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第三十三話 再会 そして 別離

 どうしよう……。  何故ここに来たんだろう。  どうしよう。  考えがまとまらないうちに優希が森へと入ったのが解った。 「……結界は張ってある。もし本当に紫苑(しおん)の弟だったとしても彼がこの部屋へたどり着く事はない」  あの日から柚葉(ゆずは)は館に妖魔が訪れるのを許していない。  だからあの日の俺のように優希が妖魔に襲われる事もない。  良かったと胸を撫で下ろした途端。 「……あ!」  森の中から現れた影を月明かりが照らした。  見覚えのあるコートにマフラー。俺のとは違う黒い髪。  洋館を見渡すように上げた顔は、五階からでもはっきりと優希本人だと解った。  少し前髪が伸びた気がする。きゅっと結んだ口元は暗闇が怖いんだろう。  優希は昔から怖がりで、たまにテレビでやる心霊特集なんかは全力で拒否していたっけ。  そんな怖がりな優希が、何故こんな時間に、こんな場所へ? 「……兄ちゃんを返してくださいっ!」  声が震えているのは寒さのせいか恐怖心からか。 思わず柚葉の手を握りしめていた。 「兄ちゃんはここにいるって言われた! 返してくださいっ!」  その言葉に柚葉と視線がかち合う。 「俺、行くよ」 「俺も行こう」  ここへ来てからどれくらいの時間が流れたんだろう。  最後に優希と話をしたのはいつだっただろう。その時俺は何を喋ったんだろう……。  いつものように俺を抱き寄せ、窓の結界を解く柚葉は何も言わない。ただ俺を見つめて、微笑んだだけ。  それでも抱き合った部分から微かに揺れる柚葉の不安が流れ込んできた。それが解っても俺は柚葉を安心させてあげられる言葉を何も言えなかった。  ふわりと目の前に立った俺と柚葉を見て、優希は腰を抜かさんばかりに驚いて、喉が潰れたような悲鳴を上げた。 「お、お兄ちゃん?」 「……うん」 「良かった! ホントにここにいた!」  駆け寄ろうと足を踏み出した優希に向けて手を伸ばして、柚葉がその足を止めた。 「誰に聞いた?」 「誰にって……あ、あんた誰? あんたが兄ちゃんを監禁してんのか?」  柚葉に制された優希が唾を飲む音が聞こえた。 それでもひっくり返りそうな声を抑えて柚葉をキッと睨み文句を言っている。 「監禁なんてされてないよ、優希。ここにいるのは俺の意志だよ」  そう言うと優希の目が今にも泣き出しそうに潤み、唇が歪んだ。 「……な、ん、……なんで? お兄ちゃん、帰って来てよ……」 「帰るってどこに? 無理矢理追いやられた寮にか?」 「無理矢理……? お兄ちゃん、受験だから自分で……」 「柚葉、優希は何も知らない」  だから優希を責めないでくれと言うと柚葉は僅かに顔を顰め、優希は再び喉を鳴らした。 「どう、いう、事?」 「どう、聞いてるの? 父さん達から」 「……お兄ちゃん、受験で、大変だから……寮生になるって……お兄ちゃん消えたのも、受験ノイローゼになっちゃったからだって……ホント?」  さっきの柚葉の発言で戸惑う優希はポツポツと言葉を落とし、俺と柚葉の顔色を伺う。  生意気盛りのはずなのに、こんな表情(カオ)は見たくないなぁ。 「ホント」 「……ウソなんだね。お兄ちゃん、ウソ言う時、そういう言い方するもん……父さんと母さんがウソ言ってるんだね……」  おかしいと思ってたと視線を落として優希に柚葉が寒いだろうと声をかけた。 「え……」 「いつ雪になっても不思議はない。今夜は冷え込む……上がってお茶でも飲んでもらうっていうのはどうだ? 