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第二十八話 眠り鬼
※柚葉視点になります
鬼化 した姿では図書館へは行けまい。
紫苑 が何を思って図書館へ行きたいと願うのかは後で聞き出すとして、今は怪我をした飛影 の手当てと、一気に力を放出してくたびれている紫苑を休ませたい。
「翳狼 、朱殷 に報せてくれ」
「待たれよ! 私が飛んで行く! 行ける!」
役に立てると意思表示する飛影の首根っこを掴んで、広げた翼を閉じさせた。
「頼むな、翳狼」
「御意」
ピンッと耳を立てた翳狼が鬼道に消えるのを見送った後、飛影の頭を指で突いて
「傷付いたお前が行けば朱殷も余計に肝を冷やすし、翳狼の気持ちも察してやれ。お前は充分過ぎる程によく戦ってくれた」
と言うと飛影はクルルゥと喉を鳴らし焦りの気配を消した。
「だがな。俺の結界を壊した罰は受けてもらうぞ?」
「いっ!?」
「待って、柚葉 ! 飛影は俺がバカにされたから……それで、だから……」
酷い事はしないでと見上げる紫苑の肩を抱いて、酷くすると言うと飛影は再び羽を広げて俺から逃げようとした。
「おとなしくしろっ! 手加減なしで手当てしてやる。消毒薬はしみるだろうな?」
「あ、あ、あ、主人 ! 大丈夫だ、このくらい……アレはしみるし、ツーンとするし良くない! うん、逆に良くない気がするのだ!」
何が逆になんだか解らんが……血が出ているのだから消毒薬は必要だろうに、飛影は先程の果敢な姿からは想像もできない程に慌てふためき真っ黒な瞳を白黒させて消毒を嫌がる。
「大丈夫だよ、飛影。シュパッてやったら終わりだよ? それより骨折れてたらどうしよう……」
「そのシュパッが嫌なのだ! 音も嫌だ、びっくりするだろう? シュパッて……」
「ふふ、飛影、子供みたい」
「あぅっ子供ではないっ本能で嫌なのだ! アレは、アレは自然界にはない物だろ? で、私は自然に生きる者で、だから! 紫苑助けてくれっ! アレは嫌だぁ」
痛いところを突かれた飛影は紫苑をどうにか説得して引き入れたい様子だが、紫苑はゆるりと首を振ってダメだよと笑っている。
その飛影に見せる笑顔すらたまらなく愛おしい。
「とにかく! 帰るぞ、飛影。美味い茶を淹れてやるからおとなしくしろ。紫苑、歩けるか?」
「大丈夫……けど、早く部屋帰ろ? ね? 飛影も。俺、未だに膝が笑っちゃって……へへ、座りたい……」
申し訳なさそうに眉を下げ、ほんの少し体重を預けて紫苑はそろりと歩き出した。
疲労困憊の紫苑の様子に飛影ももう騒ぐ事なく俺の腕の中でおとなしくなった。たまに首を伸ばして紫苑の様子を伺っているので、口には出さないが相当心配しているようだ。
「しっかり掴まって。紫苑?」
「……うん、ありがと、だいじょぶ……」
腰に腕を回すと紫苑の身体から余計な力が抜けた。五階まで運ぶとふにゃりと笑って
「やっぱ柚葉ってすごいや」
となんとも可愛い事を言い、額を肩にすり寄せた。
素直に甘えてくる紫苑に、邪な想いが腹の底から湧くのを感じた。
抱きたいと思った。
既に鬼化している紫苑。
初めての戦いに目を潤ませて、壮絶な色香を放つ疲れ果てた紫苑をベッドに横たえて、くったりとした身体を思うがままに貫き、細い腰を掻き抱いて欲の限りを尽くし、最奥へと精を吐き出したいと胸の奥が騒めく。
「……手当てと、お茶だ」
こんこんと湧き上がる欲望を鉄の理性で抑え込んだ自分を褒めたいと思う。
「主人、先に紫苑にお茶を飲ませてやってくれ。私は本当に大丈夫だ。血も止まったし、骨にも異常はないだろう。ちゃんと消毒も受けるから……」
