえつけ、ジーンズを簡単に引き裂いた。 「ふふっそんなに恐ろしいか? 縮こまってんぞ? だがな、俺が突っ込んだら勃つかもな? いや、勃つなぁ。それで更に絶望しろ! 男に突っ込まれて勃たせて絶頂する自分を呪え! ははっ解るか? お前、俺にイかされて死ぬんだぜ? サイコーだろ?」  この男にとって俺はネズミと大差ないのだろう。  力を押さえつけて、中途半端な傷をつけて、言葉でいたぶって、次は身体をオモチャにしようとしている。  手よりは動かしやすい足を少しずつ喉からズラして、とりあえず呼吸の確保をした。  おかげで言葉も出るようになった。 「……なんで?」 「ああ!?」 「なんで、ここまで、するの?」 「……楽しいからに決まってんだろ? 味も良くなるしな……諦めついたか? 諦めんなよ? 味が落ちる」  男の視線が外れた一瞬を狙って、頭に蹴りを入れた。入れたはずだった。  ごきっと鈍い音がして、ダメージを受けたのは俺の方だった。 「脚一本〜」  歌うような男の声が部屋に響いて、男がゾッとする程冷たい目で俺を見て 「抵抗したいのに抵抗できないってツラいよな?」  とうっそりと笑う。 「まだまだ、だろ? 楽しませろよ? 諦めんなよ? 耐え抜いたら逃げれるかもな?」  チラリと希望の言葉を聞かせるのも忘れず、男はゲラゲラ笑いながら俺の身体に拳を落とし、首を絞め、噛みつく。骨が砕かれる音と、内臓に突き刺さる感触に気が狂いそうになる。 痛みと寒気と吐き気。それがぐるぐる回る。込み上げる吐き気に耐え切れず嘔吐すると、血と胃液の混じったモノが床に広がった。  耐え抜いたら逃げれる?  そんなワケあるか……見え透いた嘘を。 「げほっ……ひゅ……が!? ゔあ、あ、あ、ああぁああっ!」 「はい、ばっきん! 腕一本〜」  肘の少し下から飛び出しているのは、骨、か? 枝を折るみたいに簡単に折れるんだな……。  灼けるような痛みと再び襲い来る寒気と吐き気。ガクガクと揺れる身体は出血が多過ぎたせいかも知れない。  頭がぼうっとする……もうすぐ死ねる。呼吸ももう、ひゅひゅ、と短く浅くなって来た。  ザマアミロ。愉しみ過ぎたな、喰われる前に死んでやるよ……。 「腕一本、脚一本、肋骨三、四本くらいかぁ? 内臓もイったか? もう満足に動けねぇな? 残念だなぁ〜逃げられたかも知れないのに!」 「……ひゅ、けほっ……ひっ!?」  繰り返した暴力に興奮していたのか、目いっぱいに押し広げられた脚の間に男のいきり勃った性器を押し当てられる不快感に閉じかけていた目を開けた。  俺にのしかかる男が歪に歪んだ唇で愛を囁くように甘く語りかけてくる。 「メインディシュって言うんだっけ? お前は何分もつかな? まさか突っ込んだ途端にイったりしねぇよな? 楽しませろよ?」  グッと押し付けられる先端がナカに挿入(はい)らないように無意識で腰を揺らして逃げた。それがおもしろくなかったようで、また腹に一発重い拳を落とされて、血を吐いた。  嫌だ……嫌だ……こんな男にヤられるなんて……。  死ぬのは良い。むしろ死にたい。  けど……。 「い、や、だ……っ」  俺の、身体は。俺の心は。  死が迫ったこの瞬間に自分自身に敗北した。  もう認めるしかない。 「……げほっ……っま、お……マオ……」 「あ? 惚れた女か? おもしれえ! 惚れた女の名前呼びながら俺に突っ込まれんの? すげぇ良い!」  ググッと先端が押し込まれて広がる感触がした。  寝返りを打つように身体をずらしてソレを追い出す。  挿入れられてたまるか。気持ちが悪い。 