紫苑?」 「良いの!?」 「もちろん……紫苑の弟だしな?」  優希の存在などまるで無視して、身を屈めて俺の目元にキスをした柚葉の唇も充分に冷えていた。 「行こう、優希。大丈夫だから」 「う、え……お兄ちゃんっ?」  地面から足が生えてしまった優希を抱き上げた。こんなに軽かっただろうか? 俺が鬼神になったからか? 「掴まってて。すぐだから」  いつもは柚葉に抱きしめられて上がる五階のベランダへ今日は俺が優希を抱いて跳び上がる。  柚葉は万が一に備えて俺がベランダに着地するのを見届けてから上がって来た。 「ぅわ……えっ? なんで? お兄ちゃん、何したの?」 「……近道だよ」  久しぶりの優希の匂い。体温。  愛おしいという思いは変わらない。俺と話す時だけは少し甘えた口調になるのも変わっていないし、可愛いと思う。  半分だけでも、血の繋がった俺の弟。 「優希、座って。すぐ温かい……」 「俺が」  柚葉が部屋を出た途端、優希はぽろりと大粒の涙を流した。 「怖がりなのに……よく来たね?」 「……う。お兄ちゃんの友達に聞いた。お兄ちゃん、週末はどこかに出かけてたって……でも誰も知らなくて、そしたら留学生が……」 「留学生?」 「うん……紫苑とは仲良しなんだよって。それで悪い人に捕まってお化け屋敷に監禁されてるって……でも……違う?」 「その人は……長い金髪で碧い目の綺麗な顔した男の人だった?」  こくんと頷いた優希の隣に座り直して、頭を撫でた。 「お兄ちゃん、さっきの……」  色々と説明をしてやらなくちゃとは思うものの、何から説明すれば良いのか解らない。  言い方を間違えたら優希を傷付けてしまうだろうし、どうしたものかと悩んでいると、甘い香をさせて柚葉が戻って来た。 「ココアで良かったかな?」 「ありがとう……はい、優希?」  まだ信用してはいないという目で柚葉を見た優希はココアから立ち上る甘い湯気に小鼻をぴくぴくさせている。 「飲みな? 寒かったろ?」  そう促すとやっと優希は握りしめた拳を緩めて、肩から力を抜いた。 「ありがとう、ございます……いただきます」  ともごもごと口ごもりながらも柚葉にきちんとお礼を言ってカップに手を伸ばした優希を兄として褒めてやりたい気分になった。  ふぅふぅとココアを冷ます優希の息を吹く音以外の物音はない。 「……目元なんかはそっくりだな?」  気まずい静寂を破った柚葉の穏やかな声に俺達兄弟は思わず顔を見合わせた。 「そうかな?」 「お兄ちゃん、目、どうしたの?」 「え、あ……これ、は……」 カラコンだと咄嗟にウソをつけば良かったのに、俺は一瞬答えに詰まった。 「……綺麗だね」 「そ、そうかな?」 「うん。綺麗」  そう言う優希の黒い瞳も綺麗だと思う。 「その目もカラコンじゃないんだろ? あんた、兄ちゃんに何したんだよ?」  両手に持ったカップ越しに深い緑の柚葉の目を見据える優希は少し口調を変えた。 「この人は俺を助けてくれたの! あんたなんて言っちゃダメだろ?」 「……でも」 「この人が“悪い人”に見えるか?」 「見えないけど……でも……監禁してるって……」 「それ大ウソだよ。てか仲良しってのもウソ。そいつは俺の事が大嫌いなんだ。なんで優希をここに来るように仕向けたのかはよく解らないけど」 「揺さぶりたかったんだろ?」  一人だけコーヒーを飲んでいる柚葉の呟きに俺は妙に納得した。  優希が迎えに来れば俺がここを離れるとでも思ったんだろうか。  俺にはまだこの世に生きている家族がいる事を知らしめて、人間として生きられたはずの俺と俺を鬼神に変えた柚葉の間に亀裂を生みたかったのかも知れない。 