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第三十話 沈む心を救うのは

※紫苑視点になります  明日は図書館へ行って、あの男に関する情報を収集しなくては。  今のご時世、ネットの方が早いんだろうけど、俺、身分証とかないし。柚葉(ゆずは)が受付の人の記憶を改竄しても……防犯カメラとか? 映ったりしたら厄介だ。  そして厄介な事がもう一つ……。  朱殷(しゅあん)白群(びゃくぐん)におやすみと手を振って、寝室に柚葉と二人きりになった途端、意識しないようにしていた昼間のキスを思い出して、身体が熱くなって……。  ……シたい……  疲れただろうと腕枕をしてくれる柚葉。  よくがんばったなと髪を撫でて、甘やかしてくれているけど、柚葉の体温や匂い、指の動き……目の前の柚葉という存在に俺は今めちゃくちゃ欲情している。  微かに動く柚葉の喉仏にキスしたら、柚葉はどんな表情(カオ)をするんだろう? 笑って抱きしめてくれるんだろうか? それともやっぱり疲れただろうから早く寝ろと諌められるんだろうか?  ――その子より貴方の事を()くしてあげられる――  ――実際経験値低くてヘタでしょ?――  ――本心じゃ物足りないでしょ?――  あの男の勝ち誇ったような笑顔を思い出して、思わず身震いした。  経験値なんて、ない。  俺は柚葉しか知らない……それって上手い下手以前の問題のような気もするけど……。  柚葉、ホントは物足りないのかなぁ……俺、フェラだってヘタだし。俺が初めて風呂場でシた時は柚葉もびっくりしたのか興奮してくれたのかイってくれたけど、その後は……手伝ってもらわないとイかせてあげられないし、でも柚葉は優しいから。  俺に気を遣って気持ち良いよって言ってくれてるだけで、ホントのホントはもっと、こうして欲しいああして欲しいって思ってるのかも知れない。  俺いつも柚葉にドロドロに、意識が飛ぶまで甘やかされて満たされるけど、柚葉は?  俺で、本当に、本当に、満足してるのかな?  止まらなくなった負の思考をどうにか消したくて、深呼吸と共にぎゅうっと目を瞑って、寝返りを打とうとすると柚葉が小さく笑って俺の頭を抱き込んだ。 「話し合うんだろ?」 「へ?」 「不安な事とか。さっきから紫苑(しおん)は百面相だし、気は乱れているし……おまけに俺に背を向けようとする……」  薄闇の中でしょんぼりと眉を下げた柚葉がコツンと額を合わせて 「話したくない?」  と囁く。不安そうなのは柚葉の方だ。  俺はただ、ちょっと考え込んだだけで……。  口を開きかけて、すぐに噤んだ。  なんて言えば良い?  俺で本当に満足していらっしゃいますか? って? 「紫苑……?」  ふっと息をついた柚葉の唇が一瞬で重なって、目を閉じる前に柚葉の眉間に縦皺が刻まれるのを見てしまった。 「……あぁ、そういう事か……」  そう囁いた柚葉の目がキラリと光り、すぐに柔らかい眼差しに変わった。 「……俺が悪いんだな? いつも、その、紫苑が可愛くてがむしゃらに求め過ぎてしまうから……」 「柚葉? あの、これは俺が勝手に考えちゃっただけで!」  ほんの一瞬重ねた唇からどれだけの想いが流れてしまったんだろう。  慌てる俺をよそに柚葉は小さく舌打ちをした。 「ったく、あの阿呆(あほう)め。何も知らんくせに好き勝手言ってくれるな?」  うんざりしたような声音にいたたまれない気持ちになる。  それでも柚葉が俺の髪を撫でる指も見つめる眼差しも優しいままだった。 