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第三話 人ならざるもの
ゆらゆら、身体が揺れる。
波に揺られているみたいで気持ち良い。
「……ん……おん。しおん……」
波の音がマオに呼ばれてるみたいで、胸の奥があったかくなる。
俺、あんまり悪い事しなかったし、天国行けたのかなぁ……なんて……。
「しおん……紫苑……紫苑……っ」
「ぁ、ん……熱、い……?」
ぐちゅっ……ぐちゅ……と同じリズムの水音。揺れる身体。溢れ出す熱い……?
「ぇ……なに……?」
嗄れ切った声に思わず目を開けて、あ、天国じゃないんだ、と一瞬で理解した。
がっちりと腰に腕を回され、ズルリズルリとナカを擦りあげられて、耳元で繰り返し名を呼ばれている。俺を組み敷いている男の顔は見えないけど、マオと同じ髪の色に、マオだと良いな、と願った。
でも、身体が違うって言ってる。俺を今抱いてる男はマオじゃない。
「やめ……あぁっ、や、だ……」
「っはぁ、俺だ、紫苑……良かった、間に合った」
「マオ……?」
深緑の目はマオの目。優しいキスが目蓋に落ちて、すぐに口の中を掻き回す舌の動きは確かにマオの動きで。
でも優しい目で俺を見つめる男はマオだけど、俺が知っているマオじゃなかった。
大きな二本の角。肩幅も筋肉もいつもよりガッチリとしている気がする。当然俺のナカにあるモノも……。
「ぅあっ、マオ? 苦し……おっきぃ……」
「っ俺もっ急に締めるなよ……」
快感とキツさに顔を顰めた見慣れぬマオが苦笑いで仕掛けてきたキスに流されるように力を抜く。ナカを擦りあげられて唇がズレた。
「ん、あっなんで? 俺死んだんじゃ……ぁんっあ、コレ夢……? 身体痛くない、し……マオとシてるなんてやっぱ夢だよね? てかやっぱり死んだ?」
「夢じゃない……紫苑?」
腰を止めたマオが人差し指を俺の唇に当てて、次々と口をつく疑問を止めた。
「ちゃんと質問には答える。どんなに詰 られても恨まれても俺はそれを受け入れるから……今は俺に抱かれてくれ」
頷くとマオの唇が首筋に落ちた。甘く噛まれたり、吸われたり。首筋だけでイきそうな程気持ち良い……。
生命の危険から目覚めたばかりの身体は本能に従って子孫を残そうと昂ぶっているんだろうか?
はぁ、っと首筋にかかる熱いマオの吐息にさえ感じてマオのいつもより広い背中に腕を回した。
「マオ、もっと」
ゆっくりゆっくり、気遣うようにマオの腰が動き始めると、今までに感じた事のない快感に全身が戦慄 いた。
「んっあ、何? なんかヘン……すご、いっ、マオ、気持ちい、よぉ」
「どうして欲しい?」
俺を蕩けさせるあの囁きは健在だった。そして俺にはもうマオのせいにする、とかそういう 卑怯な考えも恥ずかしさもなくなっていた。
素直にねだる。
もっと強くして。
もっと首噛んで。
胸も舐めて、弄って。
イきたい。イきたい。
一緒にイきたい、奥に出して。
キスして。
嘘で良いから……。
「好きって言ってぇ……!」
ぶるりと震えたマオの身体。同時に奥に叩きつけられる熱い熱い体液。腹に散る自分の体液はこれだけの快感なのに意外にも少量だった。
「っあぁ……紫苑……愛してる」
「……うそ……」
脱力したように覆い被さって耳元で荒い呼吸を整えようとしているマオにしがみついたまま、我ながらなんと色気のない返しかと自分に呆れて目を閉じた。
そこは俺も、とか。うそ……じゃなくて可愛くほんと? とか、あったろうに、俺のバカ!