「……バカみたい」 「なりふり構っていられないって事じゃないか?」 「ちょっと! お兄ちゃん! 解んないよ。説明しろよ!」  俺がしようと口を開いた柚葉は、俺が寮へ入った辺りからこっちの出来事を優希に語って聞かせた。  何故いきなり自宅から通学できる距離なのに寮へ入ったのか。何故週末は誰にも告げずに出かけていたのか。  もちろん全てがどうでも良くなった俺が柚葉と肉体関係を結んでいた事は伏せられた。  その話を聞く優希は怒ったり泣きそうになったりと感情を少しも隠さなかった。  なんでお兄ちゃんだけ……と呟く姿からはまだ俺達が胎違いの兄弟だとは知らないようだ。 「だから、疲れた紫苑はここへ気分転換に来てた……ね?」 「うん。月曜から金曜までロボットみたいに過ごして、土曜か日曜はここで何も考えずに過ごして。また月曜からは同じ事の繰り返しだった。少なくとも三月……卒業するまではそうやってイヤな現実から逃げようとしてた。柚葉がいなかったら俺はどうなってたか自分でも解らない」 「なんで急に消えちゃったの? 寮の部屋も、荷物全部あったって……」  殺されかけて人間辞めたんだ。なんて言ったら優希はどう思うのか……。 「俺が待てなかったんだよ」 「柚葉……」 「俺がどうしても待てなかった。苦しむ紫苑は見たくなかった……本当だ」  それはウソじゃない。 「紫苑を救う方法が他になかった。本当はもう少し上手くやりたかったんだけど、ちょっと……時間がなくて……」  申し訳なさそうに俺を見る柚葉にゆるりと頭を横に振る。それもウソじゃない。  三日三晩意識のなかった俺を抱き続けていた柚葉が、俺の家族や学校関係に手を回す余裕なんてなかっただろうし、その俺が変化(へんげ)に必要とした時間は俺が行方不明になったと騒ぎになるには充分な時間だった。 「どのみち三月には俺は優希達の前から消えていたんだから」 「それは、どっかに養子に行くって事?」 「ううん。ここに来てたって事だよ。俺はこの人……柚葉と一緒に生きるって決めたんだよ」  きっとあの日妖魔に襲われなかったとしても。  前に柚葉の言った通りに口説かれたとしたら。  俺は絶対に柚葉を選んだ。 「……そっか。だよな……お兄ちゃんだけ追い出すような……そんな家に帰りたいワケないよな……知らなくて……お兄ちゃんが俺達の事キライなんだと思ってた。同じ学校通えるようになったのに寮入っちゃうから、俺の事キライなんだって思ってた……」 「優希? 俺は同じ制服着て、同じ電車に乗って、学校行きたかったよ?」 「ほ、ほんと? お、俺の事、キライじゃない?」 「大好きだよ。ずっとずっと大好きだよ」 「父さんと母さんのせいだっ!」  泣き叫ぶような荒ぶる優希の声に反射的に優希を抱きしめていた。 「勝手な事してごめん。俺が言い返せないヘタレだったから……いつも逃げてた……でも優希の事、キライだなんて思った事は一度もないよ」 「っく……だったら、俺がお兄ちゃんの味方になるから、父さんと母さんに文句言うから……養子なんて行かせないから、帰って来てよぉ……」 「悪いがそれはできない」  言い切った柚葉に涙でぐしょ濡れの顔を向けた優希が掠れた声でしゃくり上げながら、なんでだよ? と顔だけ向けて食い下がる。 「変わった瞳の色。五階までお前を抱いて跳び上がる跳躍力。もう昔の紫苑じゃないと解っているんだろう?」  紫苑は俺と同じものになったとゆっくりと優希に言い聞かせて、柚葉は鬼化(きか)してみせた。 「…………お、に?」  