自分のせいでと己を責める飛影から言質も取れた事だし、頭を撫でてやって二人をソファに降ろした。
俺も紫苑も砂塗れだ。
本当は風呂に入りたいところだが、今動かすのは酷だろうな。おそらく朱殷も来るだろうし……あいつを待たせて風呂に入っていたら、上がった時がうるさいだろう。下手したら風呂場に乱入して来そうだ。
ぬるま湯で顔を洗いながら、紫苑には温かいタオルを持って行ってやろうと思い、一番肌触りの良い物を選んでいると背後からカタンと音が鳴った。
「どうした? 顔、洗う?」
「うん……洗う……」
「今タオルを持って行こうと思っ……」
思っていたんだよと最後まで言わせてもらえなかった。
抱きついて来た紫苑の肩が小刻みに揺れている。浅く早い呼吸の合間に歯軋りと子犬が唸るような嗚咽が混じった。
「……何故泣く?」
「っ……言い返せ、なかった……全部ホントで、飛影にも怪我させた……」
「飛影に怪我をさせたのはアイツだよ?」
なんでもかんでも自分が悪いと責める紫苑の悪いクセが出た。
気に病む事はないと頭を撫でても、嗚咽は止まる事なく、俺にしがみつく腕にも力がこもる。
「お、俺が、もっと、ちゃんとしてたらっ……柚葉に恥かかせなくてすんだ、しっ……ぅ、う……ごめんね、俺、できそこ」
「ばーか」
最後まで言わせるものかと今度は俺が紫苑の言葉を遮ってやった。紫苑は決して出来損ないではないのに、口にしたら本当にそうだと思ってしまう。言葉には力がある……ただでさえ紫苑は幼い頃から自分の存在を軽視され、それを受け入れる為に無自覚のまま自分の価値を低く設定してしまっているのだ。そんな過ちを基礎にあの男の言葉を復唱する事で間違った価値を持たれてはたまらない。
「俺は誇らしかったぞ」
「……な、にが」
「一度も顔を伏せなかった」
「そんな事?」
「うん。アイツの事が知りたくて色々と勝手に喋らせたけど、紫苑は何を言われても顔を伏せないどころか、目もそらさなかった。そして柚葉は俺のだとも言ってくれた……あれは嬉しかったな。あそこで決めるのは俺じゃないとか? 俺に答えを振られたら……」
「嫌いに、なる?」
震える涙声にもバカだなと返す。
「アイツの目の前でキスして、押し倒したかも」
何それ……とぼそりと呟いた紫苑を揺さぶって、キスしようよと囁くと砂塗れの顔をやっと上げてくれた。
涙の跡が残っていて、より幼い印象の紫苑が何故か唇を歪めていた。
「さ、先に顔洗う」
ぐしっと拳で頰を拭って背けられた顔に問答無用で唇を寄せると、掠れた声で
「舌、入れちゃダメだよ?」
と言い、きゅっと口を結ぶ。
「なんで?」
「口ん中ジャリジャリするし……」
もごもごと言い訳をする紫苑の顎をちょいっと持ち上げて鼻を摘んでやった。
驚きと空気を求めて開いた唇に舌をねじ込むと、くふぅんと子犬のような鳴き声を上げたかと思えば、子猫がミルクを飲むように俺の舌を舐め始めた。
確かに砂が入ってジャリジャリするし、何より血の味がする。
飛影を喪うと先見 した瞬間の咆哮で喉を切ったのだろう。
紫苑にはぬるめの喉を傷めない温度で飲める玉露を淹れてやろうと思いつつ玉露よりも甘い紫苑の咥内を堪能していると、紫苑の舌が入って来て一周くるりと俺の咥内を散策してあっさりと出て行った。
「っもう……入れちゃダメって言ったのに……!」
耳まで赤くした紫苑の恨み言は聞き流し、ぎゅっと抱きしめると紫苑があたおたと身体を離して、洗面台へと走った。荒々しく蛇口を捻り、水を撒き散らしながら顔を洗い、口を漱ぐ紫苑のちらりと覗いた首筋に軽く唇を落として、勃ってると告げると首筋まで赤に染めた紫苑が言葉にならない高く可愛い悲鳴を上げた。
「もう大丈夫だからっ!」