「今までが、今までだったから……信じてもらえないかも知れないけど、本当だ」
嘘じゃない、と証明するかのようにキスがたくさん落ちてくる。汗が滲んだ額から髪を梳き上げてくれる指の動きも優しい。
こんな風に事後の時間を過ごすのは初めてだった。
俺はいつも、事が終わるとすぐに服を着たい、帰りたい、とマオに言っていた。それをマオは咎める事なく俺の望み通りにしてくれていた。
薄々気付いていた自分の感情を無視する為に、お食事セックスだけの関係なんだと自分に言い聞かせる為に、俺は事後の甘い時間を拒否し続けていた。
今思えばもったいない事をしたと思う。
「ねえマオ……そろそろ聞きたい。俺どうなったの?」
「あの下衆妖魔にボロ雑巾みたいにされてた。身体中に咬み傷があって、肉が食い千切られていた箇所も幾つかあった。骨折は俺が解る範囲で八ヶ所。肺と内蔵にも突き刺さってて出血が多過ぎた……呼吸も……正直手の施しようがなかった」
つ、つ、とマオの指が動きを止める場所は傷付けられた場所だろうか?
「紫苑に誤解をさせたままで、助けに行くのにもでたらめでめちゃくちゃに張られた結界が多過ぎて間に合わなかった。このまま死なせてやるのが優しさかと思った……でもね。あんな……息も満足にできない状態の紫苑が言ったんだよ、マオが好きだったって……」
言葉を切って俺を見るマオの目がものすごく優しくて、でもどこか哀しそうで、俺はマオの身体に腕を回して先を促した。
「それを聞いたら、いても立ってもいられなかった。このまま死なせる、なんて……喪 うなんて怖くて……まだ微かに紫苑の心臓が動いていたから間に合うと思って……紫苑の意志なんて無視してお前の身体を俺と同じに変えるために抱いた」
「それって……俺はギリギリ死んでなかったって事? で、今はもう人間じゃないって……そういう事?」
「ああ。他に手段がなかった……人間 の身体じゃ身体を創り変えるに足る妖力が与えられない。だからこの真実 の姿で抱いた。何度も紫苑のナカに精を注いで、俺の血を飲ませた。三日三晩抱き続けた」
マジメな顔して語るマオには悪いけど、三日三晩と聞いて思わず吹き出してしまった。
「……笑うトコか?」
案の定不満気な顔になったマオ。
「だって……三日三晩って! 抱き続けたって! 性欲ハンパ なさすぎ! てか、え? 俺の身体、大丈夫!?」
「……どこも痛くないだろう? 死なせたくなくて必死だったんだ……」
何故そんな哀しそうな目で俺を見るんだろう?
「マオ? なんで泣きそう?」
ずっと触れたかったマオの顔。頬に手を当てるとマオはこつんと額を合わせてきた。
「俺を恨まないのか? 俺は紫苑にワザと誤解させるような言い回しをしてた。挙句に……人間としての生を奪ってしまった……」
「誤解?」
「紫苑はずっと自分の事を、その、俺のエサだと思っていただろ? 初めての時、俺は……ヒドい事はしないから言う事を聞いてくれないかな? って言ったろ? 逆に捉えれば、言う事を聞かないとヒドい事をするぞって脅しだ。しかもどうしても言う事を聞かせたくて言葉にほんの少し妖力を混ぜた」
確かにそう言われた。妖力が混ぜられていたのは今知ったけど、マオの言葉を脅しだと思った事はなかった。ただ抗えない甘い誘惑の言葉だった。
「俺は一度も紫苑をエサだと言った事はなかったけど、紫苑がそう思ってるって気付いてはいたんだ。でも……それで紫苑が週末を共に過ごしてくれるなら……それで良いと思っていた」
愚かだ、と呟いたマオは自嘲気味に口の端だけで笑って、ちゅ、と額にキスをした。その次は鼻の頭に。
「エサだと思う事で俺に抱かれる言い訳になるならそれで良いって……その結果がコレ。言い訳どころか苦しめていた。そしてあの下衆に……」
悔しそうに唇を噛んだマオが握り込んだシーツが微かに裂ける音がした。
「マオ、俺も謝んなきゃ……俺、あの時嫉妬した。マオの胸に爪痕残した女の人に。エサなら俺だけで良いじゃんって……俺だけ抱いてよ、なんて言えなかった。悔しくて……でも自分の気持ち認めたくなくて、飛び出した……」
言い終わるとマオの深い溜め息が頬を掠めた。呆れてる、よな。
「紫苑はまだ勘違いをしてるね。俺は食事の際に身体を繋げる事はしない」
……え?