目玉が落ちるんじゃないかと心配になる程目を見開いた優希は、柚葉に視線を留めたまま、ぎゅっと俺の服を掴んでいる。  優希の視線は、柚葉の長く美しい角やいきなり伸びた髪の毛や爪、服の上からでも解る増えた筋肉に釘付けだ。 「大丈夫。怖くないよ。鬼だけど、もっと上の存在なんだ」 「お兄ちゃんも、鬼になる、の?」 「俺はまだ力のコントロールがヘタで、今この場で見せてはあげられないけど、俺にも角は生えるし、爪も髪も伸びる。でも俺達は人間に危害は加えないよ?」  怖がりな優希はこの現実を受け入れられるだろうか。受け入れられなくても、信じてもらわなくては困る。 「優希、これ見て?」 「えっ……ええっ……!?」  俺がもう人間ではないと解ってもらう為に掌で小さな鬼火を操って見せた。 「熱くないの?」 「俺は熱くないけど、優希は触ったら火傷するよ。これでお湯沸かしたりできるんだ。便利だろ?」 「……マジック、じゃなくて?」  ゆらゆらと青白く燃える焔は一見冷たそうに見える。けれどそれは大きな間違いだ。  戦いになれば、これも立派な武器になる。 「マジックじゃないよ」  踊る鬼火の光を受けて、キラキラと光る優希の瞳と壁に伸びる鬼化した柚葉の影。 「俺はもう人間じゃないんだ。俺の帰る場所はここなんだ」  掌で鬼火を握り潰して、優希を見ると、すんと小さく鼻をすすって俯いてしまった。 「お兄ちゃんは……この人といる方が幸せなの?」  その言葉に柚葉を見れば、鬼化を解いて冷めた残りのコーヒーを不味そうにすすっていて、俺と目を合わそうとしない。 「違うよ、優希。この人と“いる方が”幸せなんじゃなくて、この人と“いるから”幸せなんだよ」  ぴくりと優希の肩が揺れる。  すんすん、ふぅふぅと呼吸が乱れているのを俺は背中を撫でて落ち着かせる事くらいしかできないでいた。 「ぅ、ゔー……っあんたさっ!」  がばりとものすごい勢いで顔を上げた優希は真っ赤な顔で柚葉を睨みつけ、何度も瞬きをする。片手は俺の服を掴んだままだ。 「あんたっ! 兄ちゃんの事、絶対絶対幸せにしてくれる!? じゃないや、絶対幸せにしろよ!」  微かに震えながら、それでも柚葉に噛みつく優希はまるでライオンに向かって必死に毛を逆立てている子猫のようだった。  そんな優希を柚葉は笑う事なく 「もちろん」  とたった一言をひどく真剣な声音で真っ直ぐに優希の目を見つめて返した。 「この世で一番紫苑がだい……」 「兄ちゃんの事泣かしたら、一生恨んでやるからなっ!」 「ああ、だからな? 俺はこの世で紫苑が一番……」 「兄ちゃん泣かしたらっ! 絶対許さないからなっ!」  はぁ、と溜め息をついて立ち上がった柚葉にびくりとして、俺にぴたっと身体を寄せた優希の隣に柚葉が腰を下ろした。 「おい、優希」 「な、なんだよっ」 「お前、本当に紫苑の事好きなんだな」  うっと言葉に詰まった優希は一気に耳まで真っ赤になって、俺の服を掴んでいた手をパッと開いた。 「悪いかよ? 兄ちゃんは無口だけど、ホントはすっげぇ優しくて……」 「久しぶりにいっぱい喋るよな。嬉しいよ」  本当は一緒にゲームしたり、マンガ読んだりしたかったけど、同年代の子と遊ぶのが一番なのと釘を刺されていたから、気付けば素っ気ない態度をとってしまっていた。  俺がしてあげられた事といえば、頼まれればリビングで宿題をちょっと教えてあげるくらい。  ……良いお兄ちゃんじゃなかった。  その後悔はすごくある。 「お兄ちゃんの邪魔しちゃいけませんって母さんがうるさいから……」 「全然邪魔じゃなかったよ」  俺が触れても今怒る人はいない。