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第二十三話 紫苑の嫉妬

※柚葉視点になります  翳狼(かげろう)がいるからイヤだとか、飛影(ひかげ)だっているし! と、何かと理由をつけてベッドの端に逃げる紫苑(しおん)を逃すものかと捕まえて、翳狼は廊下で待機、飛影には裏庭で待機を命じた。 「これで良いだろ?」  と言えば、紫苑は頬を染め、潤んだ目で少し決心が揺らいだような視線で見つめ返してくる。 「き、緊急事態だってのに!」 「緊急事態といっても、いつ来るか解らん相手に気を遣って、紫苑を抱かない選択は俺にはない」 「うぅぅ……ぁんっ」  ちゅ、と軽く首筋に唇を落としただけでこの反応……それに簡単に煽られる俺はどうしたものか。  とりあえず紫苑の顔の左右に肘をついて閉じ込めて、理性と欲望の合間で揺れる目を見つめた。  しっとりと濡れた薄紫の瞳に吸い寄せられるように目蓋に唇を落とすと、紫苑の両腕が首に絡んできた。  そのまま唇を合わせて、舌で紫苑の咥内を堪能しようとした矢先、先に舌を伸ばして俺の咥内を荒らしたのは紫苑の方だった。 「ん、はぁ……ゆずぅ……」  何人も抱いた。  男も女も関係なく、俺の力に身体を開いた者は数え切れないし、いちいち覚えてもいない。山吹(やまぶき)を覚えていたのは、辟易するくらいにしつこく、鬱陶しかったからだ。  請われてその気になれば抱いて、そして同じ者は二度と抱かなかった。  何も感じなかったからだ。  ただ自身の快感と欲望の発散を求めるのみで、俺の下で悶える者になんの想いも湧かなかった。 「(おさ)、長、愛しています」  そう言われても俺は冷めた心のまま、言葉の一つも返さず己の絶頂が来るまで相手を穿つだけ。  名を囁かれただけで、血管が切れそうになる程強烈に“欲しい”と思うのは後にも先にも紫苑だけだ。  そもそも名を呼ばせた事などなかったか。 「っ紫苑?」 「んん?」  愛してると下唇を甘く噛みながら伝えると、紫苑は目を細めて喉の奥でふふっと笑った。 「柚葉(ゆずは)の初めて、全部俺」  それが紫苑が実際に口に出して言ったのか、合わせた唇から伝わった想いだったのか、確かに紫苑の言う通り初めてだらけで俺にも解らない。  その初めてが、解らない事がある事が嬉しいなんて、な。 「うん……全部紫苑のだな」 「ん、嬉しい」  ふわりと花のように笑って、紫苑は両手で俺の頬を包んで鬼化(きか)した。  紫苑は急に伸びた髪と爪に違和感を感じて、俺の首から腕を解くとマジマジと両手の爪を見て、またふわりと笑う。 「鬼化しちゃった……ね? 柚葉も、早く」  鬼化して、とねだる紫苑に応えて俺も鬼化すると紫苑はそっと手を伸ばして俺の角に触れた。 「俺がそれに触れるのを許したのも紫苑だけだ」 「ホント?」 「解るだろう?」  そう言うと紫苑は数回瞬きをして 「キスしてくれたらちゃんと解る、かも?」  とはにかみながらも言葉にはしっかりというかちゃっかり妖力を込めているのも可愛らしい。  キスで全部解るならそれで良いと思う。数えきれない程を相手にしてきた爛れた過去も、そこに心が伴っていなかった事も、空虚だった心がどれ程紫苑で満たされているかも、伝わってしまえば良い。 「ゅず……んぅ……ん……ぁ……」  ゆっくりと舌を挿し込んで、紫苑の舌の根をくすぐると、ひくりと震えて背中に腕が回った。  キスが深くなると焦れたように紫苑の手がシャツを掻いて、素肌に触れようとするのが愛おしかった。 「服、邪魔でしょ?」  器用に俺の舌を舐めながら不満気に言うのは照れ臭いからか。  