「俺の顔を見てろ」  ギッとベッドが軋んで、腕枕の状態から器用に俺を仰向けに押し倒した柚葉が耳朶を噛んで甘く囁く。その刺激だけで快感が背筋を駆け下りた。 「盛りのついたガキみたいに抱いても、肝心の紫苑が不安になったら意味がない……ゆっくりスるから……俺がどんな表情(カオ)してるのか、見てろ……恥ずかしいけど」  くすりと笑った柚葉の吐息と舌が耳から首筋を這って、髪の毛しか見えなかった柚葉と目が合った。  息が止まるかと思った。  俺を真っ直ぐに見つめる深緑の目がオス臭く光って、獣のようだった。  それなのに重ねてくる唇も、割って入って来る舌も強引じゃなくて、安心させるようにじっくりと味わうように俺の咥内を余すところなく刺激していく。  言葉にならない柚葉の想いが流れ込んで、胸がいっぱい……を通り越して痛いくらいだ。 「ん、泣くのはまだ早いかな……」  ぺろりと舌先で目尻から流れた涙を舐め取って、そのまま顔中にキスが降る。 「ぅあんっ」 「びっくりした?」 「ん、したっんっ」  甘いキスと柚葉の息遣いに夢中で、俺は胸の突起を弄られて初めてシャツがはだけられていた事に気付いたのだった。  ジンジンと焦れったい熱が沸き起こり、息がどんどん荒くなるのを止められない。 風呂で身体を洗ってもなんとも感じないただのパーツのはずなのに、柚葉が触れるとそこは途端に性感帯に変わる。  俺、男なのに……気持ち良い。柚葉が触れるトコ全部気持ち良い。  もっと、もっと――。 「あぁ紫苑、可愛い……」  ちゅっと音を立てて離れた唇から、うっとりとした艶声で囁かれ、耳まで熱くなる。  全部筒抜けだ……今度は恥ずかしくて泣きたい気持ちになるのに、濡れた柚葉の舌が左の胸を舐めて俺の身体は俺の意識とは関係なく跳ねた。  鬼化(きか)していないのに、なんでこんな……キスと上半身への愛撫だけでこんなに感じるんだろう……恥ずかしいのに声も止められない。  優しく舐められたかと思えば不意に軽く歯を立てられて、そっちに意識が向けば逆を指と爪で刺激されて、左右違う快感に頭の中はショート寸前で、思わず掴んだ柚葉の髪を握りしめてしまう。  やめて欲しい。やめないで欲しい。キスして欲しい。噛んで欲しい。早く抱いて欲しい。  滲んだ視界でもハッキリと緑の瞳が俺を見つめているのが解る。どうして欲しい? と舌先を左胸に置いたままの柚葉が視線だけで問いかけている。  どうして欲しいんだろう、俺。  ああ、そうだ。  柚葉に満足して欲しいんだった。  俺で、俺だけで柚葉に満足して欲しいんだった。 「ゆず、キスして?」  しっかりと芯を持った胸の突起を荒っぽく舐め上げた舌がそのまま位置をずらして、喘ぐ俺の口を塞ぐ。  嬉しいって、聞こえた気がした。  柚葉の首に腕を絡めて、舌を伸ばすと張り詰めた互いの半身が擦れ合って、二人同時に呻いて、ふふっと笑った。  身体を起こした柚葉が勢い良く上半身を晒して、すぐに覆い被さってきた。洋服という間を阻む物がなくなったおかげで熱くなった肌の感触や心音が直に伝わる。 「少しは、解った?」  やわやわと首筋を噛みつつ問いかける柚葉の手は再び胸の突起に移動していて、返事の代わりに喘がされてしまう。 「紫苑? “鬼化するな”よ?」 「ぅ、あぁ、なんでっ?」 「……ちゃんと解って欲しいから。“ちゃんと見て。感じて”」  スッと視界から消えた柚葉と胸に走る快感。 「っあ、ゆず、は? ああっ!」  歯と爪を同時に左右に立てられて、燻っていた快楽に目が眩む。