そう思うと自然と優希の頭を撫で続けていた。甘やかしながら甘える俺を柚葉は少し哀しそうな目で見て、すぐにそれを消して柔らかな微笑みを浮かべて優希の頰を軽く抓った。 「俺も。紫苑が大好きだ。だからもらう。絶対に泣かさない、約束する」 「約束……絶対だぞ!」 「神は約束を違えない……だが一応しておこうか?」 ほら、と優希の目の前で小指を立てて“指切り”を促す柚葉。 「お兄ちゃん、この人神様なの?」  慌てて振り返った優希の頭を撫でながら頷くと、優希はこくりと喉を鳴らし、覚悟を決めたのかゆっくりと柚葉の小指に自分の指を近付けた。  そしてもう一度念押しのように絶対だぞと呟いて、鼻をすすりながら柚葉と指切りをした。 「お、お兄ちゃんをお願い、しま、すっ……」 「うん」 「か、み、しゃまっなんでしょ……っふぇっぉ、お兄ちゃん……守って……くだ、っ、くだ……」  しゃくり上げる優希の背中をなだめるように叩きながら、俺は目頭が熱くなるのを感じていた。鼻の奥がツンとして視界も滲む。  それでも、柚葉に一生懸命俺を守ってくれと頼み込む優希の背中から目が離せなかった。 「もう一つ約束しよう。俺と紫苑はずっとお前の事を見守ると」 「っぐ、えっ?」 「良いか? 良い事も悪い事もお天道様が見てる。お天道様って解るか?」 「うん……兄ちゃんが教えてくれた」 「そうか。だからな? 優希。顔を伏せなきゃいけないような生き方はするなよ? お前の顔が下を向かない限り、俺達はお前を見守り続けるから。もう泣くな」  すぅっと柚葉の指が動いて優希の涙を切る。  優希はひときわ大きく鼻をすすり豪快に掌で顔を擦ると、何かを吹っ切るように、ぷはぁーっと息を吐き出して、へへっと笑った。 「ちゃんと、する。そしたらまた兄ちゃんに会えるんでしょ?」 「まずは怖がりを治そうな? そうだ! こんな時間に出て大丈夫か? お母さんは……」 「大丈夫! 疲れたから早く寝るって言って、枕とか毛布とか使って寝てるように見える偽装っていうの? して来た!」  偽装と言った口に手を当てた優希の頭をぽんと柚葉が叩いて今日だけ特別だと言うと優希は柚葉と絡めていた小指を見つめてもうしない、と独り言ちた。  今までの時間を埋めるように優希とたくさんの話をした。  楽しかった思い出、聞きたかった事、誤解の数々を一つずつ丁寧に話す事で俺達は兄弟として濃厚で親密な最高の時間を過ごす事ができたと思う。  柚葉に対する警戒心もすっかり解けた優希は柚葉の事を神様と呼び、屈託のない笑顔を向けるようになっていた。 「ねぇ、神様! 次のテストなんだけど……」 「神頼みはなんの意味もないぞ? ついでに言うとお前の頭を良くしてやる事もできん。努力だ、努力。がんばれ?」 「えぇーっ数学と英語がぁ! お兄ちゃん助けて!」  頭を抱える優希とそんな優希の肩を叩いて元気付ける柚葉と、笑う俺。  優しい時間は優希が眠気に負けて寝息を立てるまで続いた。 「良いのか? 紫苑」 「うん。本当は俺ができれば良いんだけど……」  すっかり寝入った優希を起こさないように囁き合う。  二度とここへ来てはいけない。  二度とあの男に惑わされてはいけない。  俺のせいで親と揉めちゃいけない。  お兄ちゃんは受験ノイローゼで失踪した。  それで良いんだ。  怖がりのくせに、こんな所まで探しに来てくれてありがとう。  俺を好きでいてくれて、ありがとう。  すぅっと優希の額に柚葉の手が伸びる。 「さよなら、優希」

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