邪魔だなと同意しながらキスを続けるとすっかり肩までシャツはめくり上げられ、それ以上は近過ぎてどうにもできないのか紫苑が俺の肩を叩いた。 「柚葉早く……」  きゅっと眉を寄せて、少し唇を尖らせて。一瞬ドアに視線をやったのは待機中の翳狼が気になるのだろう。  そんなもの、気にする余裕があるなんて不本意だ。  という事で、紫苑から余裕を奪ってしまおうと思う。 「あぁ! んっんぅ……やっあ、あ、んんんっ」  裸に剥いた紫苑はやはり美しかった。  白い肌も慎ましやかな胸の飾りも雄々しく勃ち上がった下半身も、全てに魅了されてしまう。 「あんまり見ないでよ」  と閉じた脚をこじ開けると、ずりっと上に逃げて……でもすぐにベッドヘッドに行く手を阻まれて今に至る。  紫苑の両膝に手を入れて、大きく開かせて俺はその中心に顔を埋める。M字に大きく開かれた体勢を恥ずかしがっても咥えて少しキツめに吸えば腰を痙攣させる紫苑が愛おしい。 「あっゆずっんぅ……あっくぅっん」  声を抑えようと自分の人差し指の第二関節辺りを噛み締めて悶える紫苑はどれだけ俺を煽れば気がすむのだろうか。  困ったように眉を寄せて、そのくせ目は快感に蕩けて頬はピンクに染まって。  早く俺に――。 「あっ出ちゃう……柚葉、飲んでくれる?」  紫苑がそんな事を言うのは初めてで、思わず目を上げると、とろんと蕩けた瞳の奥にわずかばかりの焦燥と懇願と恐れが見て取れた。 「うん」  口を離さず、咥え込んだまま喉で返事をすると、紫苑の手が伸びてスッと俺の髪に指を通した。 「ゆず、は……んっだいす、き……」  見つめ合ったまま……紫苑は俺から視線を外す事なく、それでも恥ずかしそうに顔を歪めると腰を揺らして吐精した。 「紫苑? どうし……」 「んぁ……次は俺の番……」  怠そうに身体を起こした紫苑が俺を押し倒し、すっかり猛っていた半身にしゃぶりつく。押し倒した腕の力が思いの外強く、どうしたのかと肘をついて身体を起こすと、一心不乱に俺に喰らいつく紫苑が目に入った。  ぎゅっと目を閉じて、苦心しながらも必死に舌を使う紫苑の姿に胸が熱くなる。 「……っヘタでごめん……」  先端をペロリと舐めながら呟く紫苑の頭を撫でると不安に揺れる瞳が俺を見る。 「気持ち良いよ? 口に出して欲しいの?」 「うん。飲みたいのに、俺ヘタで……」  悔しそうに呟いて紫苑はまた深く咥え込んで、頭を動かし、口に入らなかった部分には手を添えて俺に絶頂を迎えさせようとしている。  早く早くと急くその切な気な姿に腰が疼く。 「紫苑? 苦しいけど我慢できる?」  俺の意図を察したのか、紫苑は咥えたまま、添えていた手を離した。  俺が膝立ちになると腰にしがみついて始まりを待っている。  そっと後頭部に添えた手に力を込めて突き入れると腰に回った手が爪を立てた。  上顎に擦りつけるように、ザラつく舌の上を滑らすように、喉の奥の締まりを促すように……その繰り返しを早めていけば、紫苑のくぐもった声が聞こえてふと我に帰る。  こんな道具みたいな扱いをされて紫苑が嬉しいはずがない、と。 「紫苑っごめん! やめよう」 「ダメやだ飲む! やめちゃダメ!」  かぽっとまた呑み込んで、せっつくように自ら頭を振り始めた。 「んぐ……ん……の、むの……ん……」  片手は俺の腰骨に。  もう片方の手は……自分の股間に。  紫苑がもどかしそうに手を上下させる度にくちゅっくちゅっと粘着質な水音が響いた。  紫苑は興奮してくれていたのだ。俺に道具のように扱われてもそれを屈辱ではなく快感に変えていてくれたのだと思うと、俺もどうしても紫苑の口内に射精したくてたまらなくなった。  