それって……それって、さ。
「ずっとお前だけ。紫苑だけ抱いてた」
「え、嘘、じゃ、あの爪痕は?」
「暴れられて服を引き千切られた。その時だな。そりゃこんな魔物に喰われそうになれば死に物狂いだ。女といえども力は強い」
ぽかんとマオを見上げる俺に
「今の紫苑なら、解るだろう?」
と言い聞かせるように囁いて、ぎゅっと抱きしめられた。
解る……。
食事……喰いたいのは欲の塊。恨みつらみ。恐怖。
喰い方は……。
「口や頭から魂、引きずり出す……?」
「そう。俺は人の肉にも興味はない。ただ魂抜かれた人は記憶を失くし、しばらくは病院住まいになるだろうけどね」
嬉しかった。俺だけだって……でも……ちょっと悔しいっていうか恥ずかしいっていうか。
だからマオの背中を力いっぱい殴った。
「ぐっ……! 良かった、殴る気力も出てきたな」
「うん……ね、俺、今マオみたいに角とかあんの?」
「ああ、あるぞ。見てみるか?」
見てみたい! とマオの腕の中で顔を上げると、一瞬だけ苦い顔をしたマオと目が合った。
「おいで」
先に立ち上がったマオに手を引かれて立ち上がると、太腿にマオの放った欲の残滓が伝った。
昔の俺なら恥ずかしくて動けなかっただろうけど、今の俺はシーツを剥いでザッと拭って、腰に巻きつけるだけでマオの後に着いて行った。
「あ」
姿見に映る初めて見る自分。
一気に背中辺りまで伸びた髪、身長も少し伸びているし、筋肉もついているような気がする。
傷は一切ない。へし折られた腕もなんの問題もなく動く。
何より目を引くのは、頭から生えた二本の角と、少し青みのある薄い紫の瞳。
「紫苑の花の色、だな」
鏡の中の俺に向かって、目蓋を指で大きく広げて自分とにらめっこをしている俺を後ろから抱きしめたマオが苦しそうに呟く。
「こんな姿にしてすまない」
死なせたくなかった俺のエゴだ、と続けたマオを俺はしっかり抱き返した。
「これでずっと一緒にいられる? 俺、マオと生きていける? なら文句ないよ?」
目の色も気に入っている。そう言うとマオはやっと笑って、綺麗だ、と俺の眼球をぺろりと舐めた。
ぞくりと背中に走る官能をどうにか押しとどめる。
「ね、マオ。翼、出ないの? コウモリみたいなヤツ? それとも鷲みたいな感じ? バサァッて出ないの? あと尻尾! 先っちょが矢印みたいな」
若干ワクワクしてしまう自分に呆れるけど、人から魔物に変身なんてしたんだから、色々と知りたい。
「何を言っているんだ? 紫苑?」
「へ? だって、俺、悪魔になったんでしょ? 悪魔といえばコウモリの羽に矢印尻尾だよね?」
ガシッと両肩を掴まれて、鏡に向き直される。相変わらず背後から俺を抱きしめているマオがゆっくりと顔を近付けてくるのが鏡に映る。
「俺達は、悪魔じゃない。なんで魔物といえば西洋悪魔なんだ? よく見ろ」
「うん?」
「古 よりこの日本 の国にひっそりと生きる、鬼。妖 の長、鬼神だ」
あぁ、マオの囁きは、甘い。
俺の耳元に口をつけて、正体を明かすマオの姿を鏡で見るだけじゃ、我慢できない。
首だけ動かして、マオの唇を奪って、初めて自分から舌をねじ込んだ。
いきなり授かった本能が俺を突き動かす。解る。本能が願う。
この美しい鬼神に、支配され啼かされたいと。
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