それでも強い妖力を込めて囁かれた柚葉の一言で鬼化もできず、ゆっくりと与えられる刺激に身を捩るばかりだ。  脇腹から撫で上げられると鳥肌が立つ。温かく大きな掌が肋骨の一本一本を確かめるように這い上がってきて、親指が勃ち上がった乳首に触れると柚葉が目を細めた。 「気持ち良い?」 「あ、ぅん……はぁ……気持ち、い」  ちゅくちゅくと舐めたり吸われたり……噛まれたり。指先で転がされると甘い痺れが下半身を直撃する。  柚葉から目が反らせない。  ひどく真剣な表情で、たまに俺を見て微笑む柚葉は快楽にぶっ飛ぶセックスじゃなく、どんなに想っているのかを伝える為のセックスをしようとしてくれているんだと惚けた頭の端で理解した。  はぁはぁと乱れた呼吸を繰り返す俺は息を整える間もなく柚葉にキスをされて、また呼吸が乱される。  流れ込み混ざり合う感情に涙が止まらない。 「あ、も、ゆず……触って?」  無駄な肉のない綺麗な柚葉の背中を撫で回して、背骨や肩甲骨の感触を確かめつつお願いしても、柚葉はあとでねと言って俺の胸と唇に交互にキスを落としていく。 「俺も、触りたい、から……」 「あとでね」 「なんっでっ! あっひゃあっゆずっ」  唾液塗れの俺の唇をぺろりと舐めて、また柚葉が視界から消えた。  どんどん胸が熱くなる。  最初はぼんやりとした焦れったい快感が、今ははっきりとした悦楽に変わり、たまに首筋に落とされるキスにさえ身体が震える程だ。  そろりと下された柚葉の手に下半身をむき出しにされて心臓が期待に早まる。触って欲しい。触りたい。早く早く……。  昂ぶる半身を無視され、唾液に濡れた柚葉の指がゆっくりと解しながらナカを探る。触ってもらえなかった俺のがひくりと反応して、とろりと透明な体液を吐いた。 「ん、んっ柚葉ぁ……」 「痛くない?」 「ん」  素直に頷けば、良かったと微笑んで柚葉の舌が咥内を荒らす。もっと深いキスがしたくて身を捩ると柚葉の指を咥えた下半身からの刺激で自爆しかけた。  俺だって柚葉に触れたいのに。  離れていく唇を恨めしいと思い、浅ましくも目で追った。二人の唾液で濡れてテラテラと光る唇がすごくエロくて、その唇と妖艶な深緑の瞳に俺の目は釘付けだった。  淫靡な笑みを浮かべて、ゆっくりと指を動かし、俺の意思とは関係なく身体が跳ねるポイントを探り当てた柚葉が欲に掠れた声でまるで独り言のように囁く。 「ココね、紫苑の感じるトコ。乳首とココだけでイけそうじゃない?」  俺がまだマオと呼んでいた頃によく聞いた口調にハッとした。  軽く聞こえる口調でたまにおどけたりして……でも絶対に俺が嫌がる事も痛がる事もしなかった柚葉は、あの頃から何も変わっていない。  それどころか、もっと前。ずっと昔。ガキんちょの俺と遊んでくれていた頃から変わっていない。  ずっと、ずっと俺だけ見て想ってくれてた。  俺と出会ってからは本当に柚葉の中には俺しかいなかった。  ずりずりとナカを擦られて、頭も身体も溶けていく。耳元で聞こえる吐息に混じって苦し気に名を呼ばれれば、涙が溢れてどうしようもない。  俺、バカだ。 「ん、柚葉、キスして、キス!」  俺で満足してますか? なんて、ちゃんと柚葉と心が繋がっているのに疑うなんて。あんな男の言葉に迷わされるなんて、柚葉に失礼だ。 「ごめんね、俺、ごめんねっ! 自信なくて……でも!」 「……伝わった?」  頷くと指が抜かれた。その刺激にも涙が滲む。欲しくて喉が鳴った。 「惑わすのがあの男の常套手段なんだろうな……伝わったなら良いよ、ね?」  