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第十五話 所有権
荷物持ちになっている白群 は俺と柚葉 を見つけるとあからさまに安堵の表情を浮かべた。
「長 っしお〜んっ助けてくれ、朱殷 の買い物が止まらないんだ!」
「おい、財布は俺なんじゃなかったのか?」
「お土産までたからんよ? 辰臣 、どっちが良いと思う?」
何を買ったの? と白群に聞けば、天然石でできた置物やお揃いの装飾品、扇子にお約束のチャイナドレスと様々な小物だと言う。
「朱殷、朱殷ってば!」
「なん? 紫苑 はどっちが良いと思う?」
「買い物はさ、また後でしようよ! 白群潰れちゃうよ? 先にマンゴーのデザート食べに行こうよ」
「……ん。解った」
助かった、と白群が息をついたのが解った。
白群の手から比較的軽いと思われる袋を受け取って、朱殷と白群は当然のように手を繋ぐ。
「三時間後にまたこの店に用がある。それまでは観光だな」
「観光って、お寺とか行くの?」
「行かない……というか行けない。異国だしな。異国の神仏と揉めるのは厄介だ。紫苑が行きたいと言うなら急な話だが、ちゃんと許可を得るぞ?」
神社仏閣というのは神様や仏様の住まい、領域なのだと教えられた。
いくら同属……この場合は人ならざる者……だとしても、いきなり訪れるのは、観光地化していても不敬なのだそうだ。
人間が訪れるのは、その社に住まう神や仏を信じ、感謝の意や願いを託す為にやって来るので神様も文句はないらしいが、俺達は違うのだと柚葉に言われた。
「まぁ、アレだ。見も知らぬ異国の神が、俺達同じ神様だよね〜? お宅訪問、お邪魔〜……なんて言ってズカズカ家に上がって来たら嫌だろ? しかも俺達は鬼だからな……闘いに来たと思われたら厄介だ」
白群の話には納得できた。
それにどうしても仏閣巡りがしたいワケじゃない。
「敷地に入らなきゃ平気? 日本のお寺と違って派手だしさ。つい目がいっちゃうと思うんだけど、見るのもマズい?」
「それは大丈夫だろう。妖力を使って探りさえしなければ」
「そんな事はしない……っていうか、できないよ」
「なら大丈夫。行こう。もしこちらの神仏の怒りに触れたら、俺が話をするから。その為の俺、だ。な?」
安心しろ、と微笑む柚葉はやはり日本 の鬼神の長なのだ。
柚葉の口振りからして、言い争うつもりも喧嘩をするつもりもないのは明らかだ。
この人は、もしもの時には俺達……というか俺の為に頭を下げる覚悟を決めているのだと思うと、呑気に色鮮やかな仏閣を眺める気は失せた。
俺なんかの為に柚葉に頭は下げさせない。
鬼化 もまともにできない俺ができる数少ない事の一つは柚葉に迷惑をかけない事。それを肝に銘じて柚葉と手を繋ぎ直した。
「行こう? マンゴースイーツの有名なトコ……って場所知らないけど」
「それならもう聞いたん。こっちやて」
足取り軽く進む朱殷と白群の後について、俺と柚葉はのんびりと歩く。
柚葉に手を繋いでもらっている安心感から、俺はぽかーっと口を開けて、やはり珍しい異国の活気溢れる街並みを眺める。
言葉はさっぱり解らないけど、人の良さそうなおばさん達の笑顔は嬉しかったし、見た事もない食べ物には興味を引かれた。
たまに聞こえて来る日本語にはちょっとだけ焦った。
ただでさえ目立つ柚葉と手を繋いで歩く俺はどう見られているんだろうと暗い気持ちになった時、くるっと振り返った朱殷が
「大丈夫よ、紫苑。旅先での事やもん、そのうち忘れてしまうわ」
とにこやかに言葉をかけてくれた。
あまりに絶妙なタイミングだったので、頭を覗いたのかと聞くと、からからと笑って
「んーにゃ。ただ、紫苑なら考えそうやなって思ったん。けど、あれよ? 視聴率集めとるんは紫苑もやからね?」
といたずらっぽい表情を浮かべた。
「うちら、どう見えとるんやろ? 急な事でコンタクトレンズしてないし……アレやろか? ヴィジュアル系とかいうのん? それともなんかのコスプレて思われとるやろか? アニメのキャラにおりそうやん? 雑誌で見たん」
「まあ、特殊な集団だと思われた方が都合が良いのは確かだな」
人は奇異なモノは避けるから、と白群と柚葉は呑気に笑い、飛んで来る視線を完璧に無視している。
「旅先でチラリと見かけた不思議な集団の事よりも、自分達の思い出の方が大切だから、いずれ俺達の事は記憶から消えていく。この街に住む人達も、おかしな日本人が来ていたな、と思うくらいで日々の暮らしに追われて俺達の事など忘れていく……ちょうど良い。だから、絶対、この手を離すな」
命令だぞ? と目を細めた柚葉の唇が俺の目元に落ちて、地元の人も観光客も関係なく黄色い? 悲鳴が上がった。
……無視……できるかな、俺。
早く朱殷の聞き出した店に着かないかな……
「長、大人気ないわ。紫苑が見られるからってそんなにあからさまに自分のモノアピールするなんて」
「何が悪いんだ? なぁ、紫苑」
せっかく刺してくれた朱殷の釘がさっぱり解っていない様子の柚葉は少し唇を尖らせてチラリと俺を見て首を傾げた。
「……悪くない、です……」
恥ずかしいよと文句の一つでも言えば良かったのかも知れないけれど、拗ねた柚葉の顔を見たら、文句なんて言えなくなった。