口内をたっぷりと犯された紫苑の表情は蕩けきって、苦しかったのだろう涙に濡れた目と頬が赤くなっていて、煽情的な事この上ない。 更には 「……ぁ、美味しい……」  なんて言いながら唇を舐め、嬉しそうに目を細めて喉を摩るものだから俺の下半身はすぐに力を取り戻し、紫苑を抱き寄せキスをした。 「苦しかったね、ごめん」 「んーん……俺ヘタだから……それに嬉しかったよ?」  と微笑まれてしまった。  そして紫苑は今までにない性急さで身体を繋げようと腰を落としてきた。 「どうした? 何をそんなに……」  焦っているんだと問いかける前に答えが出た。 「ん、柚葉の初めては全部俺で柚葉の中も俺でいっぱいだけど、やっぱなんかヤダ。早く全部忘れて」  濡れた唇が迫ってくる。  痛いくらいの締め付けに半身がビクついて、それが紫苑を啼かせる。唇を重ねたのは声を殺す為か? と疑問に思う間もなく、紫苑の強い想いが流れ込んできた。  俺だけ。飲んだの俺だけ。嬉しい。でもヤダもっと。柚葉は俺の。ムカつく。俺のなのに。お願い誰もとらないで。  俺から柚葉を()らないで!  嫉妬と呼ぶにはあまりに悲痛な紫苑の想いに応えるべく、支える腕を抱く腕に変えて、紫苑の舌を何度も甘噛みして、誰も二人を引き離せはしないと教え込むようにキスをした。 「ふぁあっ!」 「っく、さすがにキツいな……大丈夫か?」  しっかりと繋がった衝撃から涙が流れる紫苑の頬を撫で、抱きしめると動かない俺を不審がって首を傾げた。 「ん、ゆず? なん……」 「大丈夫、紫苑の事しか考えられない」 「うん……う、ぁん……」  鎖骨の下に吸い付いて痕を残せばその痕すら愛おしい。  こんな執着丸出しの行為すら初めてなのだ。一つ一つ増えていく所有痕に満足感が湧きあがるのを止められない。 「お、俺、さ……」 「うん?」  言い淀む紫苑と続きを待つ俺。紫苑が言葉を探すその間もじわじわと俺を締める身体。 「鬼になってからの方が幸せ。だから、ね? 早く……」  シよ? と囁く声のなんと甘く柔らかい事か。  紫苑を見上げてつい笑顔になるのも仕方がないと思う…紫苑がこれ以上はないというくらいに愛らしく淫蕩な表情(カオ)で微笑んでいたのだから。 「あ、すごっ……ふかっんんっゆっ」 「あぁ、すごい、なっ」 「きもちい?」 「すぐイきそうだ」  湧き上がる快感をごまかそうと目の前で揺れる紫苑の胸の突起に噛みついて、これは失敗したと内心舌打ちをした。  紫苑の身体は初めての体位に敏感に反応し、更には鬼化している事も手伝ってぎゅうぎゅうに俺を締めて追いつめてくる。 「うにゃんっ!?」  いきなり押し倒したからな……紫苑がびっくりして可愛い声を聞かせてくれた。その声にさえ煽られて限界が近付く。 「奥に出したい」 「ん、出して……いっちばん奥に出してぇ……」  解って言っているのだとしたら紫苑は相当な鬼だ。そんな事を言われてこの俺が遠慮するはずもなく、そして一回で終われるワケもない。  お許しも出た事だし、と紫苑の脚を抱え直して奥へ奥へと腰を進めると紫苑の半身がとろりと透明な体液を垂らしているのが目に入った。  そっと触れると紫苑は目を見開いて小さく吐息を洩らした。  一緒にイこう。  どこもかしこも絡まって……指も舌も髪の毛さえも絡めて一つになって。  紫苑の腹に白濁が散るのとほぼ同時に俺も紫苑の最奥に吐き出して、互いに荒い呼吸を鎮めつつキスを交わす。  じんわりと満たされていく心に、あながち朱殷(しゅあん)の予想は間違っていないのかも知れないなと思う。  