額をくっつけて微笑む柚葉の言葉に首を傾げるより早くぐっと脚を広げられ、中心に押し付けられた熱い昂りに声も出せず、身体がしなった。  腹を濡らす熱い液体に挿れられただけでイったのだと理解した瞬間、顔から火が出るほど恥ずかしかった。  じっくりゆっくり確実に柚葉が俺の性感を高めていたからだと思うけど、格段に欲望に忠実な鬼化した状態でも体験した事がなかったから、気持ち良さと恥ずかしさで頭の中は真っ白になった。  顔を隠したいのに柚葉の“ちゃんと見て”って言葉のせいで隠せもしない。  半端に開いた唇の間からひゅうひゅうと情けない音を洩らしながらゆったりと動き始めた柚葉の背に爪を立てるのが精いっぱいだ。 「……紫苑……紫苑? ちゃんと感じる?」 「う、うぁ、んっああんっか、んじるっ……柚葉っ柚葉でいっぱい……」 「っ俺も、紫苑でいっぱいだ……」  もう我慢できないと囁く聞いた事もないくらいに切羽詰まった柚葉の声すら鼓膜を刺激して、脳の中の回路が快感と興奮に変えてしまう。  キスをねだって、自ら脚を開いて、もっと奥へと来て欲しくて、絶頂を迎えたばかりの身体には過ぎる快感に喘ぎ悶えた。 「紫苑、“鬼化しても良い”よ」 「っあ、あっゆず、ゆず、はっぅにやぁっ」  鬼化した途端に柚葉の顔が一瞬歪んだ。それが快楽のせいか俺が立てた爪のせいかは理解できなかった。  俺に合わせるように鬼化した柚葉からはやっぱり嬉しいって想いが流れ込んで来た。  派手に軋むベッドのスプリングと耳元をくすぐる柚葉の荒い呼吸、突かれる度に洩れる自分のものとは思えない高い嬌声。  終わりが近い……奥の奥で精を吐こうとする柚葉の動きに合わせて柚葉の腰に脚を絡めた。 「っ、ん、紫苑、口開けろ!」 「ん、ぅ? んっ……」  腹の中が熱くて、柚葉で満たされていく震える身体から力が抜けた。  柚葉は全てを吐き出すまでずっと俺の口を塞いだままで、唇を離すと額にキスをして、ふふっと笑った。  抱きしめてくれる腕の中は心地良くて、おずおずと背中に腕を回すと 「解ったか?」  と頰を引っ張ってぐにぐにと遊ぶ柚葉の笑顔につられて俺も自然と笑顔になる。 「柚葉……満足?」 「は? お前、まだ解っていないのか? 伝わらなかったか?」  いいえ、充分伝わりました。  もう最後の方は言葉になっていなくて、ほんわかしたイメージが流れ込んで来たけど。  色で言うならオレンジとピンクと赤のグラデーション。とにかく暖色系でそこに一ミリの不満もないのは解ったけど。 「だって、柚葉いつも朝までだなって……一回じゃ終わらないじゃん……」  一瞬の瞠目の後、いつもってと吹き出した柚葉は俺の頭を抱き込んで背中を撫でてくれた。 「回数じゃないだろ? きちんと紫苑に伝わったなら良いんだよ。俺もちゃんと満たされてるぞ?」  確かに身も心もいつもと同じくらいに満たされていた。  欲望に目隠しされる事なく、ちゃんと柚葉の想いを受けたからかな? 「紫苑が望むなら何度でも抱くぞ?」 「えっ、と、明日? の夜!」 「じゃあ明日は朝までな?」 「お手柔らかに」  ごめんなさいとありがとうのキスマークをつけて、静かに目を閉じた。  浮かんでくる見たばかりのオスの色気満点の柚葉の記憶にニヤニヤしつつ、腕枕のベストポジションを見つけるとあっさりと夢の世界へと堕ちて行った。  きっと、もう大丈夫。  あんなヤツに絶対負けない。

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