柚葉がどれ程俺の事を考えて、喜ばせよう、安心させようとがんばってくれているか解るから……繋いだ手に力を込めて、朱殷の目的の店までそっと寄り添い歩いた。
「……食い切れる?」
マンゴーをたっぷり使ったふわふわのカキ氷は三人分はあるように見えた。
器も大きければ、盛られたマンゴーも一切れ一切れが大きく、とても一人じゃ食べ切るのはムリだ。
「ん。辰臣と半分コするん。あ、なんかな、夕方から夜市とか屋台がたっくさん出るんやて! 長、行こう?」
「まだ食うのか?」
「じゃって、せっかく台湾来たんやし……日帰りやし、お買い物も途中やし……なぁ、紫苑良いやろ?」
「……良いんじゃない? 俺も台湾初めてだし、色々見てみたい!」
昼間でさえ賑やかなこの街が、夜になると更にパワーアップするというのなら、俺はそれを是非とも見てみたい。
何か食べるかは別として。
「紫苑が言うなら、それで良いぞ」
慈しむように柚葉の手が俺の髪を撫でる。それを俺は目を閉じて、うっとりと受け入れる。
柚葉がいなければ、きっとこんな想い、知らなかったと思う。
両親を見ていれば、男女の関係なんて希薄過ぎて信じられなかったし、両親と俺の関係を考えても“親子の絆”なんて感じられなかった。
心を閉ざしているつもりはなかったけど、お付き合いして欲しい云々の告白は全て断っていたし、付き合って別れるを繰り返す友人を正直なところバカだなと思っていた。
終わるのにわざわざ始めて、やっぱり終わって落ち込んで……って。止めときゃ良いのにって思っていた。
友達のままなら、それ以上気まずくなる事もないし、傷付く事もないのにって。
今ならバカは俺の方だって思う。
傷付くのが怖くて、無意識のうちに避けていただけだって。
「なん、らぶらぶぅ!」
「らぶ……? なんだ?」
「超仲良しって事」
ふん、と得意そうに鼻で笑って、柚葉が更に露骨にスキンシップをしかけてくるけど、俺はされるがままでいた。
撫でられる髪も頬も心地良いし、飛んで来る視線は無視する事にした。
「さすがにお腹冷えたわ〜」
「満足か?」
「満足は満足じゃけど、お腹が冷えたん」
これは夜市の屋台であったかい物が食べたいという事だろうと、柚葉から与えられるカキ氷を食べながら鼻の頭を赤くして、すんすんと鼻をすすり、紙ナプキンを持った白群に鼻を摘まれている朱殷を見た。
「なんで……朱殷は柚葉の色ボケを応援してたの?」
「んー……じゃって、惚れた相手が人間じゃって言うし。誰に言い寄られても本気にならん長が! 目の色変えて、喜んで取り乱して落ち込んで浮上して……って、なんか嬉しかったん」
「うるさい、黙れ」
「モテモテだね」
いや、その、あの、過去は過去であって、今は紫苑がっていうか、今も昔も紫苑しか……と慌て始めた柚葉の肩に頭を乗せて、気にしてないよと囁くと柚葉は一転静かになった。
俺よりずっとずっと長い時間を生きてきた柚葉が今まで誰とも寝ていないなんて、鬼の性からしてもあり得ないし、一族の長でこれだけの器量良しなら言い寄る同族の数もすごいだろうなと予想はつく。
それに、俺をあれだけ蕩けさせておいて恋愛初めてです、セックス初めてです、なんて言われても信憑性ゼロだ。
「連れ合いになったのは、俺だけでしょ?」
「当然だ!」
何か……口から心臓どころか魂まで吐き出しそうな勢いの柚葉の答えに思わず吹き出した。
「んじゃ良い。ね? 朱殷、白群? まだ柚葉狙ってる鬼神はいる? いるなら言っといて! 柚葉は俺んだって!」
「ほう、鬼らしくなったな! 紫苑」
鬼神としてはまだまだ未熟者の俺が、序列二位の二人に向かって頭領は俺のモノだと主張するのはおこがましというか、窘 められても仕方がない事だと思うのに、ちゃんと柚葉と話すようにとアドバイスをくれた白群の俺を見る目が優しくて、つい調子に乗った。
「うんうん、そんくらいの独占欲むき出しにせなダメよ」
「独占欲というよりは真っ当な主義主張だな」
ねー? ねー! と騒ぐ二人とは対照的に柚葉が静かで不安になる。俺の頭を乗せて微動だにしない。
一丁前の口を利くな、とでも思っているのかとそっと目線を上げると、柚葉は耳まで真っ赤になって固まっていた。
ぎ、ぎ、ぎ、と音がしそうな程ぎくしゃくと柚葉がこちらを向いて、やたらと潤んだ目と視線がかち合う。
「所有権を主張されるというのは……こんなに嬉しいモノだったんだな……紫苑だから、か?」
「あったりまえやん! 他のモンに所有権主張されてもウザいだけじゃろ!? 私なんか辰臣以外にんな事言われたら消してまうわ!」
無言で頷く白群に、鬼神とはやはりそういうモノかと妙に納得していると、チリッと軽い痛みと熱を首筋に感じた。
「紫苑もしっかり長のモノやね」
頬杖をついてニマニマと俺と柚葉を見る朱殷に、そうだよと返すと、首筋への吸い付きと腰に回された抱き寄せる腕の力と、周囲の騒めきが一層増した。
旅の恥は掻き捨て、っていうし……なんて言ったら柚葉は怒るかも。
でも、ちょっと……やっぱり視線が痛い。
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