俺の愛や情欲を喰らって紫苑が生き、紫苑のそれを喰らって俺が生きる。  この世で二人だけで完成する世界があるなら……それはそれで素晴らしいじゃないかと、腕の中でもぞもぞと動き、俺の首元や胸にキスマークをつけるのに必死な様子の紫苑に一人にやけた。 「まだだ、紫苑」 「んえ?」  朝までだよ、と耳元で囁けば紫苑は吹き出して笑って 「ん。足りないの?……柚葉? たくさんシよ?」  と淫靡さをたたえた無邪気な笑みで俺を誘う。 「じゃあ紫苑もがんばれ?」  くすりと笑って腕を引いて抱き起こし、えいっとばかりに紫苑の身体を俯せにして、肌触りの良い双丘を割った。これまた初めての体位に紫苑があたおたする。 「ちょ、えっ? ヤダ見ないで!」 「どうして? 可愛いよ」  ついさっきまで俺を受け入れていたソコはテラテラと濡れ紅く色付き、縁をぷっくりと膨らませて、まだ残る快感のせいかたまにはくはくと俺を誘うように紫苑の意思とは関係なく動く。 「何でもかんでも可愛いってバカじ……ひぁんっ」 「痛かったらちゃんと教えて」 「痛い事すんの……?」  貫かれぎゅっとシーツを握りしめた紫苑に覆いかぶさって、首筋を舐めながら耳元で囁く。 「奥の奥の奥まで俺のモノにするから……慣れてないだろ? 痛いかも――」 「痛くていいよ……うん、柚葉なら痛くしても良い……」  そう言って腰を自ら押し付けてくる紫苑の淫靡さと健気さに本日何度目かの眩暈がした。 「も、ダメ、出ない……できなっあんっゆずっあ、ヤダ怖い! あぁっうそ!? そんな、奥? やっ何なに? また!? ひゃあっやらぁっ!」  俺の腹の上でビクビクと全身を戦慄(わなな)かせ、射精を伴わない絶頂に意識朦朧の紫苑を抱きとめると、んっんっとこらえたような、むずかる子供のような声を出し、紫苑の身体はまだ猛ったままの俺を射精へと促すように蠕動する。 「まだ寝ちゃダメだよ?」 「っん、あ、え……うー……鬼!」 「うん、だって鬼だもん」  紫苑は腫れぼったい目蓋を擦って 「だもん。だって……かーわい……」  と俺の言葉尻を捉えてふへへ、と笑う。そしてすぐに自らキスを仕掛けてきて、緩く腰を振った。 「ぁ、ちゃんと……ナカに出してね? でないと殴るよ?」 「一番奥にな、たっぷり出してやる。覚悟しろ?」  ふふ、と笑い合って絡め合う舌も離れたくないと伸ばしてくる指も全てが愛おしく、幸福感を連れてくる。  ゆじゅはぜつりーん! と少々舌足らずに甘えてからかう紫苑を再び押し倒して、紫苑の弱いトコを容赦なく攻めつつ宣言通りに最奥に吐き出すと、ほとんど閉じた目蓋を必死に開けようとするので唇を押し当ててやった。 「……抜いちゃダメだよ……」  が紫苑の最後の言葉で、あとは俺が何を囁こうと唇の端を微かに持ち上げて、すぅすぅと規則正しい寝息を立てている。  抜くなと言われてもな、と苦笑してそろりと腰を引くと、殺す……とむにゃむにゃ寝言の合間に呟かれ思わず全身硬直してしまった。  美しく、そしてなかなか激しい鬼神になったものだ。  風呂は起きてからで良いかな。  一人で先に夢の世界を進まないでくれ。  欠伸を噛み殺しつつ、腕を上げてドアの結界だけは解いておく。  万が一寝込みを襲われても翳狼なら簡単にドアを蹴破るだろうし、身体の小さな飛影は結界の中にいた方が安全だろう。 「おやすみ、紫苑」  くったりと力の抜けた熱い身体を抱き寄せて、聞いてはいないだろう耳元に囁く。  こうして誰かを腕に抱き留め眠る事もお前が初めてなんだぞ、と。

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