そしてやたらと早口で早く飛影の元へ行けとまくし立てられて、追い出されてしまった。
……欲が渦巻くのは、お互い様なんだが……
深呼吸を一つして部屋の扉を開けると、ソファの上で丸まっていた飛影が顔を上げて、くりんと首を回した。
「脚を見せてみろ」
「紫苑は? ずいぶんと不安そうだったのだが……」
「今顔を洗っている。ほら、約束しただろう、脚を出せ」
ぐぬぬ、と嫌そうに呻く飛影の背を撫でて薬箱を出す。
飛影は右脚の爪を一本根元から折り、指の股を数ミリ程裂いていた。
血も止まり、骨に異常がない事を確認して飛影の大嫌いな消毒薬を取り出した。
これはなかなかの優れ物だと思う。ガマや弟切草、オオバコなどをすり潰したりする手間も省けて、一押しで必要な分量が飛び出すなんて、発明した人間を褒め称えたいとさえ思うのだが。
「手伝う」
「あっ! 紫苑! 骨は折れていないぞ! 血ももう止まったし、私は大丈夫だぞ!」
「俺も、もうへーき」
飛影の隣に腰を下ろした紫苑は微笑むと飛影を抱えて、脚を俺の方へと差し出した。
「あっいや、だから、大丈夫だと……」
「飛影、約束したよね?」
「ぐぬっ主人と同じ事を言うのだなっ……さすがは連れ合い……気の合う事だ……うあぁシュパが来るぅっ……」
飛影のあまりの怯えように吹き出した紫苑は表情も柔らかくなり、先程見せた不安や怖れは幾らかは消えたようだった。
「これでは枝を掴めぬ……」
紫苑によって包帯ぐるぐる巻きにされた右脚をぐっと前に突き出して文句を言う飛影の声音はどことなく嬉しそうで
「紫苑、これはさすがに大げさだと思うのだ」
「えぇー! 薬も塗ったし、絶対こっちの方が早く治るよ!」
「私だってそれなりに妖力があるのだぞ? こんな傷、三日で完治すると思うぞ?」
「じゃあ包帯巻いたから二日で治るよ」
「うむ、そうか……紫苑が巻いてくれたのだし、きっとそうだな!」
そんなやり取りをする二人を横目に、俺もつい頰が緩んでしまう。
俺は良い伴侶と良い使い魔を得たものだとしみじみ思いつつ、茶の準備を進めた。
「大丈夫なん!?」
「おぅ、来たか」
「おぅ、来たか……じゃないわっ! 鬼国の守りを固めたり、後の事は辰臣 に頼んで急いで来たんにっ……」
「んぅ……」
俺の膝を枕に眠っている紫苑の寝顔に慌てて口を噤 んだ朱殷は二度三度と肩で息をすると、紫苑を指差して
「怪我しとるん?」
と今にも泣き出しそうな顔で俺につめ寄った。朱殷のこんな顔を見るのはいつ以来だろうと懐かしい気持ちが湧いてくる。
「いや、疲れて寝てるだけだ」
「すごかったのだぞ、朱殷殿! 紫苑が鬼化すると同時に光のような速さで蔦が飛んできて私をなぎ払う寸前のあの男の腕を縛り上げたのだ! そして主人が私の為に一瞬で頑丈な鳥籠と防壁を築いてくださって、それで紫苑が……紫苑は……」
紫苑の勇姿が誇らしくてたまらない飛影は朱殷にも自分の興奮を分けようと必死に喋り続け、朱殷もいつの間にか飛影を抱き上げ一生懸命に耳を傾けている。
泣き出しそうだったのが一転朱殷まで誇らし気に頰を光らせているのがなんともおかしかった。
「はぁ〜そうなん。辰臣にも聞かせてあげてね、安心するし。飛影は怪我しとるね? 大丈夫なん?」
「うむ。大丈夫……ちゃんと主人に消毒してもらったし、紫苑が包帯を巻いてくれたのだ! 明日には治るに違いない」
「呼びに来たんが飛影じゃのうて翳狼なんやもん。びっくりした。で、サタン? て厄介なん?」
「強いな。チャラけて最初は気を抜いていたようだが……ま、ろくでもなかった」
あーれはろくでもないぞ! それに引き換え私の……と喋り出した飛影は朱殷に嘴を糸で結ばれてしまった。
「ん、飛影。主人二人がすんばらしいのは解ったから、ちぃっと、しぃー、ね?」