「マオじゃなきゃイヤだ! お前なんかじゃ俺が満足できねぇよ、バーカ!」  マオ助けて、なんて言えない。  俺はマオから逃げたから。でもこれで男が逆上すれば、きっともう俺の身体は保たないから。  俺の身体はマオだけの物。  俺はマオのエサだったんだから、素直に喰われれば良かったんだ。  マオの優しさに魅入られて、恋愛感情なんて抱く前に喰われれば良かった。マオの事、好きかもって気付いた瞬間に喰い殺してもらえば良かった。相手は魔物だとか、男だとか、そんなくだらない事でグダグダ悩む必要もなかった。  そしたらあんな醜い嫉妬なんてしなくて済んだのに。  額に青筋立てた男に血の方が多い唾を吐きかけて、唇の端だけ持ち上げて笑ってやった。 「ク、ソガキ!」  頭突きをくらって、一瞬意識が飛んだ。皮膚も裂けたのか、顔がヌルつく。血の匂いにクラクラする。  ザマ、ミロ……も、痛みも感じなくなってきた。  真っ赤に染まった視界で男が拳を振り上げた。  ガラスが割れるような音と、突風。拳を振り上げたまま固まる男に近付く人影。  あぁ、あとちょっとだったのに……加虐者が増えてしまった。  血が入り過ぎてよく見えないけど、シルエットぐらいなら解る。  長い二本の角。長い髪。完璧に魔物。 「ご丁寧に結界まで張り巡らせやがって……その子に手を出すなと念を飛ばしたのに無視したな?」 「知らねえ。邪魔すんな。お前も喰うか? おすそ分けくらいしてやるぜ?」 「……その子はエサじゃない」  俺、この声、知ってる……。  死ぬ間際ってなんでも都合良くなっちゃうのかな……? 「……ま……お……ま、お……ごめ……」 「こいつ、マオってヤツに惚れてるらしいぜ」 「……抱いたのか?」 「お前が邪魔したんだろ? これからだ。先に突っ込むのは俺な! お前は口でも使え。歯を折ってやろうか? 血と涎でさぞ具合が良いだろうぜ……ぐぎゃっ!?」  振り上げていた腕が、俺の腕と同じようにへし折られた男がワケが解らないといった表情で魔物を見上げて、すぐに俺の上から飛び退いた。  どうでも良い……争うんだとしたら、どうかできる限り長く争ってくれ。  俺が死ねるまで、ちゃんと争ってくれ。 「俺だ」 「何言って……クソ、痛え。折りやがったな」 「お前が紫苑(しおん)にした事の何千分の一だろう?」  もう目は見えない。自分の目が開いているのか閉じているのかも解らない。ただ何も見えない。真っ暗。  死ぬ時は聴覚が最後まで残るって聞いた事があったけど、本当だったんだなって思う。  男二人の会話を俺が正しく理解しているかは謎だけど、音だけは入ってくる。  絶叫、咆哮、何かが破壊される音。騒がしいなぁ……もう眠いのに……。 「ま、待てっ! お前エサの為に俺を殺すのか!? おかしいだっぐぅえっ」 「エサじゃないと言っただろう? 理解できないか? 残念な頭だ。要らないな?」 「ぅげぇっあ、わ、解った! やる、このエサ、お前にやるからっ……あぁあ離せっ千切れ、る……ごぼっ千切れ……お前……こんな人間のせいで……がっ……同属殺し……同属……」  いきなり訪れた静寂を不審に思う間もなく、ふわりと抱き上げられた感覚。  気持ち良い……ふんわりふわふわ……。  マオがくれる絶頂と同じ……。  こんな最期も悪くない。  俺、言えなかったけど。  マオが好きだったんだ……。 「俺もだ、紫苑」  脳の好都合再生ってすごい。  こんな言葉聞けて死ねるって最高……。

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