「むご……」
怒られたと首を竦める飛影の頭を撫でた朱殷は俺に向き直ると、騒音にも負けずに眠り続ける紫苑を見つめて一言、強い子、と呟いた。
「ああ、強かった。どんなに侮辱されても取り乱さず……しかも俺が先を見るよりも紫苑の方が早かった」
それは子供の頃から染み付いた周囲の変化を過敏に嗅ぎ取る悲しい癖があの男の変化を感じ取ったのだろう。
紫苑は人の心の変化に敏感だ。おかげであの男の気紛れな殺意を察し、飛影は命を救われた。その事に紫苑が全く気付いておらず自分を責めているのは俺としては納得できない。
起きたらちゃんと説明して、抱きしめてやろう。
砂に汚れた紫苑の伸びた髪を撫でると、脚に巻かれた紫苑の腕にぎゅうっと力が入る。離さないと言われているようで、思わず破顔する。
「ああたまらん、可愛い……見たか?」
「長 、鼻の下伸びとる。はぁ、翳狼が血相変えて飛び込んで来て、めっちゃ心配したんよ? 申し訳ございません、お役に立てませんでしたって。なのに、なん? そのだらしない顔!」
「顔は生まれ付きだ。仕方ないだろ?」
翳狼の牙が届かなかった事、男の力が俺達上位の鬼神に匹敵する事実、男の言動の数々を伝えると朱殷の眉間にくっきりと縦皺が寄った。
「なんそれ! 腹立つわぁ! ホントにそんな事言ってそんな事しよったん!?」
「胸くそ悪いだろ? あの使い魔……悪魔? に自分は使い魔だという誇りすら与えなかった。本当に使い捨てやがった」
「で紫苑に殺害予告? させんよ、そんな事。次っていつなん?」
「知らん。言い捨ててどこぞに飛んで行った」
何を呑気な! と目くじらを立てる朱殷に紫苑が起きたら大好きなレディグレイを淹れてやると言うと少しだけ眉を下げた。
「んで? なんで紫苑は図書館へ行きたいん?」
「うん、気になる事があるらしい。それに敵を知るのは悪い事じゃないかなぁって言って鼻の頭を掻いていた」
あの男の言った言葉。朱殷が山吹 から聞いた言葉。想像通りの使い魔の悪魔。
何か釈然としないというか、スッとしないと紫苑は唸っていた。だから図書館へ行って詳しく調べてみたいと。
「紫苑てなかなかの策士なんね」
「あぁ。相手を知ろうともせず、次に来たらさっさと殺してしまえば良いと思った己がひどく狭量に思えたぞ」
「……相手を知る……? 私も思わんかったわ」
「異国の者……しかもろくでもないヤツだが、神だと言うのならそれなりに敬意は払わんとな」
そう言った俺に朱殷はくすりと笑って再び紫苑を指差した。
「て、紫苑に言われたん?」
「ま、そのような事を言われたな」
「紫苑も立派になったな?」
俺も朱殷に笑顔を返して、ぐっすりと眠る紫苑の柔らな頰を撫でた。
立派になったとも。
どこに出しても恥ずかしくない、最高の鬼神だ。
「朱殷! 長は? 紫苑は無事かっ?」
朱殷が開けたままの鬼道を抜けて現れたのは案の定の白群 を乗せた天翔 と翳狼だった。
「しぃーっ! 辰臣静かにして、紫苑が起きるん」
唇の前に人差し指を立てた朱殷の穏やかな表情に拍子抜けしたのか白群は一瞬ぽかんと口を開けて俺と朱殷と俺の膝の上の紫苑へと視線を巡らせた。
「な、寝て、いるのか?」
「ん。力の使い過ぎやって」
「そう、か。はは、良かった……翳狼がひどく心配していたから……なんだ寝てるのか……」
「私の牙が届かなかったのです。そんな男を相手に……紫苑様のご無事も確認せぬまま鬼国へと渡りましたので、つい心配で……」
耳を伏せ力なく尾を垂らした翳狼が眠る紫苑に鼻を寄せ、心底ホッとしたように息を吐き、俺を見上げて脚を揃えて座った。
「この度は紫苑様をお守りする事もできず、主人の命令も果たせず不甲斐ない結果となりました事を……」
「紫苑が立っていられたのはお前が影に入っていてくれたからだと俺は思っている。俺の命は果たした。気に病む事も気を落とす事もない。それでもと言うのなら起きたら紫苑に言うと良い」
本気を出したとあの男は言っていた。その言葉通りあの男の妖力はチビ悪魔を使ったとはいえ、この俺の拘束を破る程に一気に上がった。そんな男を相手に牙が届かなかった事を責めるのはお門違いだ。
「しかし飛影は……え?」
ちらりと飛影に目をやった翳狼が目を丸くする。脚に包帯、嘴には朱殷編んだ拘束が蝶々結び。どうしたのだろうと首を傾げる翳狼の仕草は巨体に似合わずとても可愛らしかった。興味があるのだろう……口には出さないが尾が少し左右に揺れている。
「こいつがあまりに喋るのでな」
「紫苑が起きたら可哀想やし、ちょっとの間、ね? 長とマジメなお話もしたかったし……」
「んご」
首をぴょこんと縦に振った飛影は、そろそろ解いてはくれまいか? と期待を込めた目で朱殷を見つめた。
「しぃーっよ、飛影」
「んぐんぐ」
すぅっと蝶々の縛 が消えると、飛影は珍しくマジメな声音で
「主人の命を聞かず、でしゃばった私が悪いのだ。私が襲いかかった時、あの男はまだ本気ではなかった。翳狼だったら傷の一つも与えられたかも知れぬ。私は翳狼の邪魔もしたのだな……すまなかった……」
と翳狼に向かってしゅんと頭を下げた。いつものお調子者からは想像もつかない殊勝な姿に翳狼は尾の動きを止め、鼻を鳴らした。
「私の背に乗ると良い……自慢ではないがふかふかで温かいぞ?」
「……主人よ、翳狼の言葉に甘えたいのだが……」
「静かにするなら良いぞ? あぁ、白群、悪いが飛影を翳狼の背に。俺は動けん」
すぅすぅと規則正しい寝息を立てる紫苑を一瞥した白群は爽やかな笑顔を浮かべ、がんばったな、と紫苑に囁きかけると飛影を抱き上げ、身体を横たえた翳狼の背に乗せた。
「うはぁ……気持ち良いな、本当にふかふかだ」
「自慢ではないと言ったが、本当は自慢だ」
「うむ、これは自慢せねばならんだろう! 素晴らしい」
「おーまーえーらー」
「静かにします、ごめんなさい」
片翼で敬礼の真似事をして見せた飛影とペタンと耳を倒した翳狼に怒る気もなくし、紫苑の髪を指で梳きながら、珍しく朱殷の淹れてくれたお茶を飲んで遅れて来た白群にも事のあらましを説明した。
ここぞとばかりに飛影も口を開き、紫苑の勇姿を白群にも語って聞かせる。白群は紫苑の話に相槌を打ち、朱殷と同じく聞き終わると優しく穏やかな目で寝入る紫苑を見つめた。
しばらく無言で何事かを考えながら茶を飲んでいた白群が顔を上げ、静かに、それでもきっぱりと
「……相容れないな」
と言い切った。
その一言が俺達の総意と言っても過言ではない。
俺が欲しいというのも、なんの為に? とはなはだ疑問だし、その為に紫苑を殺すなど以ての外。更には使い魔は使い捨てなど、言語道断、情状酌量の余地もない。
やっぱり来たら即殺してやろうか?
「ぅ、ぅー……にゃむぅ……」
もぞりと寝返りを打てなかった紫苑が唇を尖らせて、しょうがなしとばかりにゆっくりと目を開けた。
「おはよう、紫苑」
「起きたか、紫苑!」
「おはよ! ようがんばったねぇ!」
一斉に間を詰めて声をかける二人をいつもより多い瞬きでしっかりと現実だと確認した紫苑は、寝惚けた掠れ声でいつ来たの? と俺を見上げる。
起こしてくれれば良かったのに! と文句を言う紫苑は集まった皆を見渡して
「心配かけてごめんなさい」
と下げなくても良い頭を下げたのだった。
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